第七章 この手で。
Part1
NRF本部、事務棟地底下3階。思わず声に出して読みたくなるリズム感のそこは、『特訓所』と呼ばれる場所だった。だだっ広い空間には装備ケースがあり、名前もさることながら、訓練所に近しい場所だった。
しかし、役割は明確に異なっている。
特訓所は、対人訓練に特化した訓練所なのだ。また、対人訓練というのはニーロ相手の訓練と比べ広さを必要としない。そのため、特訓所は訓練所よりかは狭く設計されていた。
そんな空間の中にいたのは、奇襲作戦を担当する4人だった。
「お待たせ……皆、準備は整ってるみたいだね」
朱鷺はそう言って、室内に立つ4人を
「じゃあ、対人訓練の内容を説明する」
その内容は、実にシンプルだった。
訓練所でのニーロと同様、ホログラムで生成された人間を相手取って戦っていく。1対1の、タイマン形式でだ。
「それで、澪、立花、煉馬はこの後すぐに始めてもらう。ただ、蓮也は……特別講習だ。僕の所に来てくれ。それじゃ、始めよう」
3人は自身の武器を手に、対人訓練へ移った。
蓮也はそれとすれ違うように、朱鷺の元へと向かう。
「……案外似合ってるじゃないか。それ」
蓮也の手にあったのは、刀だった。
結局あの後、朱鷺は蓮也の持ち武器変更を承認した。
彼の強い気持ちが、朱鷺を頷かせたのだった。
しかし、刀というのはかなり扱いが難しい武器である。距離感の掴み方や、刀の振り方など。それもあってNRFで刀を持ち武器としているのは、澪だけだった。
そんな刀を蓮也が扱えるようにするため、朱鷺は『特別講習』なる特別メニューを組んだのだった。
「……で、どんなのやるんだ?」
蓮也はその内容を問う。
「たった3日間で習得しなければいけないからね……NRFにおける、刀のプロフェッショナルに直接指導を受けてもらうよ。多分もうちょっとで来ると思うんだけど……」
刀のプロフェッショナル。蓮也には見当もつかなかった。現状刀を扱える人間というのは澪しか頭に無く、それ以外にプロフェッショナルなんているのか? と。
朱鷺が腕時計を眺めたと同時、特訓所の唯一の扉が開いた。
その先は、特訓所の準備室である。エレベーターもその部屋に設置されているため、特訓所に入る時はその部屋を通過するのだった。
して、そんな部屋から入ってきたのは、意外な人物だった。
「戦闘事務の音無凪。私があなたを鍛える」
短く切り揃った黒髪の少女、音無凪。
その姿を見て、蓮也は納得した。
「そうか! 戦闘事務は、全部の武器に詳しいんだもんな」
いつだったかに、朱鷺から聞いたことがあった。戦闘事務や生活事務は、武器の整備を行うという仕事内容もあり、様々な武器に精通している。そのためどんな武器であれ、持ち武器としている隊員ほどではないにしろ、高いレベルで使いこなすことが出来る、と。
「そういうことだ。んじゃ、あとは頑張ってくれたまえ。僕は訓練所の方にいるよ」
そう言って、朱鷺は特訓所を出た。
蓮也はそれを確認した後に、改めて凪の方を見る。普段の事務の制服からは一転、蓮也と同じような戦闘用の装備を身にまとっていた。左手に握る刀も相まって、その姿は、歴戦の勇者をも思わせる迫力を感じさせていた。
「じゃあ、まずはあなたの実力を確認する所からいきましょうか――」
「よ、よろしくおねがいします……?」
これまで会話をしたことはほぼ無かったため、蓮也は接する態度がイマイチ分からず、変な返事になってしまった。
だがひとまず、特訓自体は始まったようだった。
「――さあ、切りかかってみてください」
凪は蓮也から10m程離れた地点で、そう言った。刀を構え、受け止める体勢で。
その方針が未だ理解できない蓮也であったが、まず現状確認をするのは何事にも通ずることかと思い直し、不慣れながらも想像で体勢を整える。
刀を握った右手を後ろに引き、右足も合わせて下げる。
そのまま、前へ全速力で脚を送る。
床を蹴りあげた反作用と共に加速し、凪の方へと迫る。肩で風を感じながら、標的を見定めた。やがて2m程まで近寄った瞬間、蓮也は再び脚へ力を込めた。
宙を跳び、上から振り下ろす形。
凪の脳天めがけて放った一撃は、その髪の毛にすら当たらず止まった。
凪は蓮也の刀に対し自身の刀を垂直に当て、斬撃を受け止めていた。
「中々にいい攻撃です。なら次は……防御を見てみましょうか」
凪はそう言うと、蓮也の身体を刀ごと弾き返す。
それによりよろめいた蓮也の身体に、凪は容赦なく刃を向けた。
刀を握る左手を頭の右側に回し、勢いをつけた斬撃の準備の姿勢に入った。
そのまま、重力と共に蓮也の左脇腹へ斬撃を放った。
その速度は、蓮也の視界では捉えられないほど早かった。刃は抵抗も無く空気を切り裂き、すぐに、蓮也を捉えた。
刃が、蓮也の装備に触れた。
しかし、装備までも切り裂かれることは無かった。
今回のように訓練で使用する刀というのは全て、ゴム製であった。それでも重さや使用感は本物と変わらず、安全性を維持しながらの訓練が可能となっていた。
「いっ……てぇ……!!」
ただ、本気で喰らうと割と痛い。
蓮也は脇腹に全力の一撃を喰らい、特訓所の床で悶え転がっていた。わんちゃん骨が折れているのではないかと思ってしまうぐらいの威力をもろに受け、凪の刀の練度に感心を覚える。
「ふむ……防御面はかなり弱いですね。まずはそこの改善からです。早く立ってください」
未だ転げ回る蓮也を見て、凪は残酷にそう言って訓練を再開させた。
それからは、凪コーチのスパルタ防御レッスンが始まった。
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