Part3

 翌日の深夜、午後11時。リーテン・フォーゲルの4人は、珍しく時間通りに集合していた。

「まさかちゃんと来るとはね。殴り込みも想定してたんだけど…」

 その矛先を見失った右手の金属バットを眺め、朱鷺は感嘆と共にそんな物騒なセリフを放つ。

「それじゃ、動きと装備は昨日伝えた通り……ああそれと、新人2人に言っておくことがあった」

 左手に抱えたタブレットから視線を外し、真剣な目つきで蓮也と羽瑠を見る朱鷺。

 その言葉は真っ直ぐであった。

「相手は人間で、これから僕達は殺人をする。だが、絶対に躊躇うな。心臓の鼓動が止むまで、引き金は握り続けろ」

 実に無慈悲で冷徹な発言。しかしながら、それがこういった任務におけるNRFの鉄則でもあった。油断や情けは、自らの死を招く。例え相手がどんな言葉をかけようと、敵であるなら絶対に殺せ、と。これは蓮也と羽瑠にとっての、初の殺人を伴う任務。だが、それ以前に、彼らは少し前まで一般人だった。

 そんな言葉を投げられたって、中々受け入れ難いのが普通である。

 だが、彼らは異常だった。

「……もう殺傷に躊躇いはありません。齢20で死ぬのは御免ですから」

 羽瑠は、やや瞼を開けてそう言った。入隊してから3ヶ月、ニーロと争ったことで身に刻んだ教訓。

 死にたくなければ、武器を持て。躊躇を無くせ。

 それは確かに、彼の身の中を生きていた。

「ああ、分かってる。ようやくアイツらに手をかけられるんだ……徹底的に殺す」

 蓮也は、右手を握り締めてそう言った。自らの決意を確かめるように、また、誰かへ思いを馳せるように。

 真摯な目線で以て、朱鷺に答えた。

「……うん。大丈夫そうだね。よし、それじゃあ早速始めよう。また地上に上がったら通信を繋ぐ」

 2人の覚悟を確かに受け取った朱鷺は、そう言い残して司令室へと向かった。エレベーター前の、エントランスへと繋がる鉄扉が閉じる。

 同時、蓮也達もエレベーターを起動し装備を整えるのだった。


 あれから数分。4人はエレベーター内で装備を整え、移動用車両に荷物を積んでいた。

 破壊用の爆薬や、予備の弾薬と銃火器、治療道具など。戦場における万が一の場合を警戒した品揃えだった。

「よし、荷物はこれでオッケーかな。それじゃ、さっさと出発するとしよう!」

 これから殺伐とした戦場に向かうとは到底思えないテンションでそう言った唯織。ただ、これは彼女なりの優しさであった。皆の気分が少しでも落ち込まないようにと、最低限の盛り上がりを維持しようとしているのである。

 それぐらい、車内の空気は重苦しいものだった。

『あ、あー。聞こえてる?』

 それを切り裂くように、全員の耳元にその声が流れた。耳に装着したデバイスを介した朱鷺の声に、それぞれが小さく応答する。

『よし。じゃあ設定された地点に向かってくれ。近くなったらまた繋ぐよ』

 一度通信が途切れると、シャッターは音を立てて開き始めた。ゆっくりと開いたその先は、やはり暗闇であった。夜空の星々は、この地を照らすには輝きが余りにも足りなかった。

 その闇の中へ、唯織はアクセルを踏んだ。

 全員の手に自然と力が篭もり、空気は過剰なまでに張り詰めていた。そんな重たい空気は、唯織の足に物理的な重さを感じさせていた。さっきまでのテンションも消え失せ、この先で自身を待ち構える事象と感情に、僅かな恐怖と不安を感じていた。

 それでも、車は進み続けた。冷めた空気の圧力を感じながらも、全て無視して進み続けた。



『もう少しだ。向こうに大きい岩が見えるだろ?そこに車を止めてくれ』

 数十分と車を走らせ、朱鷺が車を停めるよう指示した地点にたどり着いた。車両全体が奴らの基地の方角から見えず、距離も十分な場所であった。

 ゆっくりとそこへ停車し、それぞれが装備を整える。全員が手に武器を持ち、蓮也と緋里の背には爆薬をしまった鞄があった。

 準備を終えた4人は、慎重に基地の方面へと隠れながら歩み寄って行く。

『羽瑠と唯織はあの岩陰で待機。蓮也と緋里はその場からドローンを狙うんだ』

 ある程度近づいた頃、朱鷺がそう指示を出した。

 任務中の朱鷺は、様々な場所から視界を得る。車両、隊員の胸元のカメラ。そして、極小のドローン。それは、今も4人の上空を飛行していた。

 羽蟻かのような大きさのそれは、真っ暗闇の現状では何人なんぴとも認識することが出来なかった。

 ただ、基地周辺を公転するドローンは違った。

 フリスビーのように大きな円盤状のドローンであった。それでも小さめではあるのだが、十分に撃ち抜けるサイズだった。

 あれほどの小ささのドローンは、NRFが独自で発達させてきた技術力の結晶なのだった。

「じゃあ、行くよ」

 アサルトライフルで狙いを定め、緋里は覚悟と共にそう言った。

 瞬間、乾いた2つの発砲音が響いた。それが任務開始の合図だった。すぐさま4人は扉へ駆けた。

「鍵を壊した。東をクリアする」

 やや前方で待機していた羽瑠が扉の鍵をショットガンで破壊し、唯織と共に先導して侵入する。その後についていくように、蓮也と緋里も駆け込んだ。

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