a surprise kiss

美佳と一緒に立ちあがると、京が弾かれたように椅子に座りながらこっちを見上げてきた。


「佐希。もうちょっといてよ。俺一人だったら寂しい」


え。

あなたの事情は知りません。

そう思いながらも子犬のような目で見上げてくるので困っていると、手首をぐいっと引っ張られた。


「ねぇ、寂しい」


顔を近づいて囁いてくる。

この甘える感じはこの人の手口なんだろうか。

下にある顔を見やると、こっちを見上げて真剣な顔でお願いして来ていた。


「えっと……、ああ……うん。少しだけなら」


それに美佳は私の気持ちを見透かしたのか、苦笑すると、私の肩をポンと叩いて出て行ってしまった。


(だって、なんか放っておけなかったんだもん……)


甘えているつもりは本人にはないんだろうけど、甘えるような言い草たっぷりで気持ちをストレートに伝えてくる。


小悪魔か、はたまた猫科なのか、そういう感じの人。

それを計算なのか、生まれつきの持ち前でやっているのは分からないけど、恐ろしい。


きっと、この時にはもう京の毒が体の中に入ってきてたんだと思う。黙っていると恐ろしく顔が整った、冷たい大人な男に見えるのに、口を開くとひどく媚びるように甘えてくる。


