第六章 Sneaking into the revereours

Part1

 この地下世界の建造物には、天井の崩落を防ぐという役割がある。勿論支えるための柱も等間隔に置かれてはいるが、それだけで完全に人類の生活圏をカバーするのは難しい。その為、建物を高密度で建設することで柱の代わりとしているのだ。

 故に、この世界において、廃墟などが密集した地域というのは非常に危険である。だからこそ国もそう言った地域を無くそうと様々活動を行っていた。

 しかし、長年残り続けている廃墟群というのもある。この場所がいい例だった。

 『フラワーロード』と呼ばれていたここは、かつて商店街として使われ、人で賑わう場所だった。本屋から八百屋まで多種多様な店が立ち並び、休日には警備員が毎週配置されるぐらい、人の集まる場所だった。

 しかし、今となってはその喧騒の欠片もなかった。建物の外壁は所々崩落し、ショーウィンドウや扉のガラスは大多数が割れていた。その中には倒れた椅子や棚などが散乱しており、その間を縫うようにねずみやその他不潔な環境を好む虫などが徘徊していた。

 どうしてこんな惨状になってしまったかと言えば、至極簡単。付近に地底下4階建てを誇る大型ショッピングモールが開業したからだ。大多数の人間がそちらに流れ、店は軒並み閉店。建物はそのままに、ゴーストタウンとなってしまっていた。

 では、何故この建物達は放置されているのか。

 実を言えば、国も全く無関心なわけではなかった。国会で公費による解体が提案され、実際に可決されはしていたのだ。

 それでも解体に踏み切れないのは、理由があった。

 この商店街は、不良や犯罪者の隠れ家となっているのだ。そのため作業員を送ることは出来ず、かといって警察による補導も全く効果は無く。国も近隣住民も、対応に四苦八苦していたのだった。

 そんなフラワーロードの中を、堂々と歩く少女がいた。

 茶色の雑に伸ばされたセミロングの髪、所々破れかけてボロボロのパーカーとデニムパンツ。加えて不機嫌そうな表情でタバコを咥えるという、いかにも不良な感じの少女だった。ちなみに、この世界でタバコを吸うというのは割と爆弾行為である。

 まず、地下世界における酸素は、至る所に自生しており、研究によって量産が可能となっている特殊な植物によって供給されている。それらは二酸化炭素を吸収し酸素を放出するという光合成を、その名に合わず光が無くとも行い続ける。

 しかし、タバコに含まれる一酸化炭素がその植物に一定量以上吸収されてしまうと、光合成が長期的に行われなくなるという現象が確認されているのだ。地下世界は当たり前に閉塞的な空間であるため、吐き出された一酸化炭素はそこら一帯に充満する。そんなこんなで、タバコもタバコの原料となる植物も、麻薬・危険物の類として法で規制されていた。

 して、この少女はそんなこと露知らずといったように喫煙を続ける。しかしそれはフラワーロードじゃ最早常識のようになっており、長く留まれば酸欠で意識混濁や死亡に至る……なんてことは起きていなかった。というか、それが起きていれば誰もタバコを吸わないという話である。

 実は、一酸化炭素の拡大による近隣住民への影響を危惧した国が、遺伝子組み換えによって開発された、二酸化炭素の代わりに一酸化炭素などのタバコに含まれる有害物質を吸収する植物をフラワーロードの周囲に植えているのだ。それによりフラワーロード内には常に酸素が供給されており、不本意ながら犯罪者らが生き残っていたということだった。

 そして、そんな少女は適当な建物の中に入ると、歩き疲れたのか座り込んでしまった。

「はぁ…………世界とか、くだらねー…………」

 誰に言うでもなく、少女は呟く。

「何がニーロ・リムーブフォースだよ……あんなの税金使って贅沢してるだけの屑集団じゃねぇか。さっさと死ねばいいのに……」

 彼女は、この世界に不満があるようだった。NRFや、政府、警察など、この世界を回すのに重要な組織を名指しして批判していた。税金泥棒、自己中野郎など。ただ、学校にも通っていないのかと思わせるように、彼女の語彙力は明らかに不足していた。同じような言葉で以て批判を繰り返し、喋り疲れてはタバコを吸うというのを、何度か繰り返していた。

 そんな彼女に、声をかけた男がいた。

 男はフラワーロードを徘徊している最中に少女を見つけたのか、建物の窓枠越しに少女に声をかけた。黒のパーカーを着てフードを深く被り、目元のみを隠す仮面をつけている、明らかな不審者という感じの男だった。

「お前、この国に文句があんのか?」

 少女の言葉の数々を振り返り、男はそう問いかける。

「……ああそうだよ。でも、ここに来てるやつらは全員そうだろ」

 知りもしない他人の事情を勝手に語りながら、少女は言葉を返した。

「……なあ、お前さ。革命に興味はないか?」

「革命?何それ。何やんの?」

 革命という単語に、食いつくように少女は興味を示した。男は予想通りといったように微笑むと、事の概要を簡潔に話す。

「ニーロ・リムーブフォース。あいつらをぶっ潰すんだよ」

 少女は、その言葉に目を見開いた。つい先程口にした組織の名が、相手から飛び出してきたからだ。しかも、そいつらを潰すだと。

 食いつかずにはいられなかった。

「……どうやって?教えてよ。アタシそれやりたい」

「俺たちの組織に入れば教えてやるよ」

 男はそう言って、少女を勧誘するような言葉を投げる。

「……いいよ。入る」

 少女は、即決で返事を返した。彼女にとっては、真っ当な人生なんぞどうでもよかったのかもしれない。

「だったらついてこい。話はその後だ」

 男はそう言うと、どこかへ歩き出した。少女もそれを見失わぬよう、急ぎ足で建物を出て追いかける。

 2人はいずれ、フラワーロードの外へ出るのだった。

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