Part6

 作業室1。その名前の通りなにかしらの作業を行う部屋なのだろうなと思いつつも、詳しい内容は伝えられないままに臥竜は部屋の中に入った。

 一旦周りの皆に合わせて、臥竜は作業室の中に36個用意された作業机の1個に座った。そして、その机上を見てみる。そこは割と大きめのスペースが確保されており、しかしそこには、長方形の箱があるのみだった。

 臥竜から見て左側に置かれていたそれの中を見てみると、それは弾薬箱らしい。あの職場にいれば嫌でも目にすることのある、5.56mm×45mmの弾丸。アサルトライフルに用いられるものだった。

 これが用意されているとあれば、業務内容はある程度推察出来た。ならばあれもあるはずだろうと、机の下を見てみる。

 そこには、予想通り数多くの空のマガジンの入った箱があった。恐らくはこれに弾丸を詰めろということなのだろう。

(地上基地で銃使ってたもんな……ここで管理してるのか。じゃあ2の方は銃自体の整備とかなのかな)

 臥竜はそう思い返しながら、作業へ取り掛かった。

 しかしながら、臥竜には不満要素があった。

(えぇ……手でやんの……?)

 臥竜は小声で言った。NRFでの弾込めは専用の道具を用いて行うのが基本であるため、かなりの時短が出来ていた。しかし机上にそんなものは見当たらず、横の机の人も道具を使わずやっていたことから、全部手作業らしかった。

 そんな現状に嫌気が差しつつも、チラと横を見れば看守がおり、ここで怠慢のせいで殺されたらシャレにならないということで、渋々作業を開始するのだった。

 数時間後、唐突に作業の終了が告げられた。

 酷使したせいで赤くなり痛みを主張する親指を触りながら、臥竜は作業室を出た。

 その時の彼女の表情は、別人のようになっていた。延々と座りながら同じ作業をし続けたことによる疲労と、昼食の時間すら与えられず作業を続けたことによる空腹感。このダブルパンチが、臥竜をここまでやつれさせていたのだった。

(これは……ああなるわぁ……)

 臥竜は、先日の舞花の様子を思い出しながら歩く。

 しかし夕食は与えられるようで、T字路へ戻り食堂へと向かう人の群れに乗り、臥竜は久方ぶりの食事を摂るのだった。

 その後、臥竜は部屋へ戻った。時計が無いため詳しい時間が分からなかったが、ひとまず今日分かったことを整理しようとベッドの上に戻る。頭の中で思考の整理をつけながら周りを見てみれば、皆はもう寝てしまっていた。

 それに気づいた直後には部屋の電気が落ちたため、恐らくは寝なければならないフェーズなのだと予想できた。どうせこの時間も看守が来るのだろうなと考え、臥竜は怪しまれぬようベッドで横になってその時を待った。

 数分後、部屋の扉が開く音がした。

 部屋の中は真っ暗闇でその主を視認することは出来なかったが、多分看守に違いなかった。その人は、数秒この部屋に留まった後にすぐ部屋を出た。

 臥竜は音でそれを察知すると、無線機を手早く取り出し、耳元に装着した。

「朱鷺さん、聞こえてますか」

 無線機はスピーカー部分とマイク部分に別れており、臥竜が握って小声で話しかけているのが、マイク部分、耳に付けているのがスピーカー部分だった。それらはどちらも手で簡単に覆い隠せるサイズではあるものの、高音質での通話が可能になっていた。

