Part3

『明花には、臥竜を通じてベッドの中で大人しくしてるように言ってある。間違っても殺すなよ』

 澪が扉の前に立ち、3人が扉の破壊を見守る中、朱鷺は言った。

「長い黒髪だ。死ぬ気で守れ」

 それに付け加えるように、蓮也は語気を強めて言った。明花の容姿に関しては作戦メンバーの間で共有されていたものの、やはり兄としての不安は拭えなかったのだった。

 瞬間、扉が吹き飛んだ。

 変わらず澪と蓮也が前に行き、立花は扉の外で待ち構える。今回はそれに、臥竜も加わっていた。

 澪と蓮也は扉をくぐり、ライトを頼りに部屋を見回す。

 構造は、全く同じだった。

(まずは明花を……)

 蓮也は、ひとまず明花の場所を確認することを第一とした。彼女に刃を向けるなんてことが無いよう、心に安心感をもたらす意味だった。

 先の部屋と同じく、恐怖に歪んだ表情の面々。

 その数は、5つだった。

 左ベッドの最下段。そこだけは、人間の姿が無かった。しかし姿は見えずとも、存在するのは確かであった。

 布団をかぶり、縮こまっている者がいたのだ。

(……あれだな)

 先程の朱鷺の発言からも、恐らくあれが明花なのだろうということが理解できた。蓮也は安堵を覚えつつも、ならば後は周りを殺すだけと思い直し、再び澪と共に刃を振るう。

 刃先に着いた血にも構わず、1人も逃げ出さぬよう我武者羅に切り裂いた。

 今度は、1分と経たずに終わった。

 部屋には5体の死体が存在し、そのどれもが大量の出血と共にあった。

「明花……! 明花……!」

 蓮也はそんなことにも構わず、ベッドの方へと駆ける。

 被さった布団は、震えていた。

 蓮也は、それをゆっくりと捲る。

 瞳には、艶やかな黒髪が映った。

「……!」

 潤んだ瞳と、目が合った。みすぼらしい格好ではあったものの、それは間違いなく、妹――東明花だった。

「大丈夫。もう……大丈夫だ……!」

 蓮也は、震えて声も出ぬ明花を抱きしめた。

 去年の春に離れ離れになってから、もう出来ないと思っていた抱擁。

 それがこの場で出来たという喜びは、蓮也の瞳にも潤みを生じさせていた。

「……ありがとう……お兄ちゃん」

 明花は、上擦った声で言った。

 蓮也の肩に顔を埋め、これまでの苦しみを溶け込ませるように泣いていた――

「――安心するのは、車両に戻ってからです。早くここを出ますよ」

 澪は、緊張感のある声でそう言った。未だ目的が完遂された訳ではないと、帯を引き締めるような一声だった。

 それに蓮也も気を取り直し、脱出に向け決意を新たにする。澪が部屋を出るのに合わせ、歩き出した、のだが。

「……明花? 大丈夫か?」

 蓮也は、背後を振り返って明花の方を見た。聞こえてくるであろう追随する足音が、聞こえてこなかったのだ。

 少々不安の滲む様子で、蓮也は明花の元へと駆け寄る。

 すると、小声での囁きがあった。

「……足、動かなくて」

 蓮也は布団を払い除け、明花の足の状態を確認する。

 そこには、幾多の傷が刻まれていた。

 裸足の状態で行動を強制させられていたのかと哀れみと怒りを抱くのと同時、この先にどう行動すべきかと思考した。

 この後は、蓮也と臥竜が明花を連れてエントランスから脱出する、という算段だ。しかし、そのエントランスに向かうためのエレベーターには、少しの距離がある。

 そこまで明花を運ぶには……

「じゃあ、俺の背中に乗れ」

 蓮也は、明花に背を向けてしゃがみこんだ。こうすれば、明花の足を心配することも無かった。

 明花はゆっくりと蓮也の肩を掴み、背中に担がれる形になった。刀を握りながらというのは中々難しくもあったが、腰に取り付けられた鞘にしまったり誰かに持たせたりしていると、いざ敵が現れた時に咄嗟に対応しづらいので辞めておいた。

「ちゃんと掴んでおけよ」

 どこか優しさの混じった声でそう言い、蓮也は立ち上がった。その時背にかかった重量はかなり軽く感じられ、ここでの生活がいかに彼女を苦しめていたのかと再び怒りが湧き出す。

 しかし今それを噛み締めたって仕方がないと考え直し、蓮也は改めて部屋を出るのだった。

『じゃあ、ひとまず臥竜、蓮也、明花の3人でエレベーターに向かってくれ。まず最初に明花を玖の車両に乗せて、2人はもう1回地底下に降りてもらう。そこで残った2人と一緒に來歌を探して――』

 朱鷺は、今後の展望を話した。

 しかし、その言葉は途中で止まった。

 朱鷺はこの作戦において、隊員のボディカメラから情報を得ている。そのため、隊員の視界に映っているものと、同じものが朱鷺にも見えていた。

「……次は、貴方でしたか」

 澪は刀を強く握り、戦闘準備の姿勢をとる。

 その視界に映っていたのは、リベリアーズ幹部が1人――


谷崎たにざき和不わず。貴方の担当は私です」


 澪は、鋭い目つきで言った。

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