sweet sweet night
この歳になって、ここまで来て、何もないなんて思わない。
馬鹿なのももちろん分かってる。
私はサークルの部屋にいて京にベッタリだった女の子と、電話をかけて明日の予定を押さえようとしている女の子と、今家まで押し掛けてきていた女の子と何ら変わりない。
節操がなくて、とんでもなく馬鹿な女だ。
親にも友達にもこんなこと言えない。
エッチをしたからって京の心なんて掴めるわけがなく、体さえも色んな女の子と共有するのは目に見えている。
体を重ねても京が私を好きになる事は一生ないだろうし、次の日には名前さえ忘れられていてもおかしくないくらいだと冷静に思った。
そんな絶望的な事を理解しているくせに、このままどうしても帰る気になれないんだから笑えてしまう。
京はどこかおかしいんだ。
こんなに女の子をくすぐるような事ばかりして。
今日見た女の子たちが、周りにすごい睨みをきかしていることが簡単に分かった。
私だって、三日後には同じことをしてるのかもしれない。恐ろしい思いがしたが、止められなかった。
「京。女の子たぶらかしすぎだよ」
私の後から扉をくぐって、先に電気をつけて案内してくれている京の背中に向かってぼそりに呟く。
それに首だけでくるりと振り返って、不思議な顔をして笑う京にむかつきさえ覚えてしまう。
「そんな事ないよ。みんな少ししたら俺に嫌気をさして離れていくよ。友達を無くしてばっかりだ」
そう言って困ったように笑った京に、胸を締め上げるような切なさがこみ上げて来て、思わず後ろから抱きついた。
なんでこの人はふわふわしている自由な人のくせに、たまにこんな切ない表情を見せるんだろう。
もしこれが計算なら大成功だ。
京は私に抱きつかれた事にびっくりしたのか、腕を一度ビクッと上げたけど、そのまま少し穏やかな笑いを零すと、私のお腹に回した腕をするすると撫でてくれた。
「佐希は優しいね」
じっとしていた京からは、泣きそうな程の哀愁が漂ってくる。
女の子と節操無く遊ぶのだって、すぐに女の子に手を出すのだって、全て本能のままに。
何にも制限されずに育ってきたのだろう。
本当に何にも支配されずに育ってきたのだ。
だから、人としてのモラルや常識やTPOなど全てが逸脱している。
「京。家族は仲良しなの?」
何となく気になった。
この人はどこから見てもお金持ちだと分かって、親からも十分にお金をもらっているんだろう。
そして、こんな高級なマンションで一人暮らしもさせてもらっていて、何の制限もなく育てられて来たんだろう。大事にされているようにも見える。
幸せだと思うのかもしれないけど、それは何となく違う気がした。
この人はもしかしたら。
「うーんどうだろ」
その言葉に涙が出そうになった。
今日、一日の中で。
京は言葉を濁したり、感情に嘘をついたり、自分の思いついた事を隠した事が一度だってなかった。
それって簡単なようで、普通の人には決してできないことだ。
だけど京は、ただ、自分の思ったように言葉を発して、ストレートに会話をしていた。
そんな京が初めて濁した言葉に全てを知った。
「……寂しかったんでしょう。今まで」
「ふふっ、佐希はやっぱり鋭いんだね」
私の回した腕を親指で撫でてくれると、そのまま、ただじっとしていた。この人は詳しく語らないけど、きっと両親が忙しかったのかもしれない。
ただ、不自由のないようにと育てられてきたんだろうけど、親の叱りとかを全く受けてきていないんだろうって言うのが京の性格から簡単に想像できた。
今まで何にも縛られずに自由に、本当に自由に生きてきたんだ。
こんな人はやっぱり珍しい。
育った環境に気付いてしまってからは、子供のころから成長していない無邪気さや、あどけなさに何だか胸が刺されるような気持ちになった。
こんなにも切なさと隣り合わせだなんて聞いてないよ。
「京。私がそばにいるから寂しくないよ」
「……いつも?」
「必要ならいつでも」
「そう、ありがとう」
京には珍しく穏やかに言ってのけると、私の腕をゆっくりと離してから、自然な動作で手を握ってベッドルームへと連れて行かれた。
ドキドキする鼓動を手で押さえながら、ただ後ろをついていった。
そして、大きなキングサイズの真っ黒なベッドが目に入った時に、胸がさっきの何倍も跳ね上がった。
やっぱりドキドキする。
正直元カレ以外の人とこういう事をするのは初めてだし、経験だって多いわけじゃない。