「ああ。大丈夫。いやー、ひとまず無事で良かったよ」

 臥竜の耳元で、朱鷺のそんな言葉が響く。

「まあ、色々大変でしたけどね……」

 臥竜はこれまでの経験を振り返りながら、苦笑いで朱鷺にそう伝える。

「……じゃあ、報告に移ろうか」

「はい。まず、今日は――」

 それから臥竜は、今日知り得た事実を朱鷺に共有した。生活リズムから、建物の構造など、事細かに説明していった。



 臥竜がリベリアーズ基地へと赴いてから、2週間。NRF本部司令官室は、物々しい空気に包まれていた。中にいたのは、朱鷺、そして4人の隊員だった。

 そんな空気の中口を開いたのは、この部屋の主、朱鷺だった。

「……リベリアーズ奇襲作戦。その計画が完成したから、今日ここで皆に共有する」

 この2週間の臥竜からの報告を元に作成された計画、そのお披露目だった。

「まず、メンバーは初期段階と変わらず、蓮也、立花、澪、煉馬。この4人だ」

 朱鷺の目の前に並んで立っていた4人の名が呼ばれた。それぞれは前々からその情報を朱鷺から言い渡されていたため、それに対する衝撃はないようだった。

「改めて確認するが……この任務はざっくり言うと、リベリアーズを壊滅させる前の準備だ。蓮也と立花、2人が抱えているものを解消するのが主たる目的となる」

 朱鷺はそう言うと、蓮也と立花へ目線を送った。2人も、目線を返し応えた。

「立花の、姉に対する感情。それを消し去り、姉を殺すこと。そして――蓮也の妹を救い出すこと。両者を必ず達成して帰る。いいな?」

 改めて、この作戦の目的が告げられた。


 蓮也の妹は、リベリアーズにいるのだ。


 それも、彼女が望んで向かったのではない。半ば誘拐されるような形で、誘い込まれたのだ。今まで蓮也がリベリアーズに対し、他者と一線を画す想いを抱いていたのはこれが理由だった。

 蓮也はその目的を達成するためにNRFに入ったのだった。

 そんな蓮也も含め、4人は覚悟の灯ったような瞳で朱鷺を見た。

「よし……じゃあ、基地の構造図も合わせて説明するよ」

 それに安心感を覚えつつ、朱鷺はより詳細な説明へ乗り出した。室内中央のスクエアテーブル、そこに映し出されていたのは、リベリアーズ本拠地の見取り図だった。

 臥竜の報告を元に朱鷺が作成したそれを眺めつつ、4人は具体的な行動プランについての説明を受けた。

 

 約10分後、作戦に関しての説明は終わった。4人はスクエアテーブルから目を離し、再び朱鷺の座る机の方を向く。

「決行は4日後。そして、明日からの3日間4人には……対人訓練のみを行ってもらう」

 朱鷺から告げられた言葉に、4人には少しばかりの驚きがあった。

 対人訓練、それは、文字通り人間を相手取った訓練のこと。NRFの隊員は、リベリアーズ地上拠点破壊任務のように、時に人間を相手にすることもある。その際の練習のため通常は月1回のペースで行っているそれを、4人は3日間続けて行うこととなった。

「人間と相対する感覚に慣れてもらうためだ。内容も通常より過酷になるが……頑張ってくれ。連絡は以上」

 その一言で、この集まりは解散となった。

 それぞれが覚悟や緊張を抱えたまま、部屋を後にした。やがて全員が外へ出て、司令官室の扉は音を鳴らして閉じていく。

 しかし、完全に閉じ切ることは無かった。

「なあ、朱鷺。一個相談したいことがある」

 蓮也は扉に手をかけ、再び司令官室へと入った。

「……相談? さっきのことについてか?」

 予想外な人物からの問いかけに、朱鷺は驚きを覚えつつも応答する。

「その……武器について。俺の武器は今、アサルトライフルだろ? ……それを変えたいんだ」

「……えっ?」

 蓮也から伝えられたのは、持ち武器変更の申し出だった。

 確かに、司令官へと伝えればそれは可能となっている。しかしながら、新しい武器を使いこなすというのはかなり時間のかかることであり、4日後に重大な任務が差し迫った今行うというのはありえないことだった。

「……いや、本気か? だって決行は4日後で、どんな武器を使うにしたって慣れるのには1ヶ月はかかるし……」

 当然、朱鷺は蓮也に対しそのように懸念を伝えた。しかしながら、蓮也がそれで口を噤むことは無かった。

「でも、それでも。俺は……俺の手であいつらを殺したい。距離とって撃ち殺すんじゃ足りないんだよ。俺の力を直に使って……あいつらを殺したい」

 朱鷺には、蓮也の発言が全く理解できなかった。いきなりこいつは何を言い出すんだと、頭の中は疑問符だらけだった。そんな疑問を解消するために、朱鷺は蓮也へ問いかける。

「……結局、何をやりたいんだ?」

 朱鷺の言葉に、蓮也は拳を固く握りしめて答えた。

「刀。それで……あいつらを殺したい」

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