第一章 ニーロ・リムーブフォース
Part1
NRF本部というのは、いくつかのエリアが集まって構成されている。主に事務室などが集まる、『事務棟』。戦闘訓練やその他トレーニングなどを行う、『訓練所』。
そして、隊員の生活部屋や食堂などが存在する、『生活棟』。生活棟へは地上と地下を繋ぐエレベーター、通称『地上エレベーター』を降りた所を右に曲がることで、すぐにたどり着ける。
そんな生活棟の2階。そこに、リーテン・フォーゲルの生活部屋があった。2段ベッドが2つ並べられ、それ以外には、机、ソファ、棚のみ。
どシンプルな部屋だった。
ピピピ――ピピピ――ピピピ――
その中には、アラームが響き渡っていた。今現在の時刻は6:38。それを鑑みるに、これは起床を求めるアラームだった。
「んぁ……んが? ……ん」
そんな騒音の中で、蓮也は起きることなく唸り声をあげていた。2段ベットの下側。布団はかなり乱れていて、頭は枕をやや外している。
「………zzz……」
どうやら、上側でも同じことが起こっていた様だ。唯織は最早落ちかけている。
「ぅ………んなぁ………ぁ」
そのすぐ近く、もうひとつの2段ベットの下側でも(以下略)。大体予想はついているだろうが、そう。この声の主は羽瑠であった。
「……………鳴ってんだけどな」
そして、その光景をキレ気味に見守っていたのは緋里。他の3人と異なり、既に寝間着から着替え、なんならベッドメイキングさえしていた。これができる女というやつなのだろうか。
そんな彼女は痺れを切らしたのか、おもむろに立ち上がった。
「さてと……やるか」
緋里はそう言って、腕まくりをして決意を固める。
「よっ……と」
緋里は未だ目を開かぬ羽瑠を持ち上げた。
「っし……せぇいっ!」
そして――それを壁に思いっきり投げた。もはや叩きつけると言った方がよいかもしれない。羽瑠は小柄な人間であるとは言え、50kg前後はある。そんな人体を、緋里はいとも容易く投げ飛ばしてみせた。
だが、それ以上に驚くべきは、その後の状況だった。
まず、壁に一切損傷が無い。一般家庭であれば大穴が空いてもおかしくない威力と音だったが、へこみや傷さえ付いていなかった。
これに関しては、NRF本部の建物がかなり頑丈な素材で建設されているということが影響していた。テロや暴動などで侵入されることがないよう、万全な体制を敷いているのだ。
次に、羽瑠自身にも一切損傷が無い。何事も無かったかのように、のそのそと起き上がっていた。
これに関しては……羽瑠がおかしいだけだった。
「おぁよぉ……」
壁際で羽瑠は、そう気の抜けた挨拶をした。
「はいはいおはようおはよう。はよ洗面所行け!」
「あぁい……」
緋里は、まるで寝坊した息子を叱る母かのように羽瑠を部屋から追い出した。
その後に、残った2人の方を見る。
「「…………zzz」」
そこで鳴り響いていたのは、アラームの音量さえ超えていそうなほどのいびきの二重奏であった。
そんな最低なデュエットに顔をしかめつつも、緋里はそれぞれの睡眠スペースに設置された時計のアラームを止め、両者の身体を交互に揺する。その様は、またしても母のようであった。
「おぁよぉ……」
「ぅ……ぇ? もう朝?」
そんな緋里に対し、2人は実に気の抜けた返事をした。
「早くあんたらも顔洗う! 早く!」
緋里がベッドからのそのそと降りる2人にそう叱咤すると、2人はほんの少しだけ速度を上げたような様子で部屋を出るのだった。
「はぁ……全くあいつらは……」
そんな2人の背を眺め、緋里はそうため息をついた。もう完全にお母さんのそれである。
ちなみに、あの2人に対しても羽瑠と同じ方法を試していた時期はあった。しかしながら、3日目にして蓮也と唯織の背骨に亀裂が入ったため、今の優しい方法へと変更になったのだった。
「腹減ったぁ……」
そう漏らした蓮也がいたのは、先程の部屋から数歩の距離の洗面所。鏡と水道、最低限のスキンケア用品が並んだ、ごく一般的な洗面所だ。横には唯織がいて、蓮也と同じく、背を丸めながらだるそうに顔を洗っていた。
一応羽瑠も蓮也の隣にいるのだが、相も変わらず目はほぼ閉じていた。半分本能で動いているようなものだった。
それから数分。
3人は洗面所を出て、ちょうど正面に位置する更衣室で着替えを済ませた。寝間着から、何やら運動着らしいスポーティーな服装へと変化していた。
「ようやく来た……もう6時50分だよ?」
更衣室の近くの壁にもたれかかっていた緋里が、呆れ気味にそう声をかけた。
ここでNRFの朝のスケジュールを説明しておこう。
まず、全部屋6時にアラームが鳴る。
その後各自で着替え、食事等を済ませ、7時に訓練所に集合。それからすぐに訓練スタート。言葉で説明すると、実にシンプルなものである。
尚、その訓練というのは、隊員の身体能力や判断力を鍛える、ザ・軍隊のトレーニング、みたいなやつである。
そして、今は6時51分。
つまり、残り時間、9分。
ちなみに、ここ、リーテン・フォーゲルの生活部屋から食堂まで、約20秒。
「今日は何食おっかな……」
1階に向かうエレベーターの中、蓮也は呑気にそんな事を呟いていた。
アナウンスが、1階への到着を告げる。
残り時間、8分46秒。
「ふあーぁ……なんで世界に朝ってあるんだろ」
エレベーターを降りてすぐの食堂に入ったタイミングで、今度は唯織がそんな事を呟く。
残り時間、8分38秒。
「どーすっかな……ま、いつものでいいや」
腕のデバイスをかざし、慣れた手つきで食券機のボタンを押す蓮也。他の3人も選択を終え、少し待った後に料理を持って席につく。
残り時間、3分49秒。
「飯の質はいいんだがなぁ……訓練行きたくねぇー!」
「わかるぅ……部屋帰りたい……」
各々食事をしつつ談笑すること――17分。
残念! 13分11秒オーバー!
「んじゃ、そろそろ行くよ。15分過ぎたらさすがにアウトだから……」
緋里はさも当然のようにそう言って、他の3人を伴って食堂を出た。この人も、大音量のアラームが耳元で響いても起きない3人と同じぐらいに変な人なのだった。
訓練所の入口は、食堂を出て直ぐにあった。
尚、現在時刻7時13分21秒。計13分21秒オーバーである。
そんなこと露知らずといったように、唯織はテンション高く扉を開けた。
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