cannot help wanting you
「そろそろご飯食べに行こっか」
「あ、うん。もう六時だもんね」
京が立ち上がったのを見て、つられて立ち上がると、にこっと笑って奥で騒いでいる人たちのところへゆるゆると歩いて行ってしまった。
「俺、帰るね」
京がそのグループに声をかけると、喋っていた男女が話をやめて京の方へ振り向いた。
「あ、京。帰るんだ。また明日ね」
「ばいばーい」
お別れの言葉を口々に言われた京は、手を振ってその場を離れた。
そして、私のところへ戻って来ようと歩いていると、あのグループから一人女の子が小走りで京に近づいて呼びとめた。
「京!」
「ん?」
「今日泊まりに行ってもいい?」
小声で話しかけている綺麗な女の子の長い髪を柔らかく撫でて、京は優しく対応する。
「うーんまだ分かんない。夜になったら電話してくれる?」
「分かった」
女の子は頬を赤らめて京に手を小さく振ると、またグループの中に戻って行ってしまった。
へぇーこのサークルの中でも色んな女の子に手出してんだ。
ここまで来ると、すごいな。
来るもの拒まずにも程がある気がするけど。
「なんか機嫌悪い?」
京が私の元へ戻ってきて、問いかけてくる。
あの光景を見て、呆然としていたんだとどうして気付いてくれないのか、この人は。
「ううん悪くないよ」
「そう?」
京はホッとしたように笑みをこぼすと、ゆっくりと歩いて行ってしまった。
そして、扉を開けて、その扉をくぐらずに私を通してくれる。
その後にゆっくり出てくる京をチラッと見て、これはモテるわけだと何度も納得せざるを得なかった。
子供みたいに甘えたり、機嫌悪くしたりするくせに、こうやってたまに紳士なとこや、大人なとこを見せる。
大学を出て、タクシー乗り場に向かう時も、自然に車道側に立ってくれるし、タクシーを拾うと、先に乗せてくれるし、何だかこの人は女の子にモテるべくした人だな。感心すると共に呆れる。
「ご飯。どういうのが好き?」
京がタクシーの中で問いかけてくれる。
「うーん親子丼」
「ふふっ親子丼? おもしろい」
面白いかな?
結構普通だと思うけど、もしかして丼ってお金持ちは食べないの?
そう思いながら、白々しく京を見ると、まだくすくすと笑ってる。
「じゃあ和食が好きって事?」
「うん。和食は好き。洋食も好きだけど」
「そう。今日は和食にしよっか」
今日はって次もあるって事ですかと、聞くのはやめておいた。
あんまり気にしすぎるのもこの人の場合、こっちが空回りするだけだと思うし。
店を決めたらしい京は、運転手さんに場所を告げると、私の肩にもたれてきた。どこからか香る上品な甘い香りがドキドキさせて仕方ない。
「なんでそんなに甘い香りがするの?」
ぽつりと気になっている疑問を口にすると、顔の角度を変えて、私の横顔を見てきた。
そのすぐ後に、口角を上げて笑った京に胸が痛む。
「体内から出てんの」
「もう。ほんとにそんな気さえしてくるからやめてよ」
「ふふっ香水だよ。気に入ったなら今度あげる」
(次。今度。どれも全然当てにならない)
こんな人と一緒にいると、私も香水をつけてくればよかったとか、もっと綺麗な服を着ておけばよかったとか、化粧もきっちりしておけばよかったなんて、気にしてしまう。
京は服だって、大きめなだぼっとした高級そうな白いシャツに、ぴちっとした細めのビンテージもののダメージジーンズを履いていて、それだけなのに、何だかすごい様になっていた。
背がすごい高いからなのか、すらっとした体型だからなのかもしらない。
髪はふわふわしていて、ワックスで整えられたボリュームの出た髪型は、京の色っぽい顔にすごく似合っている。
私は、髪だって普通のショートカットだし、服も普通のカットソーに紺色の膝丈のスカートっていう、あまりにも普通だし。
顔だって、かろうじて目は二重だけど、京みたいに色気があるわけじゃなく、化粧だってそれほど研究していない。本当に普通の見た目だと思う。
友達は可愛い可愛いと言ってくれるけど、そういう友達の方がよっぽど可愛い気がするし。
てか、ぼーっとして忘れてたけど、香水今度あげるって次いつ会う気なんだろ。
この人は、また私と会う気でいるのかな。
連絡先を交換したりすれば、同じ大学なんだし会えるに決まってるけど、この人が自分から携帯番号を聞いてくるようには見えないし、次の約束をしそうにもない。
さっきの女の子に、今日の夜の事だって、分からないと返事を濁していた人なんだし。
「今から行くとこは、かにがおいしいよ。かにすきがある」
私の肩で、ぽつりと独り言のように話した京をチラリと横目で見る。
「かに!? 高級な感じだね、大丈夫かな、そんなところ行ったことないかも」
「ううん気軽にして。好きなの食べればいいよ」
そう言って、連れて行かれた和食料理のお店は、やっぱりドがつくくらいの高級なお店で、敷居を跨ぐのも恐れ入るような場所だった。