京の背中を見つめると、私の手を引いてベッドに座ってしまった。
ベッドに腰かけている京を立ちながらじっと見ると、両手をふわりと広げられた。
「おいで」
背中がブルッと粟立つような色っぽい声で甘く囁くと、私の手をゆっくりと引いて膝の上に私を向かい合わせで乗せてしまった。
背中にぐっと腕を回されて、唇を重ねられる。
今までずっと唇同士だけを合わせるキスだったのが、舌が激しく絡み合わさってくる。
それに応えるように舌を出すと、京の手に後頭部をよしよしと撫でられた。
「んんっ………京」
何度も吐息のように京の名前を呼ぶと、京は腕を背中でぐるぐると掻きまわした。背中の中から手が入ってきて、地肌に触れると、体がビクッと跳ね上がった。
「可愛い」
そう呟く京は、さっきまでの無邪気さにはどこへ行ったのやら、すごく大人な色気を放出しながら、余裕で事を楽しんでいた。
背中に触れられたまま、体をペタッとベッドに倒されると、その上に馬乗りになって唇を重ねてきた。
もうなんだかドキドキしてしょうがない。
胸が破裂しそうだ。
暗い部屋に、黒いベッドでは視界もそんなによくはない。
だけど、シルクのベッドのきぬ擦れの音がよく響いて、卑猥な印象を与える。
下唇をちゅっと吸われながら、何度もキスを繰り返す。
丁寧に何度も何度も可愛がってくれる京に顔の火照りは増す一方だ。
体中の隅から隅までキスを繰り返された。
何度も背中がぞわぞわと粟立つのを感じる。
もうそれだけで、全身がおかしいくらいに火照ってしまう頃には、きっと長い時間がたっていた。
この人は丁寧で優しくて、全然性急じゃない。
焦らしているのかと思うほど、何もかもが丁寧で何だかひどく愛されてる気持ちになる。
勘違いしちゃいけないと、心が何度もストップをかける。
「もう……お願ぃ……」
焦らしてるつもりはないのだろうけど、こっちが我慢しきれずに求めてしまう。恥ずかしいけど、この欲望を抑えきれない。
「エロくて、可愛い」
耳たぶをはむっと食べられながら囁かれると、緊張がマックスに跳ね上がる。
京の息も少し荒くなっているし、お互い緊張と興奮が入り混じったような荒い呼吸に、色づいた頬。
それでも、京をじっと潤むような瞳で見る事しかできない。
この人は、とんでもない底なし沼のような人だ。
私を愛してくれているとしか思えないほど、愛しいという瞳で見つめられている気がして仕方ない。
正直部屋に入る時は、馬鹿な自分を自分で嘲笑っていて、後々笑いのネタぐらいにはなるだろうって簡単な気持ちだった。
でもこうやってこんなにも丁寧に愛されると、そんな事さえ思えない。
事が終わって、すぐに帰れと言われたら、大声で泣きわめいてしまいそうだと思うほど、心がざわざわと揺れていた。
「佐希……」
京と繋がると、心臓が不整脈のように跳ね上がった。
京の動きの一つ一つが丁寧で優しい。
こんな時でも自分を優先せずに、処女でもない私を気遣おうとしてくれているのが分かって、きゅうと胸をおかしいくらい締め付けさせる。
「佐希……佐希。返事して」
「っ………京っ」
何度も呼んでくれる名前に、好きがどんどん増えて行くのが分かる。
歌声のように綺麗な彼の声で、もっと何度も呼んで欲しいと思ってしまう。
「佐希……」
「ん?」
「……キスしたい」
キスをしようと思えば、いつだってできるくせに、私が最初にキスするときは聞いてと言ったからなのか、何度も確認するように聞いてくる。
それにこくっと頷くと、口を開けながら全てを奪いつくすようなキスが降ってきた。
キスをしながら、頬を撫でられて、自分が今ひどく甘い空間にいる事だけは分かった。この人に愛されてたいと強く思う。
「んっ……やだっ……ん」
「…ん? 痛かった?」
そう言って、すぐにピタリと動きを止めて顔を覗き込んでくる京にどうしようもなく愛しいという気持ちが溢れだす。
なんでこの人はこんなにも繊細なんだろう。
恥ずかしさを誤魔化すために、やだと声をあげる私がさらに恥ずかしくなってくるくらいに。
「京っ……私だけのものになって……」
「………うん」
醜く、所有欲みたいなものを調子に乗ってふりかざした私に、京はただ笑って頷いただけだった。それに顔を分かりやすく歪めた私に、京は笑いながら優しいキスを何度もくれた。
目の前の陶器のような綺麗な顔を見つめながら、何度も何度も優しく愛してもらった。
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