Part2

「っ……なぁ、凪。これって本当に意味あんのか?」

 ダメージからようやく立ち直った蓮也は、息を切らしながら凪へそう問いかけた。

「本番で戦うやつらは、きっと銃使ってくるだろ? だったら、刀相手にやっても意味ないんじゃないか?」

 変わらず息を切らしながらも、先の疑問にそう補足を加える。

 先日朱鷺から作戦についての説明があった際、リベリアーズ本拠地には『看守』という存在がいることを告げられていた。彼らは恐らく施設中至る所に立っているとされ、臥竜によれば拳銃を所持していたとのことだった。

 当然彼らとの戦闘は避けられるものでは無いからこそ、刀で彼らに勝てるのかという疑問を晴らしたかった。

 それに、凪は変わらぬ声色で答えた。

「この訓練は、二段階に別れています。今行っている第一段階での目的は、刀を相手取って戦うことで刀の動かし方に慣れ、それと同時に反射神経を磨くこと。銃火器に対する戦い方は、第二段階で鍛えます」

 そう言って訓練の意図を説明した凪は、一度蓮也を見て付け加えた。

「ですが……第一段階を完璧にこなせれば、第二段階は1時間もあれば終わります」

 凪の発言に、蓮也は少しの疑問を抱いた。本当にそんなんでいけるのか、と。しかし、彼女も長年NRFに所属していたと蓮也は朱鷺から聞いていたため、その考えに間違いは無いだろうと思い直し、「分かった。やろう」と返事を送った。

「ではまず、刀に対する防御の基本的な考え方を伝えます」

 凪はそう言うと、指を三本立てて示した。

「『止める』『弾く』『流す』。この3つを意識してください」

「3つ……? それだけでいいのか?」

 疑問を持つ蓮也を背に、凪は実演のために再び10m程離れる。

「もう一度、切りかかってください」

 未だに疑問は消えぬまま、蓮也は構える凪へ走り出す。再び上から切りかかる形で、全力で振り下ろした。

 その斬撃はまたしても凪の刀によって止められた。

「このように、相手の斬撃を受け止めるのが『止める』です。そして――」

 凪は、蓮也を刀ごと押し除けた。

「止めた相手を退ける。これが『弾く』。これを用いることで、相手と自分の距離感をリセットすることができます。では、もう一度攻撃を」

 よろめきながらも何とか起立状態を維持していた蓮也は、凪の指示に従って再び斬撃を行う。

 今度は斜めに、角度をつけた斬撃だった。

 それを、凪は先端を手前に引いた状態の刀で受け止めた。蓮也の体は、振り下ろす際かけた力のままに前へと倒れる。凪の刀の傾きは、蓮也の刀を完全に受け止めないようになっていたのだ。

「こちらが相手を支える力を抜き、相手のバランスを崩す。これが『流す』。こちらはすぐさま反撃に転じやすいのが特長です。そして、以上が防御の3箇条です。覚えましたか?」

