Part4
休憩を終えた4人は、トレーニングルームの扉を抜けた。
昼休憩の時食堂に向かうため通った時ぶりの訓練所であったが、そこにはやや変化が生まれていた。トレーニングルームを出てすぐ左。先まで壁であった地点。そこには、壁に対し垂直に置かれた1つのケースがあった。直方体のような形状をしたそれは、『置かれた』というより、『壁から生えている』、という表現が適切なような感じがあった。
彼らはそれへと近づき、中身へと手を伸ばす。
ケースの中にあったのは、彼らが地上で活動する際に用いる装備だった。身に纏うものと、銃器、近距離に近づかれた際対応するためのナイフなど。
それらは4人分一列に並べられていた。それぞれが自身のものの前に立ち、それを装備し始める。
これは、次なる訓練の準備だった。
訓練の第三種目。実戦を想定した、戦闘訓練である。
「毎度思うけどさ……これもうちょいかっこよくなんないの?」
唯織がそう言って朱鷺に示したのは、ケースの中から取り出した、一丁のサブマシンガンだった。やや長めのストックと、細く飛び出た形状のマガジン。銃身の左側にはNRFの紋章と共に、『PMRFC』との刻印があった。
「サブマシンガンのデザインなんざ大体そんなもんだろ?我慢してくれ」
「やっぱりアサルトライフルとかのが良かったかなぁ……」
NRFでは入隊時、隊員が各々で武器を選択出来る。アサルトライフルからスナイパーライフル、果てには刀まで。そして、望めば大幅なカスタムも可能という好待遇。唯織のものも、オリジナルからはかなり改造が施されていたのだった。
「でも、こっちはこっちで結構重いよ?」
緋里もまた、銃を片手にこちらに目を向けていた。黒塗装のアサルトライフル。『ASSAULT-01』の刻印があった。
「ふーむ……それもそうか……」
「もうそろそろ始めるよー?配置に着け〜」
しばし銃のデザインについての談笑をしていた2人だったが、朱鷺の一声でそれを辞め、訓練所の中央に集まった。
羽瑠と蓮也も装備を着終えていたようで、4人全員が装備に身を包んでいた。
ただ、少しばかり地上で着ていたものと異なる点があった。ナイフの刃先はラバー製で、マガジンも同じ素材の黒い塊だった。彼らが持つ銃に装着されているものも同様。
その理由はシンプルである。
訓練とは言え、流石に室内で弾丸を撃ちまくっては壁が壊れるのも時間の問題であるし、何より弾丸は高級だ。そのため、実戦想定の訓練においては、実弾を用いないのである。
では、どう行うかと言えば。
「昨日は北だったし…今日は南だと見た!」
「お前のその予想当たったこと無いだろ……」
4人は中央に固まり、各々が外側を向いた。引き金を抑え、自身の視界に集中する。
瞬間、黒い牙が蓮也に向いた。
紛れもない、ニーロであった。
本来地上に生息するはずの奴が、地下の訓練所で蓮也に牙を向いていた。
「俺かよ……めんどくさ」
蓮也はそれに臆することも無く、無慈悲に引き金を引いた。激しい発砲音は鳴ったものの、前述の通り、弾丸は打ち出されなかった。
しかし、眼前に迫ったニーロは消え失せていた。ただその足元にコアは無く、黒い雫の一滴も見つからなかった。
この訓練におけるニーロと弾丸は、全てホログラムで再現される。
部屋中に設置された極小の装置から光が放たれ、弾丸の軌道からニーロの一挙手一投足に至るまで完璧に再現してみせるのだ。
かくして、実弾を用いず、地下の基地にいながらにして、ニーロとの戦闘訓練が可能になっていた。
「ちぇっ、東だったか」
唯織がそう言って向いた後、攻撃は更に激しさを増した。
上から下から左右から。視界には迫り来る複数のニーロが映った。しかしながら、彼女らは完璧に対処してみせた。
唯織がやや前に踏み出して弾幕による制圧を行い、それでも生まれる僅かな隙を抜けたニーロを蓮也がアサルトライフルで確実に撃ち抜く。
西側を向いていた2人も同様だった。
「多分もうそろそろ来るよ。準備しよ」
100匹程をいなした後、緋里がそう言った。
羽瑠と唯織が北側に寄り、その後ろで蓮也と緋里がサポートに徹する隊形。
そして、その目線の先。
「うげ……一番キモイやつ……」
8本の足と2本の触肢。その間から覗く
それを見るに、蜘蛛を模したニーロであった。
「こりゃあ大層なデカブツだなぁッ!!」
「はぁ……無理すんなよ?」
獲物を捕捉した肉食動物が如く駆け出した羽瑠。それに対し心配しつつも心配してないような言葉をかけ、蓮也はゆっくりと銃口を上げる。
そのまま脚の根元へと弾丸を送った。
20発程撃っただろうか、蓮也は引き金への圧力を緩めた。
「緋里、一旦リロードする」
「了解。いつでもどうぞ」
蓮也は緋里に対しそう言って、リロードに移った。
この訓練で用いる銃器においても、リロードの動作は求められる。現在取り付けられているマガジンを外し、腰にあるものと付け替えるという実戦と同じ動きでリロードを行うことができた。
しかし、外したマガジンは地面に放っておく為、腰のマガジンもいずれは無くなる。その場合は、訓練所後方にケースと同じくいつの間にか設置されていた弾薬箱からマガジンを取り出すということになっていた。実戦においてもマガジンが無くなった場合は車両にて補給するため、これも実戦と同じだった。
そして、蓮也と緋里は常にリロードのタイミングを共有していた。
リロードには通常、2~3秒ほど要する。たかが3秒と言えど、それは戦場においての大きな隙となる。加えて、ニーロの間近で戦う前線の2人によるサポートはほぼ不可能。
そのため、中衛の2人のリロードタイミングが重なってしまえば、前線のサポートもままならず、自らを危険に晒してしまうこととなるのだ。
だからこそ、リロードのタイミング共有は必須だった。
「おっと、そんな跳んじゃう?」
ニーロは、空を舞っていた。
その腹部を下界に見せつけ、長い脚を広げて飛びかかる。
「こっち来んなっての……腹キモイんだよ……」
蓮也はそう不満を漏らしつつも冷静に状況を認識し、後ろへ数歩下がった。
その後に生まれた隙へ、的確に弾丸を撃ち込み続ける。
「やるねぇ蓮也、こりゃあ私も負けてらんないな……!」
そう言って唯織は、再びニーロへ攻撃を始めた。
(そろそろかな……)
そんな中、端で静観していた朱鷺はおもむろに歩き出した。
「ちゃんとやっとけよ〜?」
誰にも届いていなかった忠告を残し、朱鷺は訓練所を後にするのだった。
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