Part2
「おっはようございまーーーーああ゙あ゙あ゙ッ!?」
扉を開けるや否や、唯織の挨拶は叫び声に変わった。
他でもない、彼の手によって。
「何でお前らはいつもこうなんだ……! しかも毎回! ピッタリ13分21秒! わざとか? わざとでもムズいだろ!」
唯織の脳天をカチ割った金属バットを手に叫んだ男。淡い青髪と、ロングコートが特徴的な男だった。
名を、〈
「だってしょうがなくないですか? 6時って結構早いんですよ?」
そんな朱鷺に対しても、唯織は床に座って頭をさすりながら、舐め腐った態度で自己を正当化しようとしていた。
「いいからさっさと訓練を始めろ……あと5秒後には全員もっかいかち割るぞ!!」
朱鷺はバットを振り上げ、4人に脅しをかける。あの態度は何度説教しようと直らないため、脅して訓練を始めさせた方が早いのだと朱鷺は知っていた。
そして、流石に金属バットで殴られるのは嫌と判断した4人は、渋々といった感じで訓練を開始した。
訓練の第一種目、ランニングの始まりである。訓練所の外周を10周する、シンプルなものだった。
「ったくあいつらは……!」
朱鷺はそう言って彼らの背を睨みつつも、訓練所の扉横に置かれたベンチに腰掛け、訓練の監視を始めた。司令官というのは、何も地上で活動する時に指示を飛ばすだけではない。基地での訓練も含め、隊員を管理し育てるのが仕事なのである。
そんな朱鷺が座っているのはシンプルな金属製のベンチ。ちなみに、座り心地は最低。その事実に少しばかりの不満を抱きつつも、自身の横に置かれたタブレットをバットと入れ替える形で手に取り、その画面を眺めた。
そこに映っているのは、NRF隊員各員のデータ。運動能力などを数値化し、その他の憂慮すべき事項などを記載した、司令官である朱鷺にとって欠かせない情報だった。
しかし今は訓練中とあり、朱鷺はそこまでじっくり見つめることもなく、4人の方へと視線を戻した。
「どうした蓮也? 今日は少し遅れてるんじゃないか?」
「んだと…? 今に見てろクソガキィ!」
「なっ…! 待てコノヤロー!」
すると、蓮也と唯織の小競り合いが見えた。
「負けるかッ……! 貴様なんぞに……!」
「そんなんで勝てるとでも? い お りちゃん?」
「てんめぇぇぇぇぇえ゙え゙!!!! 逃がすかああ゙あ゙!!」
こうした煽り合いは、朱鷺の中では日常という感覚だった。互いに相手よりも優位に立とうとし、全力を尽くす姿勢。それ自体は素晴らしいものなため、小競り合いに朱鷺が口を挟むことはなかった。
「はあっ……くそが……てめっ……!」
「さっきの元気はどうした蓮也ぁ! はーっはっはっはっ!!」
2人は尚もそんな会話をしつつ、1分半程で一周目を終える。
「蓮也と唯織あと9周〜」
そんな2人に適当な応援を投げかけつつ、朱鷺はその後を見守る。
「蓮也と唯織あと8周〜」
2周目は、2分程かかった。
これにて、1000m終了。2人の額には、汗が浮かんでいた。
「はあ゙っ………やばすぎ………まじで死ぬぅッ………!」
「ほら……もう抜いてやったぞ………どうだぁっ…唯織ぃ……やばっ…まじで倒れる……」
「蓮也と唯織あと7周〜」
3周目は、4分程かかった。
「……ぁっ……やばい…………思考が途切れる」
「はっ……どうだ? 追い抜いてやったぞ……」
「蓮也と唯織あと6周〜」
4周目は、5分程かかった。
この訓練所の外周は前述の通り500m。それを5分ということは、100mを60秒。秒速にして、およそ1.6m/sである。
そんな状態で、経過すること十数分。
「はい、緋里と羽瑠しゅーりょー……」
最初から最後まで一貫してペースを守り続けた緋里と羽瑠は、ちょうど走り終えた所だった。2人は常に蓮也と唯織の前を走っていたが、疲れの色はあまり見えず、軽いストレッチをするだけの余裕はあるようだった。この2人は、いざ訓練をするとなると真面目ないい子なのである。
一方、あの2人はというと。
「あともうちょい……!これなら……勝てるッ!」
「逃がすかぁ……!まだ負けちゃいねぇんだよ………!」
今現在は10周目。最後の角を曲がり、ゴールラインの役割を果たす、朱鷺のベンチ目掛けて最後の直線を走っている所だった。
声からは、かなりの気迫が感じ取れた。
コンマ1秒を争うような、熾烈な争い。
そんな雰囲気さえ感じさせるような2人に、朱鷺は声をかけた。
「………幼稚園児のかけっこのが早いと思うぞー?」
実は、死ぬほど遅かった。幼稚園児でもバカに出来るぐらい。歩幅は16cm程。もはや年寄りのウォーキングよりも遅かった。逆になんでそのスピードであんな気迫のある声を出せるのか謎なぐらいだった。
「うおぉぉぉぉぉぉらああああああああ!!!!!」
「クソったれ………速すぎんだろ………」
約8分後、唯織が雄叫びを挙げつつ完走。その後を追う形で蓮也もフィニッシュ。
8分。8分である。コーナーを曲がってから朱鷺のベンチまで約75m。それを8分。
しかしながら、これが日常となってしまっているのだった。
して、緋里と羽瑠はと言えば、ベンチ横に置かれた冷蔵庫からスポドリを取り出して先程までの様を見守っていた。
「だあ゙あ゙ぁぁぁぁ………もう無理ぃ…………」
「死ぬ………まじで………」
蓮也と唯織は立ち上がることも出来ずうつ伏せになり、脳が求めるままに荒い呼吸で酸素を吸収し続けていた。
「はーい早く次行くぞー」
朱鷺は無慈悲に2人の片腕をまとめてひっつかむと、死体を運ぶ殺人鬼のように引きずって次なる訓練の場所へと運ぶのだった。
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