どうしようもない君 【完】
大石エリ
a fateful encounter
出会いの日は驚くほどドキドキしたものだった。
そして、その日の私は、今でも後悔するくらい軽率だった。
大学の食堂で女友達の美佳と一緒にご飯を食べていると、高校の時の友達に会いに行かないかと誘われた。
美佳はお金持ちの私立高校に通っていたし、お金持ちの友達が多かったから、そういう繋がりの子なんだろうと思って、正直気が乗らなかった。
でも、女の子はこういう時厄介で、断るということに億劫になる。
嫌なことを嫌と言えず、曖昧に返事をすると、美佳は嬉しそうに私の手を引いて歩きだした。
「絶対気に入ると思うよ! てか
「水本京? うーん顔見たら分かるかもしれないけど」
「ああー知らないか。同じ学年だけど、京は文学部だから会ったことないかもしれないね」
確かに違う学部だったら会ったことがないかもしれない。
うちの大学はマンモス校で、一つの学部の一つの学年だけで七百人以上も在籍するくらいだ。
一つの学部の一つの学年だけで、そのあたりの高校くらいの生徒数がいるんだから、学部なんて違えば会ったことのない人しかいないくらいだ。
美佳に連れて行かれて、文学部の裏のサークル棟に入って行く。
(初めて入ったなぁ)
私は軽く美術部に入ってる程度だし、点在するサークル棟の中でも、ここは文学部が中心となって活動するためのサークル棟。
入るはずがない場所だ。
そこの一室に、美佳が入るのを確認して、私も後ろからおずおずとついていく。
中をぐるりと見渡すと、少し煙草臭い部屋の中に、大きなテーブルが二つと椅子が何個も置いてあって、テーブルには灰皿やペットボトルなども所狭しと置かれていた。
お金持ちならぬその庶民的光景に想像と違ってびっくりする。
美佳のお金持ち友達なのに、こんなとこにいるんだ。
もっとヨーロピアン風のソファとかがあって、ダーツを楽しんでたり、高級なお酒を飲んでいるのかと思っていたのに。
実際そんなサークルもわずかだけど存在するし。
部屋の真ん中あたりで、椅子に座っている男の人と、隣に寄りそうように座っている女の人。
その他には、部屋の奥で騒いでいる男女が数名、部屋の中にいた。
「京ー!」
美佳がお目当ての人を見つけたのか、楽しそうにその人を見ると、椅子に座っていた男の人がすっと立ち上がって、くるっと振り向いた。
「美佳。遊びに来てくれたんだ。ありがとう」
その人は流れるような綺麗な喋り方で話しながら、とても男の人と思えないような上品な笑い方で美佳を歓迎した。
普通の男の人よりも少しだけ高い綺麗な声。
にこっと微笑む姿には、誰だって顔を赤らめてしまうんじゃないかと思った。
色気にやられたのか、美佳はぽりぽりと気まずげに頭をかいているし、私はきっと顔を赤くしてるに違いない。
それにしても、こんなに色気を全身にまとってる人を初めて見た。
キラキラしたオーラさえも見えてきそうだ。
さらさらでふわふわしている髪は、魔法のようで、どうしてそんな綺麗な髪質を保てるのか謎で仕方ない。
髪だって、薄い茶色に染めているのに全然傷んでいる気配すらない。サラサラと流れる糸のように見える。
この色素の薄い茶色の髪が色白の肌を際立たせて、印象をより儚くさせる。しゅっとした輪郭に、黄金比だと言われたら納得するような綺麗な配置で全てのパーツが置かれている。
薄く引かれた唇に、目力のある綺麗な透明度のある瞳、顔の真ん中に高く通った鼻。
彼を造り出す全てのものが極上のものばかりで、彼自身この大学の背景に浮いてるほど極上だった。
背は見上げるほど高い。
縦に長いその体型は決して細いわけじゃないんだけど、すらっとしていてスタイルがいい。
この人は、きっとどこかの王宮とかにいた方が頷ける。
この容姿ならいつでも、トップスターにもナンバーワンホストにも逆玉の輿にでも、本当になんでもなれる気がした。
こんなにかっこいい見た目なのに、やっぱり学部が違うせいか、見た事はなかったな。
その隣に寄り添うように座っていた女の人は、機嫌を悪くしたようで、京の腕にしがみつきながら目で京に訴えている。
私たちが来た事で二人の時間が邪魔されたからだろう。
でも、京はその掴まれた手を反対の手でするりと離すと、こっちにゆっくり近づいてきた。
「暇だったから良かったよ。あ、お友達も連れてきてくれたの?」
暇だったって……女の子すごく怒ってるけどいいの?
