Part3

「澪に……同じことを?」

 蓮也は正直、その言葉を放ちながら絶望していた。

 新名澪。NRFの中で、最も洗練された刀の技術を持つ人。あくまで凪は刀を専門で扱っているわけではないため、確実に澪の方が実力は上だった。

 しかし、蓮也は凪を突破するのでさえ丸1日かかったのだ。

 澪を超えるなんざ何週間かけても無理なんじゃないか、と。そう思っていた。

「では、私はこれにて失礼致します」

 凪は絶望する蓮也をよそに、静かに特訓所を去るのだった。

「じゃあ……早速始めましょうか。とは言っても、やり方は凪さんと変わりません。私の攻撃を防ぎ、一撃喰らわせれば合格。第二段階に進めます。良いですか?」

 澪は凪と同じように、淡々とした語り口で特訓についての説明をした。そのまま歩いて距離を取ろうとする澪に、蓮也は一度疑問を投げかけた。

「なぁ、澪自身の対人訓練はいいのか?」

 澪は凪と違い、自身の特訓も行わなければならないはずだ。その疑問だった。

「ええ。私は……人間相手の戦いは得意ですからね。昨日一日で十分です」

 そう言って蓮也を見た澪は、優しい笑みを浮かべていた。心配するな、みたいな意図があったのかもしれないが、蓮也にとっては恐怖でしかなかった。

 『人間相手の戦いは得意』と笑いながら言える人間は、どんな攻撃を飛ばしてくるのか。死んでしまいはしないか、と。

 様々な考えが頭の中を駆け巡った。

 そんな中でも、澪は着々と準備を進めていた。10m程離れた定位置に着き、蓮也の方を見る。手を引き、足を引き。すぐにでも動き出す体勢だった。

(ああもうやるしかねぇ!!)

 蓮也は覚悟を決め、澪の攻撃を受け止める体勢に入った。凪との特訓で磨いた反射神経ならいける、と信じるしか無かった。

 蓮也は澪の肩の動きを見つめる。

 人間が動き出す時、そこが一番最初に動くのだと昨日学んだからだった。

 瞬間、澪の肩は僅かに高度を下げた。

 動き出す合図だ。

(……来る!)

 次はどう刀を振るか。そこを見極めれば――

 

 瞬きの後、側頭部に激痛が走った。


 澪の刃がこちらの頭を捉えていたのだと、蓮也は遅れて理解した。加わった力のままに床に倒れ、澪の姿を見る。

 彼女は特に疲れた様子もなく、これが通常運転のようだった。

「ってぇ……! あんた、すげぇんだな……姿すら捉えらんなかった」

 蓮也はそう感心しながら、差し出された澪の手を借りて立ち上がった。

「意識として、身体の動きを捉えるというより……刀の動きだけを見るという感覚の方が良いです。刃がどこを向くか、それだけ分かれば防御は行えますから。あと、瞬きは厳禁ですよ」

 澪はそうアドバイスすると、再び定位置へと戻る。

 蓮也は痛む側頭部を摩りつつ、澪からのアドバイスを今一度自分の中へ落とし込んだ。

 身体よりも、刀へ意識を集中させる。

 どこへ向かって動いているのか。

(それだけに……焦点を当てるッ!!)

 今度は瞬きもせず、刀の動き出しを待った。

 瞬間、澪は動き出した。

 その情報は確かに認識できた。だが、それだけだった。

 身体の動き出しが間に合わなかった。

 刃は抵抗もなく蓮也の身体へ進み、装備に激しく激突した。

「づっ……クッソ……! 見えたのに……!」

 蓮也は苛立ちをぶつけるように、刀を握りしめ床に座り込む。

「見えただけ成長です。ひたすら繰り返していけば、いずれ防御できるようになりますから」

「…………分かったよ」

 一度澪の発言を冷静に受け止め、蓮也は再び立ち上がって特訓を始める。

 それから数時間、間に昼食の時間を挟んで訓練は続いた。



「よし……お疲れ様。今日の特訓は終了だ」

 夜の6時。特訓所内で朱鷺は言った。2日目の特訓終了を告げる言葉。立花と煉馬は、それに従って部屋を出る。

 しかしながら、蓮也と澪は、退室することなくその場に留まり続けた。

「なあ、まだやっててもいいか?」

 疲れ果てたのか床に寝転んでいた蓮也は、しかし特訓延長の意思を朱鷺に伝えた。

「え? いやまあ、それは問題無いけど……」

「なら、早く続きをやりましょう。立ってください」

 朱鷺の発言を受けて、澪は蓮也に手を差し伸べる。

 それから、2人は特訓に戻った。

 朱鷺はその様を見て、少し感動する所を覚えた。

(蓮也が……ここまでやる気になるとはね)

 蓮也の普段の様子を思い出しつつ、脳内で呟く。

 妹を救い出すため、妹を攫った者達を自らの納得のいく方法で殺すため。そのために、彼は躍起になって特訓に臨んでいた。

(やっぱり、根は真っ直ぐな奴なんだ)

 蓮也の様子を見ながら、朱鷺はそう感心した。

(だったら――僕もそれをちゃんと支えなきゃな)

 覚悟を改めて胸の内で誓い、朱鷺は特訓所を後にした。

「じゃあ、終わったらちゃんと装備は仕舞っといてくれよ? ……頑張れ」

 そう言い残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る