Part4

「へぇ、そうかそうか。そりゃあ……楽しみだ!」

 目の前に現れた女――谷崎たにざき和不わずは、右手に鞭を握って澪へ接近した。しかしその鞭には金属製の刃が光っており、殺傷能力が増していた。

 和不はある程度まで接近すると、脚を止めて腕を振るった。先端からしなやかに湾曲した後に、幾つもの刃が空を切り裂いて澪の身体へ迫る。

(何度もやった動き……特訓と同じように……!)

 しかし、澪は慣れた様子で対応してみせた。

 鞭の先端に対し刀をぶつけ、その反発力を用いて一度距離を離す。

「……戦い方を知ってるって? ……めんどくさ」

 澪は、先日までの対人訓練においては、常に鞭に対しての動きを特訓していた。銃撃に対する対応は自らの感覚を信じ、和不を封じる練習のみに集中していたのだ。

 そのため、澪の表情に陰りや焦りは見えなかった。

『澪以外の4人で、隙をついてエレベーターに向かえ。まずは明花を確実に逃がすのが最優先だ』

 朱鷺は刃のぶつかり合う音が響く中で、そう指示を飛ばす。

「隙って……どうやって?」

 蓮也の視界には、到底逃げ出す隙など見えなかった。この廊下自体はかなりの幅があったものの、状態としては、和不がエレベーターへ向かう道側に立っているのだ。

 横から走り抜けたって、鞭がこちらに向く可能性が高かった。

「私がどうにか位置を入れ替えます。その転換のタイミングで……走ってください」

「転換っつったって――!」

 澪は未だ疑問を持ったままの蓮也を背に、動き出した。

 再び迫る鞭に対しては、姿勢を低くし回避。刀は右手に握ったまま、和不の胴体めがけ刃先を向かわせ……はせず。そのまま横をするりと抜け、和不の背後をとる形になった。

「……今です。走って」

 澪は刀を和不の背に振り下ろしつつ、短く言った。

 その瞬間、和不は急速に身体の向きを反転させ、澪の刃を鞭で受け止める。

 しかし澪が刀を向けたのは、あくまで和不の気を引き、4人が逃げる隙を作るため。この攻撃が届かなかろうと、さして問題は無かった。

 そして想定通り、和不はその瞬間だけは澪の対応に集中せざるを得なくなった。

 その隙に4人は横を駆け抜け、エレベーターの方へ向かうのだった。

「さあ……1体1です。いい勝負にしましょう?」

 澪は、そんな風に宣戦布告した。



「はあっ、はあっ……!」

 蓮也は明花をしっかりと背負いつつ、硬いコンクリートの上を駆ける。その両側には、蓮也及び明花を護衛するように立花と臥竜が追随していた。

 そんな4人は澪の身体を背に角を曲がり、食堂の前を通過してT字路に差し掛かる。

「この先を曲がれば、ようやくエレベーターに――」

 臥竜が、この先の道筋を示した時だった。


 強烈な音が廊下中に響いた。


 何かが爆発し、その後に金属が壁に衝突したような音。一瞬澪が爆薬を使用したのかとも思われたが、音の出処から考えるに、そうではないというのを全員が理解した。

 して、その音の出処というのは――

「エレベーターが……? まさか……!?」

 蓮也は、焦燥のままに先を急いだ。

 脳内に浮かんだ仮説が間違いだと、証明したかった。

 壊れた扉の跡を抜け、その先にあるであろうエレベーターの扉を見る。

 そこに、エレベーターは無かった。あったのは、エレベーターが存在していたという事実を示す空間の余白だけ。

『エレベーターが……落ちてる……?』

 先程の爆発音は、このエレベーターの方向から響いていた。故に、なんとなく予想出来ていたことではあった。

 だが、誰もが信じたくなかった事実だった。

 エレベーターのワイヤーは途切れ、下へと落下していたのだった。

 しかしながら、こうもまざまざと現実を見せつけられ、朱鷺を含む5人は言葉を失った。

「やっぱりか……」

 そんな中で、臥竜は意味深にそう言った。

「? やっぱりって……」

 蓮也がその理由を問う。

 それに対し返ってきたのは、予想外な発言だった。

「私達は、幹部達に踊らされてるんだ。リベリアーズは……私達を弄んでる」

「はぁ……? 何で、だってこの計画は――」

 外部に漏れることは決してないだろ? その言葉を紡ぐ前に、臥竜が重ねて言った。

「幹部が現れるタイミングが規則的すぎる。それに、現れ方も不自然なんだよ。風雅はあの鉄扉の中から、まるで準備してたみたいに現れた」

 臥竜はそう言って、未だ奥から刃がぶつかり合う音の響く鉄扉を指さした。

「それに……普段ならこの階にもいるはずの看守が1人もいない。理由は分かんないけど……きっと、何かを企んでるはず」

 臥竜は、ここまでに感じた違和感を述べた。その発言を受け、またしても空気が少しばかり硬直する。全員が納得したが故のものだった。

「でも……今はひとまず脱出の方法を考えよう。なあ朱鷺、どうにかならないか?」

 蓮也はそれでも気持ちを引き上げ、次なる脱出の方法を探ろうと朱鷺に問いかける。

『っと……エレベーターが落ちたんなら、上には空間があるはずだ。玖にロープでも下ろしてもらって、それで上がってもらう。蓮也、一度エレベーターの上側を確認してもらえるか?』

 蓮也は身を乗り出し、ボディカメラでも見えるように上の空間を覗き込んだ。

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