第25話 良かったな、願い叶ったぞ

「悪い、家を出るの少し遅れた」

「遅いわよ天野!」


 翌日、大会のあるカゼノタウンに着くと先に来ていた有栖川から𠮟責を受ける。


「てっきり私に負けるのが怖くて逃げたのかと」

「先輩、主役は遅れて登場するものですよ?」

「え、どこに主役がいるんだ?」


 月ヶ瀬先輩はわざとらしく辺りを見回した。この人、学校の外でも普通に煽るなぁ。


「ハーカセ!」

「おわぁ!」


 背後から声が飛んでくると同時に膝に衝撃が走り、俺は膝から崩れ落ちる。振り返るとそこには俺に攻撃を仕掛けた子供がいた。


「マー君か。 びっくりした」

「ハカセ―今日は遅かったなー!」


 ニシシと笑いながらマー君は俺の肩を叩く。マー君、それ危険だから俺以外の人にやっちゃだめだよ? ……出来れば俺にもやらないでほしいけど。


「あれ? 今日はマー君一人?」

「パパとユー君と来たよ! ほらオタクもいる!」


 マー君の指をさした方に兄弟のユー君ともう一人大和田が……なんであいつプルプルと震えているんだ?


「オタク―そんなに震えてどうしたー?」


 案の定ユー君にも心配……というかおもちゃにされている。


「はっ、は、ハカセ殿―!」


 ユー君がしがみついたまま大和田はこちらに向かって突撃してきた。まるでコアラと大木が突然動き出したみたいでなんかシュールだ。


「どうしたんだ大和田、そんなに変なテンションで……光合成のし過ぎか?」

「何をおかしな事を言っているのですか! それよりもハカセ殿に話しかけていたそのお二人はもしや……?」


 大和田の目が先輩と有栖川に向かう。俺は頷くと二人は警戒心を解いた。


「初めまして。 天野君のお友達かな? 私は月ヶ瀬涼子。 天野君と同じ高校でカードゲーム部の部長をしています」

「同じくカードゲーム部の有栖川瀬奈よ」

「ご丁寧にどうも。 自分は大和田拓人と申します。 ハカセ殿……天野とは中学からの付き合いです」

「社交辞令みたいな挨拶だな」

「初対面の相手にはこれが普通ですぞ」


 相変わらず俺以外の人と接している時の大和田を見るとその違いに脳がバグりそうになる。


「天野の友達って意外と常識人なのね。 てっきりもっとヤバいのかと」

「有栖川、こいつはヤバい奴だから安心しろ」

「ハカセ殿⁉」


 ヤバいのに安心とはこれいかに。


「オタクはヤバい奴だったのかー!」

「ヤバいー!ヤバいー!」

「二人共、は、離れるのであります!」


 マー君とユー君が大和田に飛びついてからかった。なんか大和田が一つのアトラクションみたいになっている。


「見ての通り、面白くて良い奴だから」

「天野君の友人なら私は信用しているよ」


 月ヶ瀬先輩は俺と大和田を見ながらそう話す。信頼されているのは素直に喜んで良いよね?


「ハカセ―! その二人は強いのかー?」


 大和田から飛び降りたマー君がこちらにやって来る。


「月ヶ瀬先輩……ルナ嬢は大会でも優勝してるよ。 アリスはカードゲームを始めたばかりだからマー君たちの方が先輩だな」

「そっかー! ボクが先輩かー!」

「よろしくね、マー君」


 先ほどは大和田に対して二人は自然に挨拶をしていたが、この場所はカードゲーマーが集う場所。本来この場で呼ばれるプレイヤーネームでマー君に二人の紹介をする。有栖川は膝を折るとマー君に顔を合わせてニコリと挨拶をする。先輩と呼ばれてマー君も嬉しそうだ。


「こんにちはハカセさん。 いつも二人の面倒を見てくれてありがとうございます……おや、今日は大人数ですね」

「こんにちはハンバーグさん。 今日はお仕事休みなんですね」

「そうなんですよ。 先日は妻がお世話になったと聞いています」


 マー君とユー君の父親がこちらにきて挨拶をする。二人の父親、ハンバーグさん。もちろん実名ではなくプレイヤーネームだ。プレイヤーネームがあるということは当然、彼も一人のカードゲーマーである。この前は母親と子供二人でここに来ていたが、彼らは普段父親と子供二人で大会に参加するのがほとんどだった。


「そろそろ登録が始まると思いますので、私たちはこれで」

「ハカセー! また後でなー!」

「じゃあなー!」


 子供二人を連れてハンバーグさんは離れていった。大和田は大会前なのにユー君達に遊具にされてすでに瀕死寸前だった。大丈夫かコイツ。


「…………」

「どうした有栖川、珍しいものを見るような眼をして」

「意外……天野って私達以外の人とも普通に会話できるのね」

「お前、俺をなんだと思ってたんだ」


 そこまで俺はコミュ障に見えますか?


「だって、あんたがクラスの人と話してるの見たことないし……」

「そ、それは……」


 何も言い返せない。俺だって話そうと思えば一人や二人ぐらいは……いや、噂もあってもう不可能かもしれない。


「私としてはむしろ学校の君が不思議で仕方ないよ」

「先輩までからかってます?」

「いや、本心だ。 私の知る天野君は誰とでも楽しそうに話せる人だからね」

「先輩、以前部室で俺を陰キャって言いませんでした?」

「そうだったかな?」


 先輩は笑って誤魔化した。先輩はどこでも俺をいじってくるなぁ……


「それでは大会の受付を開始します! 参加希望の方はお並びください」


 店員さんが名簿を持って椅子に座った。参加者たちがぞくぞくと列を形成して順番に名前の記入をし始める。


「俺たちも行きましょうか」

「そうね」

「初めてだから……緊張してきた」


 月ヶ瀬先輩が歩き出し、有栖川は胸元に手を当てながら続いた。


「ほら、大和田行くぞ」

「じ、自分はここまででござる……後は頼みましたぞ」

「冗談を言う余裕があるなら大丈夫だな」


 親指を立てて倒れかけていたボロボロの大和田を連れて俺も同じように列に並んだ。

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