「……は……ぃ……痛い……」

 全身全霊の一撃を流され、それ相応の勢いで床に激突した蓮也。凪の攻撃を喰らった時とは別の種類の痛みを感じて悶えながらも、なんとか返事をした。

「ただ、『流す』の使いすぎには気をつけてください。あくまで『弾く』にみせかけた、騙し討ちのようなやり方ですから。毎回『流す』で受けていれば対策されてしまいます」

 凪はそう言って、蓮也に釘を刺した。

「じゃあ、練習です。今から私が行う攻撃を先程の技術を使って耐え、私に一撃入れてみてください」

 倒れたままの蓮也は、凪の言葉で体に鞭打って立ち上がった。そのまま離れた場所に立ち、先程言われたことを思い出しながら構える。

 凪の一挙手一投足を、丁寧に観察する。

 刀は左手で握り、左足を引いた体勢。蓮也とは逆の姿勢だった。

 瞬間、凪は蓮也へと肉薄した。

 6m、4m。距離が詰まると同時、凪は攻撃の姿勢に入る。左手を頭の右側に添えた、少し前蓮也相手に放ったのと同じやり方だった。

 その時狙いを付けていたのは、脇腹。

 蓮也はその事実を思い出し、刀を握る手をやや下側へ降ろして『止める』の姿勢に入った。

 凪は腕を伸ばし、斬撃を放つ。

 その目的地は、蓮也の側頭部だった。

「いっ…………でぇぇぇぇ!!!!」

 蓮也は再び悶えた。脳が揺れ、まともな視界を得ることすら出来なくなった。

「攻撃を放つ直前まで、その狙いは分かりません。判断を早まってはいけませんよ」

 頭を抱えてもがき苦しむ蓮也を気にもせず、冷静にそうアドバイスを送る。

「さあ、まだまだ終わるには早すぎますよ。立ってください」

 特訓は、そんな調子で続いた。



 初日はずっと防御の特訓で終わり、特訓は2日目に突入していた。

「昨日さんざん身体に染み込ませたはずです。さあ、行きますよ」

 蓮也は、確かに昨日1日でかなりの成長を遂げていた。最初は認識するのですら精一杯だった斬撃も、目で見て反応できるぐらいには進化していた。

 そんな蓮也は、再び凪と直線上で見合う形になった。

 しかし、確かな自信があった。

 動きを捉え、反撃を行える自信が。

(さあ……来い……!)

 凪は、駆け出した。

 その足で床を蹴り上げ、蓮也を見つめながら。

 攻撃の姿勢は、普段とは違っていた。

 両手で刀を握り、真っ直ぐ振り上げる。以前までの蓮也であれば、そのまま振り降ろすのだと安直に予想し、顔の前に刀身を置いて『流す』、もしくは『止める』姿勢に入っていた。

 しかし、今の蓮也は未だ防御の姿勢を取っていなかった。方向を変え、脇腹などに刃が向く可能性も考えていたのだ。

 結果、凪は刀を真っ直ぐに降ろした。

 その動きを認識してから、蓮也はようやく『流す』姿勢をとった。あくまで傾きは『流す』だと察しづらくなるよう、ギリギリを保って。

 凪の刀は蓮也の刀身の上を滑り、凪の身体のバランスを崩させる。それでもなんとか立ち留まっていたことからは、凪の身体能力の高さが伺える。

 だが、反撃するに十分な隙は生まれた。

(いける……!)

 蓮也は刀を攻撃の形に持ち替え、よろめく凪の肩に斬撃を届かせた。

 確かに、刃は届いたのだ。

「っ……素晴らしい。良い一撃です。この後反撃のやり方まで教える予定だったんですが……その必要はなかったようですね」

 蓮也からの一撃をその身に受けた凪は、そう言って感心の眼差しを向ける。

「どうです? 大分反射神経も磨かれた感じがするでしょう?」

 蓮也は、凪の言葉にハッとした。

 確かに今、蓮也は一瞬にして判断し、思考し、身体を動かすことができていた。それは防御訓練により反応速度が進化したため出来たことであり、感覚としては、確かに弾丸の動きさえも読めてしまいそうな程だった。

 蓮也は改めて、凪が語った方針に間違いはなかったのだなと思い直す。

「じゃあ……これからは第二段階に?」

 蓮也はそう問いかける。しかし、その返事は予想外なものだった。

「いえ、まだ第一段階は完了していません」

 凪はそう言って、こちらへ歩く人物へ視線を送った。

「私に同じことをやって、終わりです」

 そう言ったのは、NRF隊員唯一の刀使いにして、最も高い練度を持つ人――新名澪だった。

 彼女の攻撃を受け止め、反撃を加える。

 これが、凪の言う第一段階終了条件だった。

「彼女を突破出来れば、あなたの反応速度は誰にも負けないものになる。そうでしょう?」

 凪は、変わらぬ表情で言った。

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