Part6

「……あ、…さひ?……なんで……?」

 血と共に焦りも多少抜けたのか、緋里は理性を持って喉を震わせた。目の前の人間を認識し、そう声をかけた。それでも、救援のために来たのだということは分からないぐらいには未だ混乱があった。

〔蓮也 あそこまで運べるか〕

 ただ、旭は緋里の言葉に反応しなかった。それ以前に、彼の脳は音の信号を受け取れなかった。

 ろう者、と言うのだろうか。

 それが彼であった。

 そんな旭は、やや遠方にある車両を指した。分断されたものよりも大きく、十数人は乗れそうなサイズのもの。

 恐らく、ファルクの隊員らが乗ってきたものだと思われた。そして、最後にはそれに全員が乗り込んで逃げるという算段なのだろうということも予想できた。

 そんな車は、破壊される事無く確かにそこにあった。別に、何か防衛の為の装置が付いていたとか、とてつもなく頑丈な造りだったという訳でもない。

 カムラを見れば、その訳が分かった。

 そこには、5人がいた。唯織と羽瑠。それ以外には、臙脂色の長髪の女、包帯を巻いた男、やけに小柄な少女。

 その3人は、同じく救援に駆けつけたファルクの隊員だった。ファルクの隊員は唯織と羽瑠と協力し、カムラを見事に制御していた。だが、排除するには至れなかったのも現状だった。

 その状況への感謝と安堵、少しの不安を胸に、俺は車両へと駆ける。旭はすれ違うように、戦線へ復帰していった。

 車両の中にも、1人の人間がいた。

「玖……!…治せるか?」

 全力疾走の疲労と、容態の不安を抱いて中にいる彼女に声をかけた。

「は…はいっ!あまり深くないようですし……丁寧に止血を行えば大丈夫なはずです……!」

 少しばかり自信の無さを感じさせる、焦った早口のような口調。うねった翡翠色の髪も、その印象をより増長させていた。

 そんな彼女は〈織山玖おりやまきゅう〉と言う。

 NRFの隊員の日常生活のサポートや、負傷などの際の医療班としての救援を行う、『生活事務』の人間だった。

「奥の方に移動しましょう……!ここだと少々手狭ですから……」

 玖がそう言ったように、この車両は明らかに作業用のスペースが無かった。これは単なる移動用の車両なのだから、当たり前ではあった。

 しかしながら、救護車と2台で来てしまえば、それだけカムラに襲われる対象が増え、リスクになる。だからこそ、このようにするしか無いのだった。

『玖?今そっち戻っても大丈夫?』

 自信なさげな表情でも、丁寧かつ繊細に治療を続けていた玖のもとに、そんな通信が飛んできた。車内全体に響いたそれは、おそらくは前線にいる誰かのものだろう。

 彼女はそれを了承し、俺は玖の指示通り車両の後方扉を開いた。すぐ駆け込んできたのは、リーテン・フォーゲルの2人だった。

 羽瑠と唯織、そのどちらもが全身に多少の傷を負ってはいたものの、全力疾走するだけの体力は残せたようだった。

『もう車を走らせていい。走りながらファルクの隊員を拾え』

 その時、全員宛に朱鷺から通信がかかった。

 車内のメンバー、そして同じく生活事務の運転手には、動き出すぞの合図。未だ前線でカムラの注意を引くファルクの隊員には、乗り込む準備をしておけの合図だった。

 すぐに、車は動き出した。

 開け放たれたままの扉から風が入り込み、その向こうの現状が気になって目を向ける。

 激しい戦闘だった。土煙が立ち、それぞれが考えうる最善の選択を選び続ける。そんな喧騒の中から、4人が一様に駆け出してきた。小柄な少女と旭が後方を牽制しつつ、まずは2人が車に飛び乗る。次いで少女も、車内の人間の手を借りてなんとか車両に飛び込んだ。

『〔もう離れ始めろ〕』

 先程聞いた機械音声が、今度は耳元で聞こえた。

 その指示通り、車は直進に動きを切り替え、いよいよ帰還のフェーズに移り始めた。

 ぐんぐんとカムラとの距離を離していく。出せる速度の限界近くを出すその車に、旭は駆け出した。武器を背にしまい、一点目掛けて猛追する。

 その速度は、異常とも言えるものだった。

 そして、カムラの刃が脚元に迫ったその刹那。

 旭は、後方扉に飛びついた。扉の引き手を片手で握り、立ちつくしてこちらを見るカムラを眺めていた。

 それを機に車は更にスピードを増し、全速力で基地へと帰還するのだった。

 旭は、奥に横たわる緋里をちらと見た。

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