女の子をたぶらかして遊んでいるとしか思えないけど、わざとそうして遊んでるわけじゃないような気がした。

そう思いたかっただけなのかもしれないけど、何となく言っているように本当に寂しそうに見えた。


「佐希はこの大学?」

「そうだよ」

「学部はどこ? 美佳の友達だったら同じ学年だよね」

「学部は経済。三年だから同じ学年だよ」

「そっか」


京はあんまり口数が多くない。

聞きたい事を聞くと、納得したように口を閉じて、まじまじと私を見つめている。


これに慣れるには時間がかかるだろうなぁ。本当に独特な雰囲気。

黙ったまま、美貌の人に見つめられるとドギマギしてしまう。

端正な顔をチラリと見返すと、京はにこっと笑ってくれた。


ああ、なんかキュンとしてしまってる。


やばい、やばいぞ。

そう思って、うつむいていると、ショートカットの髪を冷たい手に触られた。


その感触に気付いて顔を上げると、京が顔を近づけて、私の下唇を食べるように唇を重ね合わせた。

名残惜しそうに離れた唇に、目を丸くして唖然としていると、どうしたの? とでも言うように首をかしげて私の顔を覗き込んでくる。


「……どう、して?」

「キスしたかったから。ダメだった?」


困ったように眉を下げてしまった京を見て、大きくため息を吐いた。溜息を見て、京はますます眉を下げてうつむいてしまった。


「……ごめんね」


私の反応でダメな事をしたと分かったらしく、素直に謝ってきた。

この人ってこうやってキスをして、怒られた事とかなかったのかな。


だから、こうやって当たり前のようにキスをしてみるのかな。

それとも図太いのか、はたまた計算なのか、本当に反省しているようにしゅんとしてしまった顔を見ていても、何も分からなかった。


「もういいよ。今度からはしないでね」

「……うん。今度からはする前に聞くようにする」



……………。

この人ってなに。


彼女とか友達とかいう枠はないのか。

心底あきれ果てて目の前の節操の無い人を見ると、私に許してもらったと思ったのか笑みを取り戻してきた。


「さっきのは彼女じゃないの?」


この人に彼女はいるのか純粋に気になった。

京の事が好きになったとかじゃなくて、ただこの人に彼女とかいうちゃんとした存在がいるのか気になった。


「え? どうして? 違うよ。友達」

「そうなんだ。でも向こうは完全に京の事好きだよね」

「そうかな? 鋭いんだね」


なにこの人。

あれ見て気付かない人がいたら、相当頭が悪い気がする。


ああ、もう。

なんかイライラしてるせいか言葉に棘が出てきてしまってる。


「彼女はいるの?」

「いないよ。いたことない」

「え。いたことない!? 嘘でしょ!」

「どうして? いたことないよ」

「えー……。どうして作らないの?」

「友達でも十分楽しいから。彼女が欲しいと思わない」


ああーなるほど。

彼女じゃなくても変わらない事を多数の女の子とできるし、別にさっきの子なんて彼女となんら変わらない。


きっとこうやって、お友達にもキスやもっと色んな事をしてるんだろうし。

不自由はしないよね。

大抵の女の子はああやって、京に骨抜きになるんだろうし、彼女にして独占したいとかそんな事も考えなくていい。

でも、それって幸せなのかどうなのか微妙だな。私なら嫌だ。身体を繋げたって、お互いを一番に思ってくれる存在じゃないとむなしい。


「佐希は今日忙しい?」

「いやそんな事ないけど」

「じゃあご飯行こうよ。晩ご飯」

「うーんえっと……」

「お腹すいた」


そうですか。

断るべきなのに、なんとなく断りづらくて目の前の京を眺める。

小首をかしげてにこっと微笑んでくる。その邪気のない顔に苦笑した。


「うん、……いいよ。ご飯行こ」


賛同すると、嬉しそうに目を細めて微笑んできた。

この人って断れない何かがあるなぁ。そんなわけないんだけど、断ったら傷付いてしまうんじゃないかと思わせる繊細さが見え隠れする。


「おいしいとこ連れてくね」


それに首を縦に振ると、私の髪をするすると撫でてきた。

ああ、なんかこの人の人気の理由が分かる。


無邪気な部分と、大人っぽく色っぽい男性の部分が共存している。そして極上の男性がべったりと甘えてくる。

これが全部自分だけに向けられればいいのにって、本能的な部分が欲を出してくる。

今、この人の彼女にしてくれるって言うなら、私はすぐに頷いてしまう気がする。


………ああ、なんだ。

私、この人に惹かれてるんじゃん。

私だって、十人中九人の大勢の中の一人だ。我ながらチョロすぎて笑える。


「キスしてもいい?」


ぼーっと部屋に目をやっていた私は、その言葉でとっさに京に視線を戻した。

この人は普通の笑顔で、平気でこんな事を言う。さっきああやって言ったから、理解はできるんだけど、納得できない。


だって、こんなの人としておかしい。


「だめだよ。そんな簡単にしちゃだめ」

「…………うん」


え?

なに? その返事。

機嫌損ねたの?

この人ってずっと笑顔だと思ったら、しゅんとしたり、機嫌を悪くしたり、表情がころころ変わる。


「怒ってるの?」

「ううん怒ってないけど……」


はぁー。

完全に拗ねてるじゃん。

もうなにこの人。

子供じゃないんだから、やめてよね。


まだ出会って少ししか経ってないけど、京のモテる理由がひしひしと伝わってくる。どうしても放っておけないような気分にさせる力は今までこの男以上に見た事がない。


あまりにも極上な見た目で、大人な色っぽい見た目で、中身は甘えん坊な子供のような性格。

それなのに、ふらふらしていて、自分が色気を放っている事も、女の子をたぶらかしてる事もきっと知っていて、それを楽しんでるような大人な男。


このおかしいくらいのちぐはぐなギャップが女の子を最高にそそらせるのは、この男も知ってるんじゃないだろうか。


「冷たい事言ってごめんね」

「もう簡単にはキスしないようにする」

「え? うん。……そうだね」


反射的に声を出すと、目の前の人は恐る恐る私の顔を見て、困ったように笑みを作った。

それに笑い返してやると、ぱあっと花が咲くように笑ってきた。


ああ、なんだ。

この人ってこんなに常人離れしてるのに、人の機嫌に敏感で、怒られたり、嫌われたりするのを嫌がるんだ。

普通の人と変わらない部分がなんだか可愛いと思ってしまった。

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