Part2
針が刺さった傷口から血液が流れ出したものの、風雅はそれに気を向けることもなく、親指でプランジャーを押し込む。シリンジ内の液体が血管へと流れ込み、いずれシリンジは空になった。
『煉馬。あいつは何をしてくるか分からない。……細心の注意を払って臨め』
風雅のこのような行動は、今までに確認されていなかった。だからこそ、朱鷺は煉馬に対しそう忠告する。
しかしながら、煉馬は顔に恐怖を滲ませることもなく、なんなら目にギラギラとした異様な光を浮かべていた。
「あははっ……そうだ。これでこそ俺だ! こんな俺こそが――お前を殺すに相応しいッ!!」
支離滅裂な言葉と共に、風雅は神速で駆けた。
先程までとは一変、一段階リミッターが外れたような速さだった。それがあの液体によってもたらされたというのは、もう皆が理解出来る事実だった。
刃が空間を切り裂き、風切り音と共に煉馬の頬へ迫る。
「いいね……全身全霊って感じする……!」
しかし、煉馬は顔に笑みすは浮かべてそれを弾いた。
握ったナイフはそのままに、食い下がった風雅へ前進する。それに引き寄せられるように、風雅もギラついた目つきで迫る。
両者が激しく衝突する音がコンクリートの中に反響し、それは何度も繰り返された。
「凄いねぇ……1本でもそこまでやれるもんなのかッ!!」
嘲笑の意図も込めた台詞と共に、煉馬は再び手元のナイフを投げ飛ばす。今度は先よりも短い感覚で、6本を一瞬にして投げた。
その一部は風雅の髪を割いたが、肌を切り裂き、一面に広がる灰色の中に紅を散らすことは出来なかった。
それを確認してから、煉馬はワイヤーを引き戻す。
しかし、風雅の脚がその速さを上回った。
刃が煉馬の腰へと戻るよりも早く、風雅のナイフが迫っていた。風雅からして見れば、煉馬を切り裂き、その上で刃を避けることも可能なぐらいだった。
その中でも、煉馬は風雅の動きを冷静に確認していた。
投げられたナイフを避けるため屈んでいた所から立ち上がり、飛び上がるようにナイフを向けていた状況だった。
そのナイフが振り下ろされ、煉馬の顔面へ――
突き刺さることはなかった。
「っ……!?」
風雅の表情に、困惑と焦りが一度に溢れ出た。
想定外を突かれた人間の顔だった。
しかしそれも無理はない。
煉馬の袖から、隠し刃がせり出ていたのだ。
右手首を振るように易々とナイフを弾き、腰へと戻る刃の方へ押し返す。
瞬間、風雅の背を幾つもの刃が切り裂いた。
脇腹を抉りとるように奔ったそれらは、切っ先に血液をまとったまま煉馬の腰へと戻った。
「ああ゙ッ……!」
煉馬はそれを手に取り、付着した血液を眺める。
電灯の光を反射し、ドロドロとした粘性を感じさせると共に、人間の本能に刻まれた死への恐怖心を
煉馬はそんな状況に――目を輝かせて興奮していた。
「あははっ……やっばァ……! すっげえ綺麗だッ!!」
両手に紅い刃を携え、地面に滴を垂らしながら狂気的な笑みで風雅へ迫る。
風雅の動きは、あからさまに鈍っていた。
背を切り裂かれ、大量の出血をしたのだから当たり前だった。
そんな風雅に、煉馬は容赦なく刃を振り下ろした。
「ヒャハハッ!! どーしたァッ!? もっと……! もっと無様に叫んでみろよ!!」
肌に刃先を突き立て、押し込み、切り裂く。
そんな非人道的な行いを、笑顔のままにやってのけた。気づけば腰のナイフは全て風雅に突き刺さったままで、手元の隠し刃も真っ赤に染まっていた。
その時にはもう、風雅の瞳に生気は無かった。
そんな事実を以て、風雅の死が証明された。
「ははッ……! はえェよ……もっと、悲鳴を聞かせろッ!!」
それでも煉馬の手が止まることは無かった。既に呼吸も拍動も無いただの肉塊を刺し続け、瞳に狂気を宿し獣のように荒い呼吸で腕を振り下ろしていた。
『――ぃ! おい! 煉馬!!』
すっかり遠くなってしまっていた朱鷺の声を、時間の経過と共に煉馬はようやく認知した。
『やり過ぎだ。さっさと部屋を出ろ』
煉馬には昔から、このような節があった。
対人戦で相手の血液を視界に捉えると、水を得た魚のように活発に、それでいて狂気的に動き回るようになる。そして、その最中は過剰な残虐性が発揮されてしまうのが問題点だった。
ただ、他人が強い言葉で静止を求めたり、無理やり相手から引き剥がすことで大人しくできるのがまだ幸いだった。
「分かったよ……んで、俺はこの後どこに行きゃいい?」
煉馬はようやく跨っていた風雅の身体から離れると、つい数秒前に殺人をこなした人間とは思えないほど気の抜けた言葉で疑問を投げかけた。
『立花の支援に入れ。鉄扉を抜けて、食堂前で右に曲がった所で戦ってる。時間が無い、急げ!』
朱鷺が鬼気迫る声で言うと、煉馬も流石に脚の動きを早めて部屋を出た。
(時間が無いって……何があった……?)
そんな疑問を浮かべつつ、コンクリートの廊下を走り抜けた。
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