そう思いながら、京をチラリとみると、私の視線に気付いてふわりと笑ってくれた。
「こんにちは。京です。名前はなんていうの?」
「佐希です。えっと、よろしくお願いします」
何を言っていいか分からず、ぺこりと頭を下げると、その人はさっきからずっと笑みのままで私を見ていた。
この人ってなんか雰囲気が違う……。
めったなことで動じないし、慌てないし、自分の思うままに自由に生きてるって印象を受ける。
何だか掴めなくて、もどかしい。
「佐希。今から遊びに行かない? 仲良くなろう」
そのありえない言葉に目を大きくして、呆然として見つめると、なに? とでも言うように首をかしげて見せた。
え? これ普通なの?
その素っ頓狂な京のセリフに先に反応したのは、私じゃなくてさっきの女の子だった。
「京! 今私と遊んでるでしょ!」
「ん? ああ、そうだったね。ごめん」
何でも無さそうに謝って、さっきの場所にゆっくりと戻って行く様子をじっと見ていると、隣で美佳が苦笑したのが目に入った。
「あいつああいう奴でさ、ちょっと変わってるから許してやって。こっちで喋ろっか」
ちょっとどころじゃないと思うけど……。
美佳にうながされて、近くにあった椅子に二人で掛けて話をした。
「京って誰の事も全然好きにならないし執着しないんだよ、その癖、女の子にてきとうに手出したり、可愛がったりするからさ。だから、ああやって女の子が気を張ってないといけないわけ。ピリピリしてて嫌になっちゃうよね」
「そうなんだ」
「あの見た目でそれをしたら罪だよね。私はあんな薄い感情しか持ってないような奴まっぴらごめんだけどねぇ」
確かにあの極上の見た目でそんな事をされたら、彼女も気が気じゃないよね。
「実はさ、私も高校の時一度奴の毒牙にやられそうになったけど危険を察知してさっぱりやめた。あいつに本気になったら地獄を見るよ」
恐ろしいほど冷たく言い切った美佳は、何か友達とかに経験があるのだろうか。
この感じだと高校でも何人も女の子をたぶらかしてきたに違いないから、それを美佳は見てきたんだろうな。
京を軽蔑したように言うところを見ると、彼はやっぱり問題ありらしい。
私的には、あの色っぽすぎる見た目はそんなにタイプじゃなくて、もっと上品でスマートな人がタイプだから、そう興味はないけど。
隣にいたらなんだか落ち着かなさそうなんだもん。
でも、女の子が惹かれるのはすごい分かる。
モテるだろうなぁ。
きっと十人がいれば九人は喉から手が出るくらい彼氏にしたいという見た目だろうなぁ。私は残りの一人なわけだ。
冷静に分析していると、京の横にくっついていた女の子が立ち上がって京の腕を引っ張っている。
「私今からバイトだからさ、京も一緒に帰ろうよ」
ああ、なるほど。
自分が帰らなきゃいけないから、京も一緒に意地でも連れて帰りたいらしい。一人になったら、ふらふら違う女の子のところに行きそうだもんね。
彼女も大変だなぁ。
「まだ帰らないよ。美佳もせっかく来てくれたし」
「放っておいていいじゃん!」
「ごめんね。バイト頑張って」
京はふわふわしてそうなくせに、一度決めたら頑固なのか頑なに譲らなかった。
女の子は時間がもうやばいのか京の手を離して手を振ると、何度も後ろを振り返りながら部屋から早歩き気味で出て行ってしまった。
「あんたたち京に手出したら許さないからねっ」
通り過ぎざまにきつい言葉を吐いた女の子にぽかんとしていると、美佳はやれやれと大きくため息を吐いた。
なるほどこうやって周りを牽制しないとやってられないんだろうな。
一人になった京はのんきに立ち上がって、私たちの方へ歩いてくると、だるそうに頭をかいていた。
「はあー疲れた」
「京、あんなヒステリックな女よく好きだね」
「違うよ。ヒステリックな女の子が世の中に多いんだよ」
わあ、それって違う。
きっとあなたがそうなるように仕向けてるんだと思う。言わなかったけど、心の中で彼に突っ込んだ。
美佳は呆れたように溜息を吐くと、京の顔をチラッと見た。
「あのさ、京。私遊びに来ておいてあれなんだけど、今から用事あるんだよね」
「えー。せっかく来てくれたのに」
「ごめんちょっと久しぶりに顔見に来ただけ。友達とご飯なんだ」
「そっかぁ。残念」
二人が喋っているのを黙って聞いていると、美佳が私を見てきた。
「ごめん佐希。そういう事だからさ、私帰るけど、どうする?」
「うーんとじゃあ美佳と一緒に帰ろうかな。私一人でここにいてもどうしたらいいか分かんないし」
「じゃあそうしよ」
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