ルイ

マリ。


俺の彼女。

そして、同棲相手。

会社の受付嬢で、見た目はとても可愛い。

中身は変な奴。無口。


彼女のことをずっと前から知っていた。



会社に入れば真っ先に目に入るから。

可愛いなって、美人だなって、いつも目が彼女を捉えた。

ただそれだけだったけど。


そんなマリが、俺が帰宅しようと会社を出た瞬間をとらえて、告白をしてくれた。

話したこともないのにどれだけ俺の事が好きなんだという告白に呆然としてしまったけど、その時彼女もいなくて、見た目がタイプだったから、断る理由はなかった。


それからしばらくして同棲をすることになった。

毎日家に帰ればマリがいる。マリは大人しい。

見た目の可憐な雰囲気と正反対にどちらかというと暗いイメージもある。


何を考えているか分からなかったけど、基本的には素直だし、抱いた時のマリは超エロい。二人でいると、マリがじっと物欲しそうな顔でこっちを見てくるから、どうしても手を引いて、肩を抱いて、引っ付いて、そのうち抱いてしまう。

いつもいつもそのループ。


俺も人づきあいがそんなに得意じゃないし、仕事も半端じゃなく忙しいし、彼女をべったりとかまう性格でもないから、放置気味だけど、マリは文句一つ言わない。

それでも出て行こうとされて、初めてマリの本音を少し知れたし、俺がどれだけいつの間にかマリにのめりこんでいたかも思い知った。


もうあんな思いは二度としたくない。

終電を無くしたっていう姉を車で家まで送り届けて、残業でへとへとになった俺をあんな形で出迎えたマリは本当にひどい女だ。まぁもう済んだ話だ。

マリは結局俺の元にいるし、前よりは関係も良くなった感じがする。



――同僚二人と昼飯を終えて、会社へと戻る。


「なぁ、左側の受付の子、超可愛いよな」

「今さらだろ。なぁ、ルイの彼女だもんな」

「えー、ちょ、俺聞いてないけど。まじでぇ!? やっぱ女はお前みたいなタイプが好きなんだよな。かぁー。え、で、まじで付き合ってんの?」


同僚は残念そうに、その衝動をぶつけるようにくしゃくしゃと紙を丸める。その紙は必要なものじゃないのかと、突っ込もうと思ってやめた。めんどくさい。


マリと付き合っている事はこいつに言っていなかったらしい。

別に隠しているつもりはないけど、いちいち言う必要もなかっただけだ。


「……まぁ。一緒に住んでるし」

「えー! うそ! あの子が毎日家に帰ってくんの? ありえねー。ありえねー。今日お前絶交」


同僚とそんな会話をする。

やっぱりマリは一般的に見ても可愛いらしい。そうだろうな。俺だってそう思う。あんなに可愛い女はそうそういない。


「ていうか、受付の子。なんか告られてね?」


紙をポイッとゴミ箱に投げ捨てた同僚が、少し遠くを見ながらそんな事を言うもんだから、会社の中庭で足を止める。


マリを探す。

少ししてマリは見つかって、マリの前には会社に出入りしている業者の男が立っていた。


そのアングルは近づかなくたって分かる。

告白するものと、されるものの図だった。


同僚二人は興味津々らしい。

少しずつ近づいていく二人に、俺もついていく。

マリは断るだろうって事は分かっているけど、やっぱり気分のいいものじゃない。


「今度食事行ってくれませんか?」

「……私、好きな人いるんです。ごめんなさい」

「好きな人? 彼氏ですか?」

「はい。一応」


何が一応だ。

普通に付き合っているだろうが、馬鹿か。


同僚二人は俺の顔をチラリと見てくる。その表情は哀れ半分、からかい半分。ため息を吐きながら、マリを観察する。


「一応って、ちゃんと付き合ってるんですか?」

「……うーん。んー、……分かんないです」

「えー、俺ならそんな不安にならないくらい大事にします」


マリと男とのやり取りにイライラが募る。

同僚のからかうような視線もうっとうしいし、マリの煮え切らない態度もどうかと思う。それにマリの事をちゃんと知らないくせに簡単に大事にするとか言っちゃう男も腹が立つ。


