マリ2

「マリってどっち似?」


ルイがテレビを見ながら、ぼんやりと聞いてくる。

その質問の意味を少し考えて、ワンテンポ遅れて返事を返す。


「……母かな。よく似てるって言われる」

「へえ。じゃあ、お母さん、綺麗なんだな」


ルイはまだテレビを見ている。

なんでもないその言葉に、かぁっと顔を赤らめて、体温まで上昇する。ルイがテレビから目を離して、私に視線をやる。

赤くなった私に気づいたのか、ルイが息を吐くように笑う。


「なに照れてんの。お前ってほんと、自分の綺麗な顔知らないの?」


ルイが呆れたように言う。

そうやってルイはたまに綺麗だと、私に言ってくれるけど、私はよく分からない。

首を傾げていると、ルイが笑った。


「はいはい、マリは無自覚のままでいいよ」

「…………」


立ち上がって、私の頭をぽんと撫でると、キッチンへ水を飲みに行った。


「マリ。飯食いに行こうぜ」

「今日は家で食べないの?」

「ああ。たまにはいいだろ? まだ作ってないよな?」

「うん」


頷いて立ち上がった。

ルイは車のキーを手にしたから、飲みに行くわけではないらしい。


「ファミレスとかでいい?」

「うん。どこでも」


私の返事はもう分かっていたのか、ルイは気にすることなく、家を出る。一緒に車に乗り込んで、ファミレスに着いた。


夜七時。

家族連れの多いそこは、時間帯的にも家族が多く、賑わっている。


うるさいところが苦手なルイが、機嫌を悪くしないか心配だったけど、目の前で何も言わずにメニューを見ている。表情を見てみても分からない。


私はルイの感情を読む力なんてないから、いつものポーカーフェイスじゃ、何も伝わってこなかった。


「マリ、決まった?」

「うん。パスタ。ボロネーゼ」

「はいはい」


ルイが頼んでくれて、私はその間、ルイの綺麗な顔を見ていた。店員さんに喋るルイはかっこよくて、女性の店員さんが照れたようにルイを見るのが分かった。

そんな時でもルイはポーカーフェイス。


一体何を考えているんだろう。

少しでもルイの考えていることが分かればいいのに。そうしたら、こんな風にルイのことばっかり一日中考えなくても済むかもしれないのに。

今のところ、私にそんな能力はない。これから先、身に着く予定もない。


「俺、ステーキ食いたかったんだよな」

「お肉が食べたい気分?」

「そそ。ファミレスでも、高いステーキだったらそこそこいけてるかな。」

「どうだろうね。このあたり、ステーキ屋さんないもんね」

「だなー一番高いやつにしてやったわ」

「ふふふ」


ルイはやはり男の人だから、たまに無性にお肉をたっぷり食べたくなるらしい。その感覚は私にはないけど、そういうところも愛しいと思う。


料理が来て、じゅうじゅうと鉄板に乗ったステーキをルイは食べている。

丁寧な手つきで、ナイフとフォークを握っている。

チラリと盗み見する。

……かっこいい。


黙々とパスタを食べていると、パスタのお皿にステーキが一切れ乗せられた。


「マリも食えよ。なかなかうまいから」

「……ありがとう」


ルイが珍しく嬉しそうな顔で、私に微笑む。

ステーキがどうやらおいしかったらしい。


……好きだ。


唐突に思う。

無邪気に喜ぶルイが愛しくて仕方ない。

胸がぎゅっと縮こまるのが分かって、指先まで電流が走る。

それをごまかすようにステーキをフォークでつついた。


今日はとてもいい日になった。

ルイの機嫌がいい。それだけで私の一日は幸せで終わる。




「――ルイ!?」


突然聞こえてきた声は、可愛らしい女性のそれだった。

ルイと同時に顔を上げる。ルイは首を少し動かして、声の主を見た。


私たちのテーブルの前に、高いピンヒールの音を響かせて近づいてきたのは、ファミレスには似合わない、とても綺麗な女の人だった。派手で、露出した長い脚は真っ白で、女性として目を引く存在だった。

私はルイとその女性を交互に見た。


「……おお、久しぶり」


ルイが言う。


「ほんとだよー! 元気だった?」

「ああ。お前は?」

「私ー? 色々あって散々なんだけどね、たくましく生きてるよ!」

「そうか」


ルイが息を吐くように小さく笑う。女の人はとても明るくて、太陽が当たっているんじゃないかと思うほど、輝きに満ちていた。


何となくわかる。きっとルイの彼女だった人。

ルイと並ぶと、あまりにもしっくり来ていて、つり合いが取れている二人を嫉妬する暇もなく、見つめた。


「……ルイの彼女?」

「ああ」


ルイが私をチラリと見て言う。

自慢できる彼女じゃなくてごめんなさい。こんなにきれいな人じゃない。明るくもない。女性としての自信もない。

私と対照的な彼女は、ルイの機嫌を気にしてビクビクなんてしそうにない。彼女の明るさに引っ張られるかのように、笑顔を見せるルイを見ると、私がここにいる意味がどんどんしぼんでいくようだった。


「こんばんは!」


彼女に声を掛けられて、「こんばんは」と小さく返した。


「すっごい綺麗な彼女だねー」

「まぁな。ていうか、こいつ困ってるから、もうお前行けよ」

「ごめんね、邪魔しちゃったね! じゃあね。ルイ」

「じゃあな」


彼女が去って、とたんにシンとしたテーブル。

ルイはなにかを思っているのか、私の顔をじっと見て、ため息を吐いた。


また呆れた?

それでも嫌いにはなってない?


