Part2

「……! 緋里! 調子はどうだ!? 痛いか!? 辛いか!?」

 そこから出てきたのは、様子のおかしい人間だった。紅葉色の触角を揺らし、後ろのポニーテールが生きてるようにぴょんぴょん跳ねている人。怪我人相手だというのにここまでの興奮を見せる変態――それが、NRF唯一の医師〈有馬桐香ありまきりか〉だ。

 部屋に入るや否やベッドの上の私に跨った彼女の顔は、実に笑顔だった。本当にイカれてる。

「今は別に……ありがとうございます」

 それでも治療してくれたのは事実だと、一応の感謝を述べた。右の脇腹を摩ると、硬い包帯――ギプスと言うのだろうか――の感覚がした。

「ちぇっ、どっかから細菌入って悶え苦しんでたらよかったのに」

「本当にちゃんと治療したんですよね!?」

 椅子に座った桐香さんの言葉で、背中に滝のような汗が流れ出る。

「大丈夫大丈夫。冗談だって」

「本当に何でここに採用されたんですか……」

 多分、この人の治療を受けた人間全員が抱く感情だった。それでも、人間性の根幹はまともなようで、いざとなればちゃんと治療はしてくれる。その後の質問や対応がサイコなだけで。

 そんな彼女だったが、私から降りて一度息を吐いた後にこちらを見ると、何か伝えたいような目をした。

「……で、今回の原因としては……やっぱり過去のフラッシュバック?」

 心臓が跳ねた。自分のことを見抜かれたような心地がした。でもやはり、その通りだった。

 彼女は、患者に対する思いやりと観察眼に優れているのだ。私は小さく頷いた。

「ふーむ……じゃあ、ちょっと苦しいことを聞く。何でそれを思い出すと、パニック症状が出るんだと思う?」

 彼女が言った通り、それは苦しい質問であった。さっき見た悪夢をもう一度掘り返し、それが何故私の足枷となっているかを理解する。

 でも、変わるためにはそれが必要だ。ここで逃げれば、遅かれ早かれ、また皆を苦しめてしまうと思った。それだけは嫌だった。今変わらなきゃいけないんだ。

 私には、しばらくの思考時間が与えられた。

 まず一番に浮かんだのは、今でも稀に夢に出る、あの二人の声だった。

 お前が――お前が――という声。

 その声が、あの時も聞こえたような気もしたから。それ即ち、声が聞こえる原因が、そのまま私が変われない理由になっているのではないか、と。数分の思考の後に気づいた。

 じゃあなんでその声が聞こえてしまうのか。

 それはきっと、▓▇な二人への█▓感。だ▄█旭▓、あ▓▓▇の█そう言▓▄きた。だからそれが█▓▇▅▃▓▒█

 あれ、なんで。上手く言葉がまとまらない。確かに考えて、自分の中で整理したのに、本能がそれを認めようとしない。

 気づけば、またあの時のようになっていた。呼吸がどんどん荒くなる、心臓が馬鹿みたいに早くなる。

 違う違う違うッ! あの二人は私が殺したんだ!

 そうだ、お前がやった。私達の責任だなんて……あぁ悲しい。今すぐにお前を殺してやりたい。

 ……ごめん。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。

「……! 大丈夫か? ……一旦これはやめにしよう。大丈夫大丈夫……」

 気づけば私は、自分の髪に手を伸ばしていた。ちぎって、むしって、痛みでこの苦しみから逃げ出そうとした。

 私は、あの事実を認めるのを恐れていた。それはきっと、申し訳なさと劣等感から来るものだった。

「ひとまずしばらくはここで休もう。傷が完治するのにも時間がかかるし……」

 それから、医務室で過ごす日々が続いた。食事の配膳はすぐ近くにある食堂から玖がやってくれた。

 訓練や任務からも離れることとなったが、リーテン・フォーゲルの皆がたまに来てくれた。しかし何か詮索したりということもなく、まるでこの状況が常識かのように話してくれた。きっと、皆なりの配慮だった――



