Part3

『今Ⅱ型が3匹に増えてて……フルーガでも玖ちゃん達でも、何かお願い!』

 声色で察するに、ファルクからの支援依頼だった。

 今一度、朱鷺は状況を整理する。フルーガ、そう彼女が呼んだのは、NRFの上から2つ目の強さを誇るクラス、『ステン・フルーガ』。確かに彼らを呼べば、上位2クラスが揃って無類の強さを発揮出来る。しかしながら、彼らも今現在地上でニーロの発生源破壊の任務中。

 ちらりとタブレットでボディカメラを見ると、今まさに戦闘の最中だった。なら玖が属する生活事務を呼ぶか? いや、この先の事を考えるなら今生活事務が負傷するリスクをとりたくない。

 朱鷺は正直この選択を取りたくなかった。でもこれが最善だった。

 諦めの息を吐いた後、朱鷺は口を開いた。

「クローカ、全員エレベーター前。ファルクの任務支援だ」

「よっしゃ。丁度暇だったとこよ」

 訓練地獄に降りた一筋の蜘蛛の糸を、挑戦的な笑みで以て握りしめた。



 数分後、地上のとある地点にて。

 ファルクの4人は、戦闘を行っていた。

〔俺と立花で1匹ずつなんとかする 2人で最後1匹やれ〕

 旭は、巨大なニーロを前にそう指示を飛ばした。

 そのニーロは、確かに巨大だった。

 体長は3m程で、蟷螂とうろうが如し容姿だった。しかしその例えに合わず鎌は6本確認でき、それにプラスして計4本の中肢と後肢があった。

 それは、『Ⅱ型』と呼称されるもの。普段の実戦想定の訓練で相手とする、通常よりも巨大なニーロ。その見た目は、訓練のように蜘蛛である時もあれば、蝶であったり、蟻であったりもする。いずれにせよグロテスクな奴らだった。

 そして、通常のニーロよりも強力だった。

 特異体ほどではないにしろ、気を抜けば簡単に殺されてしまうやつである。

 それが、ファルクを3匹がかりで取り囲んでいた。

「私らはいいけど……立花ちゃんは一人で抑えられるッ?」

「大丈夫。最期まで一人でれるとおもう」

「ははっ、強かな子だ……」

 そんな危機的な状況でも、ファルクの面々には余裕がありそうだった。

 しかし、それは何とか取り繕った表情であった。いつ死んでもおかしくない、危機だった。

「弾倉に……まだ余裕はあるッ!!」

 立花――〈六骸立花ろくがいりっか〉という名の少女が、鉄塊抱えて走り出した。彼女は両腰に、ミニガンを携えていた。片側5口ずつ、計10口の銃口の空いたそれは、背の弾倉から弾の供給を受けるもの。立花の小さな体躯には明らかに合わないサイズであったが、立花は軽々とそれを扱っていた。

 弾倉の下に取り付けられた装置が、その一助になっていた。

 飛行機のエンジンを彷彿とさせるそれは、燃焼のエネルギーを利用して立花を前進させていた。その助けを借りた立花は、旭を超える初速でニーロへ突っ込んだ。

 そのまま銃口が回転した。帯状の弾丸が巻き取られるように銃身に消え、激しい音とエネルギーで放たれる。これがあるからこそ、立花は中近距離では無類の強さを誇っていた。

「紅葉も近づきすぎないで。注意を引くに留めて、こっちの射線に入らないように」

 付近の岩柱の上から戦場を見下ろしていた男が、無線機を通して下の女に指示を飛ばした。

 その男は狙撃銃を扱っており、黒鉄の長細い銃身は、夕刻の陽光を反射すると共にその強力さを誇示していた。しかし、おかしな点があった。

 その銃身には、スコープが無かった。

 狙撃銃と言えば、他の銃器には届きもしない遠距離の対象を撃ち抜くのが目的のものだ。それを人間の視力で捉えるのは困難を極め、だからこそ対象を拡大して映し出すスコープが必要だった。しかし彼は、それを必要としていなかった。というより、"使えなかった"。

 彼の瞳は、頭に巻かれた包帯に封じられていた。

 3重ほど少し雑に巻かれたそれはボロボロで、所々に見える汚れもまた、しかし歴戦の部隊の風格を感じさせた。

 〈九竅渚冬きゅうきょうなぎと〉。NRFで4年間も生き続け、その間常にファルクのリーダーを務めていた猛者の名だ。彼は視界を暗黒に包まれつつも、常人と変わらないどころかそれ以上の精度で狙いをつけることができていた。

『あと1分もすればクローカが着く。渚冬の柱に止めるから、紅葉は離れた場所に誘導してくれ』

「誘導……ね。また難しいお願いを……」

『5年目にもなりゃ余裕だろう?』

『〔そうだぞ 頑張れ せーんぱい〕』

「むぅ……後で2人ともお説教!!」

 無線機越しの朱鷺と旭の声に怒りをぶつけつつも、言われた女はニーロの誘導に乗り出した。まずは状況を整理する。

 この場所にはニーロが3匹。内1匹は立花が、もう1匹は旭が対処中。しかし最後の一匹も、旭に興味を引かれている様子だった。Ⅱ型のニーロは強力だ。いくらファルクの隊員と言えど、単独の時に2匹がかりで襲われれば、あっという間に喰われる。だからこそ、そいつの注意を引くのが最重要事項だと判断した。

 まず、そいうの脳天に自身のアサルトライフルを撃ち込んだ。

 するとすぐに、ニーロは6本の鎌足を振り回しながら、4本の中後肢をフル稼働させて女を追い始めた。4本分の推進力、人間の2倍だ。ニーロはすぐに接近した。そのまま6本の鎌を節を曲げて振り下ろすが、それは虚しく空を切った。

 女は、その攻撃を見事に避けていた。

「ホントに心臓に悪いわ……この仕事――」

南百瀬紅葉なもせくれは〉。渚冬と同じく5年目の隊員。アサルトライフル、及び広範囲を俯瞰できる目を武器とするその人が、虚空に声を放った。

「怜符ちゃんもそう思わない?」

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