どれだけマリと付き合うのが大変だと思う。

気持ちも何も見せないあいつの心の内を推測するのがどれだけ大変か知らないで。


「ご飯くらい、どうですか」

「あー、えっとごめんなさい。ご飯は行けません」


マリが謝って、二人の間にしんとした空気が流れた。


「晩ご飯はむりか。えーっとじゃあ、お昼一緒にとか……」


いつまで経っても解決しそうにない二人に痺れを切らして、声を掛けた。


「マリっ」


俺が声を掛けると、俯き気味だったマリが弾かれたように顔を上げる。


「……ルイ?」


男が俺を見る。

若干気まずそうな顔をして、俺から視線をそらす。


「昼休み、もうすぐ終わるぞ」

「あ、うん。行く。……あの、じゃあ失礼します」


マリは男に深く頭を下げると、俺の隣に並ぶ。

紺の受付嬢の制服を着ている。その格好も華奢なマリにはよく似合った。また俯き気味だ。


顔を覗き込むと、何とも言えない顔をしたマリがいた。

頬は緩んでいるけど、眉間にはしわが寄っている。


「なにそれ。どういう表情?」

「え、だって、会社でルイと一緒に並んで歩くの初めてだから」

「初めてだからなに?」

「……嬉しい」


マリがとびきり整った綺麗な顔で俺を見つめる。

会社の中庭で思わずキスでもかましそうになって、慌ててその衝動を抑えた。


後ろを振り返る。

先ほどの同僚二人がつかず離れずの距離でついてきている。

どうせ観察されているんだろう。


「なぁ、言っとくけど、俺、お前の彼氏だから。分かる?」

「……うん、ごめん」

「……いいけど」


俺はそれを言ったら満足して、マリから離れた。

受付ブースに戻るマリをエレベーターに乗り込む寸前に振り返る。


マリはブースに入らず、エレベーターが見える場所に立って俺をじっと見ていた。目が合ってびっくりする。

少しの瞬間、息を止めると、マリが申し訳なさそうに俯いた。


そのままエレベーターに乗り込む。

後ろをついてきていた同僚二人がにやにやとした顔で、俺をこづいた。腹が立ったけど無視をした。

マリの俯き顔の意味を考えて、なんとなく可愛いと思った。




――仕事が珍しく早く終わって、いや無理やり早く終わらせたというのが近いかもしれない。

マリの仕事時間より早く終わらせて、会社の前の柱にもたれかかる。待ってみる。

久しぶりに外に飯を一緒に食いに行ってもいいかもしれない。

そう思ったからだ。


「あー、今日は早い上がりなんですね!」

「お、新しいシステムはどうだ。うまくいってるか?」

「おーい、お前また飯行こうぜ」


口々に会社の奴らに声を掛けられて、返事をしているうちに疲れてきた。やっぱり先に家に帰ってようか、そう考えたとき、俺を遠くからじっと見つめる私服姿のマリがいた。


ずんずん近づく。

マリは目を泳がせていたけど、俺が近づいていくと、観念したのか少し近づいてきた。


「いたんなら、声掛けろよ」

「あ、えっと、誰待ってるのかなって思って」

「……普通に考えておまえだろ」

「え、そっか。えーっと、今日は終わるの早かったね」

「切り上げてきた。だから明日は帰るの遅いよ」

「うん、分かった。さっきね、ルイが柱にもたれてて、で、私ちょっと見てたんだけど」

「なに」

「若い女子社員たちが遠くからルイを見て騒いでた」

「あっそう」

「それを見てたら、私には本当にもったいない人だなぁって思って、そんな夢みたいな事長く続くのかなぁって」

「なんだそれ。ネガティブな女だな」

「……ごめん」

「付き合えて嬉しいとか言えないのかよ」

「う、嬉しいよ! でも不安の方が強い。けどね、なんか今日は続くかもしれないって思えた」

「へえ。てかさ、お前鏡見れば?」

「え、え、なに? なにか付いてる?」


馬鹿正直に鏡を取り出そうとするマリの手を引く。


「お前、ほんと馬鹿。いいから、飯行くぞ」

「え、うん。行く」


自分の美人さを自覚していないこいつは本当の馬鹿で。

おどおどしながらも、いつだって逃げようと防御線を張るこいつを引き留めようと必死な俺も相当の馬鹿で。

どっちもどっちかと思う。

おまえの心の中を覗いてみたいよ、一度でいいから。


そしたら、そのぐるぐると意味もなく渦巻いている不安なんて、簡単に取り払ってやれるのにと思う。

でも俺はそれを一つずつ聞き出してやれるほど器用じゃないし、こいつもどうせだんまりを決め込んで俺に言わないんだろう。


だから、ひとまず今日は、マリの好きな寿司でも食いに行って、美人な顔が少しだけ綻ぶ様子でも見に行こうと決めた。


「マリ、寿司行くぞ」

「うん、ルイお寿司好きだもんね」

「え?」

「え? 違うの?」

「え、マリ。お前、寿司は?」

「別に普通だけど」

「…………」


俺たちは結局噛み合ってなくて。

だけど、寿司を食べて、お互いの頬が綻ぶ様子を見て、幸せな気分になっているのなら、それでいいじゃないか。



End.

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