 朱鷺は、誰も入れない司令官室の奥の部屋で、1人悩んでいた。

 3年前、その年は朱鷺がNRF司令官に就任した年であり、例年見ることの無い、6人の新人が入ったという変な年だった。

 そのおかしさは、負の方向にも大きく働いてしまった。

 『悪魔の年』

 その年は、そんな呼ばれ方をしていた。

 リーテン・フォーゲルの2人がカムラにより殺害されたのを皮切りに、カムラ以外の特異体達も姿を現し始め、計6人の死者が出てしまったからだ。例年であれば1、2人程度のものが、6人も。

 その事実は、朱鷺自身にも深い傷を刻んでいた。

 彼らが死んだのは、僕のせいでもある。

 朱鷺はその罪悪感に蝕まれていた。当時、未だ司令官という立場に慣れていなかった頃、『戦場での死は全て自己責任だ』なんて耳が痛くなるほど言っていた記憶があるが、あれは正直見栄を張っていた。実際は隊員を心から愛し、絶対に自分が護るんだと覚悟していた。

 それなのに、いきなり新人を6人全て失った。

「カムラ……」

 その名を、ぽつりと呟いてみた。

 あの6人の内、3人を殺した奴の名。そのような特異体の名前というのは、この事件があったからこそ付けられたものだった。そして、特異体というのは、今現在4体確認されている。

 内1体は、ある種対処済みと言っていい。しかし、残りの3体。それらを殺す術がないというのが現状だった。なんならそれで全員とも限らない。あくまでそうであるという可能性が高いということを"あいつ"から聞いただけで。

 ただ、奴らを排除すれば、ほぼ地上を奪還したも同然となるのは確実だ。ニーロが地上に発生しているのも、奴らが原因であるから。

 だが、特異体の排除に乗り出す前に、絶対に排除しなければならない対象がいた。

 リベリアーズ。奴らをこの地下から除かない限りは、特異体の排除に、地上の奪還に本腰を入れられない。

 奴らは、ちょうど朱鷺が司令官になった頃から、被害が報告され始めた。だが、当時はそこまで撲滅に乗り気では無かった。隊員が殺されるということも無かったし、何より、素性が全く分からなかったということが大きかった。下手に手を出せば、返り討ちにあう可能性だってあった。

 しかし、今年に入ってからは積極的に取り組み始めた。

 ある日突然警視庁から呼び出しがあり、こう告げられたのだ。

 リベリアーズが民間人の誘拐を行っている、と。

 その過程で、リベリアーズのアジトも明らかになった。それは、なんでもない一般的なビルだった。地下に入口を設け、下にその足をぐんぐんと伸ばした建物。そこにリベリアーズはいるというのだ。

 しかし、地下の警察だけでは対処が難しい、ということも言われた。そんな理由もあって、直接地上で争うことのあるNRFに、何らかの対処をお願いしたい、とのことだった。それから直ぐに地上基地の存在が明らかになり、その破壊を任務として行い始めた。

 だが、リベリアーズ排除に乗り出した理由は、それだけでは無かった。

 東蓮也。彼も少なからず影響を与えていた。

 彼には、リベリアーズに対する強い想いがある。絶対にリベリアーズを排除しなければいけない理由がある。

 その想いが、彼をNRFに連れてきたと言っても過言では無いのだ。普段の様子を見れば分かる通り、何に対してもやる気がなく、だらしない彼が、英雄とも評される組織に入れたのは、その想いが理由だった。


 それに、僕は彼と約束したんだ。

 1人の人間として、約束は守らねば。


 そんな事を考えながら、朱鷺は一度目の前のモニターを見た。そこには、先日の事件の映像が映し出されていた。腹を抉られてもがく緋里の顔が、しっかりと映っている。

(まずは現状の問題を解決しなきゃな……)

 リベリアーズ撲滅に動き出すには、解決しなければならない事象が多かった。緋里のこと以外にも、それはそれは沢山。具体的な作戦もまだ立てて無いし。

 でも、とりあえず出来るところから手をつけていこう。

 朱鷺は脳内でそうぼやくと、緋里へのお見舞いに行こうと部屋を後にするのだった。

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