want to kiss seriously
京と店を出て、タクシーに乗り込むと、私の家の場所教えてって言って、タクシーの運転手さんに伝えてくれた。
ああ、送ってくれるんだと思いながら、もう帰らなきゃいけないことに残念に思っている自分に苦笑しなくちゃいけなかった。
そうだよね、夜からあのサークルの部屋にいた女の子来るかもって言ってたもんね。忙しいんだよね。
「佐希の家と俺の家、少し離れてるね」
「ほんと? 京はどこに住んでるの?」
「うーんと、学校から山上がった方」
「ああー、じゃあ私と反対側だね」
「うん残念」
「あっ、ということは反対側なのに送ってくれていいの? 気を使えなくてごめんね」
「なに? そんなのいいよ。全く気にしないで」
京はスマートにそう言ってのけると、また鼻唄を歌いながら窓の外に目をやっていた。
私の家のマンションに着いて車を降りると、京も一緒に降りてきた。
え?
京は当たり前かのようにタクシーを行かせると、私の手を握ってするすると歩きだした。
いいのかな。
「京。タクシー行かせてよかったの? この辺りタクシーあんまり来ないよ」
「うん大丈夫。後でアプリで呼ぶから」
「ん? うんそっか」
もしかして部屋まで送ってくれるつもりなのかな。
後でわざわざタクシーを呼ぶくらいなら、あの時にそのまま帰ってくれてよかったのに。
そう思ったけど、もう少し一緒にいたいと思ってしまっている私は、何も言わなかった。
手を引かれてぐんぐんとマンションの陰になるようなところに連れて行かれる。手を離されて辺りを見渡すと、人通りの全くない静かなところだった。
「どうしたの? 京。マンションの入口ここじゃないよ」
「キスしてもいい?」
その言葉にまた唖然として、返事をしないでいると、首を傾げて、顔をじっと覗き込んできた。
「……だめ?」
「だから簡単にしちゃだめだって言ったでしょ」
「簡単に言ってないよ。本気で佐希とキスがしたい」
その言葉に、ちゃんと分かってる!? とかいう真面目な返しは出なかった。ただ、胸がぎゅっとおかしいくらいに掴まれたような気分で、思わずこくっと頷いていた。
ああ、だめだ。
私おかしい。理性が吹っ飛ぶ。
私の様子を確認したのか、京は色っぽい顔で私の頬に手を添えて近付いてきた。
目を合わせたまま、唇が重なると、かすかに笑った京は私のまぶたを手の平で優しくかぶせると、視界を真っ暗にされてキスを繰り返した。
この人が欲しくてたまらなくて、背中に両腕をするりと回すと、京も応えるように私の腰をきつく抱いてくれた。
そのまま一度だって唇を離したくなくて、ずっと繰り返すキスに目眩がしそうだった。
キスがしやすいように斜めに傾げられた顔にどうしようもなくドキドキした。
京のとてつもなくうまいキスに、胸がチクッと傷んだけど、それには気付かない振りをした。
「佐希。……俺の家、来る?」
キスの途中に、吐息のように囁かれた言葉に体の奥の方が熱くなるのを感じた。
「……うん」
そう言って、唇同士が合わさるキスだけを何度も繰り返していたのに、唇が離れた時には息を荒くしてしまっていた。
京に黙って腕を引かれて、元の大通りに戻って行く。
この人はこうやっていつも女の子を口説いてるのかな……?
