第三章 足枷
Part1
過去を思い出していた。
私は、霧島緋里は、訓練所に居た。そこにいたのは、私含めて4人だった。
それは、3年前のリーテン・フォーゲルのメンバーだった。
「ふっふっふっ……先輩、今日は負けませんよ?」
何処か挑戦的で、しかし、子供の純粋さのようなものも感じさせるようにそう言った少女。当時の新人であった少女だ。肘ほどまで伸びた淡い蒼のツインテールが印象的で、さっき『子供の純粋さ』なんて例えを使ったように、子供ように小柄な体躯であった。
そして、その反対側。私の右側にも、見覚えのある人がいた。
「
こちらもまた、少し嘲笑の意を込めた目の人間だった。涼花――そう呼ばれた少女とは反対に、実に大柄な男だった。2mを超えてると言われても納得してしまいそうな身長、そして、見るもの全てを戦かせるその肩幅。
路地裏でこいつに詰められたら、何も言葉を発さずとも金を払ってしまいそうな人間だった。
でも、その実情は全く違った。
彼も、そして彼女も、何処までも優しい人間なのだ。だからこそ、こんなじゃれあいが出来るぐらい仲が良かった。
「颯太が一番遅いんでしょうが! よく言えたねそんなこと……」
「いやいや、そんな油断してると負けちゃうよ?」
私自身、そんな2人を心から愛していた。初めてできた後輩というのもあったが、何よりその人間性が大好きだった。
私達は走り出した。
そしてすぐ、横から何かが抜けていった。
「やっぱ早いな……旭さんは」
大柄な男――颯太はそう言って、横を抜けたものを眺めた。
他に勝るスピードで駆け抜け、しかしその顔にはやや疲れの色を滲ませる。
その人こそ、現ファルクの隊員にして、かつてはリーテン・フォーゲルに所属していた私の同期、藤九旭であった。
今思えば、彼の武器である速度はこの時から芽を出していたのだな、と、この景色を傍観して考えた。
でも、これは過去のものなのだ。
今はもう、颯太と涼花はここに――この世にすらいなかった。
場面は急に移り変った。
私達はいつも通り地上での任務に臨んでいた。ニーロの発生源を破壊する、一番よくある任務。この類の任務では朱鷺さんがわざわざ指示を出してくれはしないのだが、既に何回か経験済みで、2人の顔にも大した緊張は見られなかった。
そんな時、あいつは私達に牙を剥いた。
あまりに突然だったものだから、何がなにやら全く理解できなかった。突然包丁のようなものが耳を掠めて、砂上に一滴の紅い雫が零れたのを認識した瞬間。
既に2人の首に、何かが刺さっていた。
「ありゃ、今日狙いつけんの下手くそだなぁ……2本も外しちゃった」
こんな状況に合わぬ、軽々しい言動だった。当時は、それが恐怖でしかなかった。私達には到底太刀打ちも出来ない存在、未だ『存在が噂されている』程度だった――特異体、『カムラ』。
その姿を視界に入れ、私は動くことさえできなかった。
目の前で倒れ、頭部が綺麗に切断された2つの死体。それらをあの2人のものだと認識して泣くので精一杯だった。
仲間が死んだというのに、座り込んで反撃すら出来ない自分。
その悔しさも、涙に混じっていた。
それもあってか、私は死を受け入れていた。目の前に浮かぶ何かの刃を見つめ、これが私なりの
刃が迫った。
それは、左に大きく逸れた。
少し経ってから、私が右側に動いたのだと理解した。
両脇に手を通され、抱き抱えられるような感覚。そうしたのは、旭だった。
旭だけは、懸命に動いていた。
離してッ!
私は確かに、そう放った。旭の肩を押しのけようともがいて、死に向かって走り出そうと試みた。このまま生きていたって、私があの二人を救えなかった事実は消えない。それをずっと足枷にしながら生きていかなきゃいけない。ずっと二人からの恨みを思いながら過ごさなきゃいけない。
あの二人だって、こんな風に生き延びた奴を認めはしない。
お前も一緒に死ね。
お前だけ逃げるのか?
お前が私達を見殺しにしたんだ。
お前が殺したも同然だ。
お前が。お前が。お前が。
ずっと声が脳内に響いた。でも、離れられなかった。旭は私をしかと抱いて、救援に駆けつけた車両に飛び込んだ。
その衝撃で、視界はブラックアウトした。
再び視界を得た。多量の光が目を刺し、瞳孔が急激に縮まる。その感覚から察するに、これは間違いなく現実であった。見えていたのは、無機質で真っ白な天井だった。
少し目を落とすと、布団が見えた。それで、私はベッドの上にいるのだと気づいた。
生活部屋の2段ベッドとは違う、1段で、頭側と足側に柵のついた白いもの。学校の保健室のベッドみたいなやつだった。
ただ、ここは本当に保健室のような所だった。
NRF本部生活棟1階の、食堂のすぐ近くにある部屋、医務室。地上エレベーターからも近いその部屋で、私は寝かされていた。
ああ、そうか。私はあの時腹を抉られて――
ここへ来た経緯を思い出していた時、部屋の扉が開いた。
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