「元カノ?」

「……昔のだから」

「……うん」


やっぱりそうなんだ。

ぐるぐるさっきの人が頭を巡る。

ルイはさっきの人とどんな風に過ごしていたんだろう。どんな風に触れたんだろう。あまり笑わないルイもよく笑っていたりしたんだろうか。


胸が痛くなる。

卑屈な私はマイナスな思考しか浮かんでこなくて、自分の思考回路に笑いそうになった。


「なぁ」


ルイが声を掛けてくる。

パスタをくるくると無意味にいじっていた手を止めて、ルイを見る。


「またなんか考えてんの」

「…………」

「昔の、って言ったと思うけど。気になることがあるなら言えよ」

「…………」

「言わないなら、もうこの話終わり」


ルイはまたため息を吐いて、残りのステーキを口に運んだ。私はパスタが喉を通らなくなって、フォークをお皿に置く。


「マリ。食わねぇの?」

「うん、もうお腹いっぱい」

「全然食ってねーし。貸せよ」


パスタのお皿をルイに渡すと、そのままパスタも食べだした。

さっきよりルイがイライラしている。そんな事が私の胸の芯を冷えさせた。


「ルイ。あの、」


私が切り出すと、ルイが顔を上げる。


「なに」


ルイの声は私の心を臆病にさせる。低い声で色っぽくて大好きだけど、取り付く島もないようなそんな響きがある。


「私といて、楽しい、かな?」


声が震えた。

ルイは私をじっと見ている。私は落ち着かなくって、ルイをちらりと見てから、テーブルに視線を落とした。


「お前は?」

「え?」

「お前は楽しいの? 全然楽しそうじゃないけど」


顔を上げると、ルイがじっとこちらを見ていた。真剣な眼差しはなにかを確かめるようでごくりと息を呑む。


「……た、楽しい時もあるよ。ルイが嬉しそうにしてたら楽しい。でも、しんどい時もある。ルイの気持ちが分からなくてぐるぐるして」

「………」

「でも。でも、しんどくてもいいから、ルイの近くにいたい」


顔に熱がのぼる。

ルイを見つめる。こめかみを人差し指でかきながら、ルイは私を見ていた。


「マリ。俺もお前といるとしんどい時もあるけど、誰かにお前の隣を譲る気はない」

「……それは。……私のこと、すきってこと?」


ルイが眉をしかめる。

困ったようなその仕草は、私の胸を突く。


「なに。俺に言えって? お前も言わないくせに?」

「……好き」


迷わずに言う。

ルイはくしゃくしゃと髪を乱して、私を熱の籠もる瞳で射抜いた。


「……俺も好きだよ」


ルイの言葉に顔を赤くさせると、ルイがおもむろに立ち上がった。パスタはまだ少し残っている。

好きだなんて言葉を聞いたのはひどく久しぶりな気がする。


私の手を引いて、早々にお会計を済ませると、車に乗り込んだ。

助手席に座った途端にキスをされる。強引に合わさった唇は、いつもより熱くて、ドキドキする。


「ん……っ。る、い………ん、んぅ」

「……マリ」


熱い吐息を交換するみたいに、キスをかわす。

ルイの左手が私の後頭部に回る。すがるところを探すように手を伸ばすと、ルイがぎゅっと手を握ってくれた。

私より随分大きな手に包まれていると、ホッと安心してくる。


唇が少し離れる。

至近距離で見詰め合う。

ルイの鋭い瞳が私を捉えた。ルイの瞳に熱が籠っているような気がする。じぃっと見入っていると、頬を親指で撫ぜられて、また唇が重なった。


すき。すき、好き。


もしかすると、ファミレスから元カノが出てくるかもしれないのに、ファミレスの駐車場でこんな事をする。少しの優越感と、安心。


「ルイ。家、……帰りたい」

「ん? ベッドでしてーの?」

「……うん。ルイと裸でぎゅってしたい」


はぁとルイがため息を吐く。

ため息に慌ててルイの顔を確認すると、さっきよりも凶暴な瞳で私を見ていた。

お腹の底がキュンと粟立つ。


「マリ。部屋まで濡らすなよ」

「……もう遅いよ」

「……ふっ」


ルイが嬉しそうに笑う。目じりに小さくしわができて、ぼうっとそのしわを愛おしく眺める。

ルイが視線に気付いて、こちらを見る。


鋭い眼光はいつもより優しげだった。

沈黙が流れる。

その沈黙はいつもと違って、心地いいとさえ思った。


「マリ。お前が好きだよ」


ルイが言う。

弾かれたようにルイを見つめると、照れくさそうにルイは車のエンジンを入れた。


そのまま動き出した車内で、シートベルトを慌てて付けながら、ルイと出会ってからの事を思い出していた。

いつからルイは私のことを好きだったのだろう。

きっと最初は私の押しに負けて。それから、同棲も私の押しに負けて。それから。


いつからなのだろう。


運転しているルイの横顔を見つめる。

それはもういつもと変わらず無表情で。

聞いてみようかと思ったけど、口を開いてやめた。


そんなことはどうでもいい気がした。

ルイがくれた言葉がすべてだ。それでいい。


ルイの無造作に太ももに置かれていた片手に手を伸ばす。

ぎゅっと握ると、ルイが黙って握り返してくれた。


家に帰ったら、好きって言わせてもらおう。何度も何度も好きだって言ってしまうかもしれないけど、好きって言ってもいいかって聞いてみよう。

ルイはまたため息を吐くのかな。


もしかしたら、目を細めて頭を撫でてくれるかもしれない。

ルイの目が「仕方ないな」って言っているようで、私はその仕草がルイの中で一番好きだった。


End.

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