片方の手に握った携帯を操作して、タクシーを呼んでいるのが目に入る。
何だか京の顔がまともに見れない私は、うつむきながら地面ばっかり見ていた。
「もうすぐタクシー来るって」
「うん。ありがとう」
自分の家まで一回戻ってきたくせにまたタクシーに乗るのが何だか恥ずかしい。
これでさっきの運転手さんだったなら、走って逃げだしたい。
そう思っていた私とは裏腹に来てくれたタクシーはさっきと会社も違うものだった。
私を先に中に入れて、当たり前のように後ろから乗り込んでくる。
さっきのキスは京の策略だったんだろうか。
こうやって最後に甘いキスをして、雰囲気を作って、家まで連れ帰るのはいつもしてる事なんだろうか。
そう考えると、この場で泣きたい気持ちになった。
この場で泣いたら、この人は慰めてくれたり、困ってくれたりするんだろうか。
心底困らせてみたい気持ちになった自分を必死で打ち消した。
京に誘導されて着いたタクシーは一つの大きなタワーマンションに止められた。アプリ決済なのだろう、そのまま降りた京は、私の手を引いてタクシーから降ろしてくれた。
何だか気分的には芸能人と夢の一夜を過ごすような、そんな本当に夢の気分だった。非現実。ふわふわしていて、夢の中のよう。
これが明日からも続くとは到底思えない。
彼の気まぐれで手を出されるだけに過ぎない。日付が変わると魔法が解けるシンデレラみたいに。
今日だけのシンデレラ。彼の気まぐれで一日だけお姫様になる。分かっていて、彼の手を取っている。
「行こっか。ここの一番上なんだ」
見上げるほど高いマンションの一番上だという事は、とてつもなく高い家賃に違いない。
そう思ったけど、それを口に出してもどうせ、そうなのかな? ってよく分かってないんだろうし、何も言わないでおこう。
「一人暮らしなの?」
「そうだよー」
「洗濯とか料理とか掃除とかしてるの?」
「洗濯は全部クリーニングに出してる。下着類とかはさすがに洗濯機使ってるよ。乾燥もセットで。料理はしてない。掃除は週に二回頼んでる。あとはお掃除ロボット」
ああ、なるほど。
要するに何にもしてないって事ね。
そう思いながら、マンションのエレベーターに乗ると、京は私の腰にするりと腕を回してきた。
扉が開くと、腰に手を回したまま機嫌が良さそうに歩きだした。
廊下をずっと歩いて、一番角部屋までやってくると、その前に女の子が座ってるのが目に入った。
………またか。
また京と女の子の会話を聞かなきゃいけないのかと、うんざりしつつも後ろから事の成り行きを見ていた。
京は私から手を離して女の子の元に近付くと、女の子は気付いたのか顔をあげて嬉しそうに京の顔を見た。
でも京の後ろに私がいるのか確認すると、一瞬のうちに泣きそうな顔をして、京に詰め寄って行った。
「ねぇ、今日泊まりに来ちゃダメだった?」
「うん。だめだった」
「え……でも、ここまで来ちゃったし」
女の子は優しく迎えてくれることを想定していたのか、京の返答に肩透かしをくらったようだった。
「今日約束してなかったでしょ。ごめんね帰って」
京はどこのラインでそう冷たくなるのか分からないけど、今は誰の目から見ても冷たいと思わせるようなセリフを平気で吐いた。
なんか京って全然分からない。
でもあんな風にしておいて、次の日は平気でその子の腰を抱いてる気さえしてくる。
いや、きっとそういう人だ。
女の子は去り際に私をものすごい鋭い眼差しで睨みつけると、目に涙を溜めて走って行ってしまった。
美佳の言っていた通り、京はこの性格だから年がら年中ふわふわしているし、女の子が周りを睨んでおかないといつ女の子が寄ってくるか分からないんだね。
きっと京が気に入ったらあっさりと近付いてきた女の子を受け入れてしまうもんだから、そばにいる女の子は気が気じゃないんだろう。
その上、睨みをきかしている女の子も一人なんかじゃないんだろうな。
こんな人、好きになっても幸せになんて絶対なれやしない。
そんな事はこの数時間で痛いくらい分かってる。
「ごめんね待たせて。入って」
また機嫌が良さそうにころりと態度を変えた京に唖然としながらも、扉の中におずおずと足を踏み入れる。
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