Part3
その数分前、エレベーター前にて。
「…………ぁ……」
私は目の前に立つ人間を見て、ため息に近い声を発した。ほぼ声としては成立していない、余りにか細いものだった。
「久しぶり、立花」
その人は、六骸來歌。
数年前に見たっきり、もうずっと会っていなかった人だった。
新聞を通して逮捕されたことを知った時から、何度か面会を試みた。もしかしたら、普段のお姉ちゃんが戻ってるんじゃないかって。あんな姿は、やっぱり嘘だったんじゃないかって。
でも、結局会えないままだった。
そのまま時間が経って、告げられた答えは最悪なものだった。
あの日、NRFに入った日。
朱鷺さんから、お姉ちゃんがリベリアーズの幹部だって告げられた。
認めたくなかった。違う、昔私が見たお姉ちゃんはそんな人じゃない。もっと優しくて、笑顔で……
『立花は來歌との戦いに集中しろ。残りの3人はさっさと下に行け』
脳内で記憶を手繰る中、朱鷺さんの言葉が耳元に響いた。
皆が、下に降りた音が聞こえた。
『……大丈夫。お前はもう覚悟を決めたはずだ。後は引き金を引いて……アイツを撃ち殺せばいい』
朱鷺さんはそう言った。
でも、それには間違いがあった。
私には、覚悟なんてない。あの時伝えたのは、嘘だ。今もあの時も、何もかも曖昧なままだった。隊員としての私と、妹としての私。どちらを信じるべきかなんて明白、でも分かりたくなかった。
でも、後者とは今決別しなきゃいけない。
ここでお姉ちゃんを殺さなきゃ、皆にまで迷惑をかける。
「……はい」
そう言って、両腰の引き金に指をかけた。
それはとてもとても重く、腕の震えるものだった。
やがて、自分でも予想外のタイミングで弾丸が打ち出された。十の口から弾丸が放たれ、空間を走って火薬の勢いのままに、お姉ちゃんの方へと向かう。
その光景を見るのさえ辛かった。
だから、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
「……づっ……がァッ……!!」
呻き声をあげたのは、私だった。一瞬の暗幕の間に、両頬を引き裂くような痛みが走った。
瞼を開けて下に目線を落とせば、自分から血液が垂れ広がっているのが見えた。
その後に、目線を上へ戻す。
そこには、
「……ぁぁ…………」
また、声にならない声が出た。
お姉ちゃんは、私を攻撃した。銃を私に向けて、引き金を引いた。あの時、母と父を殺した時のように、私を殺そうとした。
あの優しいお姉ちゃんは、私にすら顔を見せなくなってしまった。
それを認めたくなかったが故に、漏れ出た声だった。
「立花も、私を攻撃するんだ。私を否定して、あいつらみたいに殺そうとしてくるんだ。あーあ、残念」
違う、私は殺したいんじゃ――
「……もう、立花は家族じゃない」
――!
2発の弾丸が迫った。
背後のエンジンが稼働し、弾丸を避けるように私の身体を運ぶ。壁に向かって上昇するように身体が空を駆けると、私は一瞬コンクリートの壁を走り、両腰の鉄塊を以て押し潰そうとお姉ちゃんの方へ急降下する。
お姉ちゃんはそれを避けて、結果的には位置関係を入れ替えた状態になった。
自分でも、いつ、どうやって動かしたか分からなかった。
きっとそれは、長年NRFで任務にあたったことで刻まれた生存本能だった。差し迫った命の危機に対し、生き残るために最善の方法を勝手に選択する。
私の身体と脳は、いつしかそんなふうにプログラミングされていた。
「はぁ……はぁ……はあ゙ぁッ……!」
さして疲れる動きでも無かったのに、私は動物みたいに荒い呼吸だった。
お姉ちゃんを殺そうとしたこと、お姉ちゃんに、『家族じゃない』と言われたこと。
その全てが嫌で、それでも、お姉ちゃんを殺さなきゃいけなくて。
決して折衷案の生まれないほど相反するものが、脳内でせめぎあっていた。
私は、それが嫌になって走り出した。
どこを目指すこともなく、お姉ちゃんから離れようと駆け回った。すぐに食堂の前にたどり着き、私は右の道を選択する。
左には澪が居て、迷惑をかけてしまうと思ったから。
そうして走っている最中にも、後ろから追いかけるような足音が聞こえていた。
やめて。
お姉ちゃんの、そんな顔見たくないよ。
お姉ちゃんはもっと優しい人だったはずでしょ?
私達は、家族でしょ?
ずっとそんなことを脳内で叫びながら、走った。声に出そうとは思っていた。それでも、
『立花! 逃げんな……向き合え! そいつを殺すのはお前の責務だろ!』
耳元でそんな声が響いたから、未だせめぎ合う本能が発声を許さなかった。
いずれ、私は行き止まりにたどり着いた。
目の前にはくすんだ灰色の壁が立ちはだかって、これ以上の逃亡を許してはくれなかった。
でも、いずれはこの逃亡も止めざるを得ない。
その終わりが早まっただけだった。
『何があったか聞くのは後だ。今はただ……殺せ。そいつの、息の根を止めろ。……これは命令だ!!』
朱鷺さんに、ここまで怒られたのは初めてだった。
それだけ私は皆に迷惑をかけていたのだと、改めて認識させられた。
そんな現状がますます嫌になって、奥歯を噛み締める。
そのまま、後ろを振り向いた。
変わらず、お姉ちゃんは拳銃を二丁携え立っていた。
「立花は、私が嫌いなんだ。大丈夫、私も立花が大嫌い。さっさと殺したいぐらいだよ……カイラも、そう思う?」
お姉ちゃんは、右手首に巻かれた鈴を振った。
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