ほらーー。
やっぱり京の感覚おかしいし。
受付に立っている女将のような人に、京が慣れた感じで挨拶をすると、お得意様なのかすんなりと個室に案内してくれた。
畳のそこはいかにもっていうような料亭で、漆塗りのような高級そうな机をはさんで京と向かい合わせに座ると、「隣が良かったね」なんて、またもや胸をくすぐるような言葉を平気で吐いた。
「何食べる?」
「うーん私何食べていいか分かんない。でもかにがおいしいって言うなら、できたらかにが食べたい。いいかな? だめ? だめなら任せる」
「もちろんいいよ。じゃあかにすきがあるコース頼むね」
そう言って、店員さんにすらすらと注文してみせた京は、私にお酒を飲むかとすすめてきた。
「じゃあ一杯だけ」
「何飲む?」
「ビール」
「ふふっ、了解」
ビール二つと注文した京は嬉しそうに鼻唄を歌いながら、私の顔を眺めた。
機嫌いいなぁ。
「佐希は好きな人いるの?」
「うーんいないよ」
「そっか良かった」
何が良かった? と聞きたかったけど、それはどうしても勇気がなくて聞けなかった。
私には男を転がす能力なんて全くないらしい。
「じゃあ今まで彼氏がいたことはある?」
「ああーうん。最近まで彼氏いたよ」
「別れたんだ。同じ大学?」
「ううん社会人の人。好きだったけど、やっぱ感覚が違うのかうまくいかなかった」
「社会人。年上が好きなの?」
「うーんどうだろ。年上の人は好きかな。大人だし、落ち着くし、優しいし」
そう言うと、なぜか考え込むように黙りこくってしまった京を不思議に見ていると、京の携帯がぶるぶると震えた。
「はい。………ああ、うん久しぶり」
普通に電話に出た京は、多分女の子と電話している。
久しぶりっていうところを見ると、今日サークルの部屋にいた女の子の二人ではないんだろう。
また別の女の子かぁ。
「うん。今日は無理だよ。……だから無理だって。なにか用事? ………うん明日ならいけるかも。うん……でも分かんないからまた電話してくれる? ……待ってるね」
電話を切った京に、何だか思わずため息が零れた。
強い口調で今日はだめだと断ってた事にはびっくりしたけど、この人には、なんというか普通の観念はないのかな。
どういう教育されてきたんだろ。
こうやってふわふわ流されて、言われるがままに女の子と会って、どういうつもりなんだろ。
聞いたところで理解できそうにもないし、聞かないでおくけど。
「おなかすいたー」
こうやって、普通にしているところを見ると、掴めそうな、手に入りそうな気がするのに、本当は遥か手に負えない人だ。
何を考えてるのか一生かかっても分かりそうにない。
こんなにも訳が分からない人に出会ったのは初めてだ。
料理が前菜から運ばれてきて、ビールを乾杯してから食べ始める。
「佐希はお酒飲めるの?」
「普通ぐらいは」
「そっか。じゃあ良かった。無理しないでね」
京は納得したように笑みを作ると、綺麗な箸使いで料理に手をつけた。
それを見て、料理を口に運ぶと、前菜なのにとんでもないくらいおいしかった。
「おいしー! すっごいおいしい」
「ほんと? よかった」
京は嬉しそうに箸を置いて、私が食べているのをじっと見ていた。
(どうしてそんなにじっと見るのだろう)
テレビの中で料理を食べている芸能人ってこんな気分なのかなと、居心地の悪い思いをしながら料理を食べ続けた。
メインの天ぷらやかにすきが出てきて、興奮する私にもふわりと笑みを作って嬉しそうに私を見ながら、ゆっくりと綺麗に料理を食べていた。
デザートのシャーベットまで食べ終えて、満腹感と満足感を得ると、京にお礼を言った。
「連れてきてくれてありがとう。おいしかったー、もう満腹」
「良かった。明日もご飯食べに行く?」
「え? なんで? いいの?」
「うんいいよ」
「え。でもさっき電話で明日の予定聞かれてたよ?」
「ああ、でもいいよ。まだ約束してない」
何だかそれに頷いていいのか分からずに、思い悩んでいると、京が首をかしげてこっちをうかがってきた。
「どうした?」
「えっといや、いいのかな」
「……? いいよ。明日は忙しい?」
「ううん忙しくないけど」
「じゃあ、明日もご飯行こう。今度は洋食でもいいよね。大学来てる?」
「いや明日は休みの日だよ」
「そっか。じゃあ後で携帯教えて」
「………分かった」
京ってこういうところはちゃんと押さえてくるんだ。
なんかかなり意外。
自分から約束したり、携帯聞いたりなんて絶対しない人かと思ってたのに。
胸が高鳴ってる自分がいて、困る。
こんなのダメだ。絶対、絶対、これはハマっちゃいけない恋だ。
そんなの今日一日だけでも嫌ってくらい身にしみたのに、どうにも心が止まってくれない。
京が欲しくてしかたない。
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