第四章 烏

Part1

 NRF生活棟2階、リーテン・フォーゲル生活部屋の隣。そこは、NRF内の下から2番目の実力を持つクラス、クローカの生活部屋だった。

 それと同時に、魔境でもあった。

「こいこいこい……!」

「無駄だよ、辞めときな」

「何でだよおおおお!!!!!」

 部屋の外まで響く叫び声が、その部屋の異常性を物語っていた。その声の主は、〈黒崎怜符くろさきれいぶ〉という名の女。クローカ所属の彼女は、黒の長髪を雑に垂らし、部屋の床でギャンブルに興じていた。親と子を決め、子が賭け金を決める。その後親が椀の中にサイコロを3つ投げ入れ、子はそれ以上の強さの役を作れたら勝ちという、チンチロと呼ばれるものだった。

 そして状況を見るに、怜符が子で、今まさに大敗したのだろう。見れば、出目は1、2、3。ただ負けるよりもデカい負け、ヒフミという奴だった。怜符は大人しく金を上納した。

「うるせぇんだよお前ら……!」

 そんな中、隣の部屋の蓮也が怒りと共に扉を開けた。蓮也は寝間着でこの部屋を訪れていることから、今は訓練終了後の夜だった。

「お前にこの苦しみが分かるか!?5万賭けた!そしたらヒフミ!10万取られた!コイツに!その苦しみが分かるかよ!!」

 ちなみに金の賭け事はこの国において犯罪である。それでも怜符は支離滅裂な恨み節を叫び、蓮也を揺さぶった。蓮也の目は普段の気だるさに更に拍車がかかっていた。

「分かった分かった……でも、これ以上やるとまた朱鷺に報告するぞ?」

 蓮也が放ったその一言。怜符はそれに肩を震わせた。

 怜符には、いや、クローカには前科があった。ただ、警察に捕まったという意味の前科では無い。朱鷺にギャンブルが見つかり、世間にバレたら僕が一番怒鳴られるんだ、と注意されたという意味の奴だ。

「ちっ……今日の所はこれぐらいにしといてやるよ……」

「なんでお前が譲歩した気n」

 蓮也はそう不満を漏らしつつも、怜符が無理やり扉をスライドさせたことで締め出された。

「んじゃ、今日も俺の勝ちだな」

 そんな怜符の後ろで、先程の対局相手の男が言った。茶色の長髪を後ろでまとめ、左手には酒を1カップ持っていた。男はそれをぐいっと飲み干すと、満足気に酒臭い息を吐いた。

 怜符がギャンブル中毒だとすれば、こいつ――〈秋山時雨あきやましぐれ〉はアルコール中毒だった。実際ちょっと手が震えていた。

「クソがよぉ……!明日は負けないからな!!」

 いまさっき脅されたばかりだというのに、怜符はそんな捨て台詞を吐いた。

 そう、クローカはこんなカスの集まりなのである。そして、クローカもリーテン・フォーゲルと同じくメンバーは4人。つまりこいつらみたいなカスがもう2人。

 それは、この部屋のベッドにいた。

「……はァ〜……ね、時雨。じゃあ僕とやろうよ」

 そう言ったのは、残ったカスの内の1人。怜符とは対照的にピシッと真っ直ぐ伸びた黒髪が印象的で、それは前から後ろまで同じだった。顔立ちは中性的とも言える感じで、髪型からも、男の娘と呼ばれる人間だった。でも、万人にはモテなさそうだった。

 理由その1、背が少し丸まっている。まあでもこれはここじゃあ可愛いものだ。何より2個目と3個目がデカすぎる。

 理由その2、ヤニカス。別に、喫煙所とかで吸うんだったら問題ない。でもこいつは室内で吸っている。そして思いっきり吐いている。カスである。

 理由その3、ギャンブル中毒。さっきまで座っていたベッドを離れ、時雨と共にインディアンポーカーに興じていた。種類を変えればいい、というのが彼らの見解だった。やはりカスである。

 そんな男の娘ヤニカスの彼の名は、〈高瀬昴たかせすばる〉と言う。尚、性自認云々は彼は何も考えちゃいない。別に社会情勢の影響を受けたわけじゃないのだった。ただ『見た目が可愛けりゃ愛されやすい』というどこかズレた感性から来るものだった。

「……2人でやってるとつまんねぇな、これ」

「そう?じゃあ……凛?一緒にやろ〜」

 昴は、先程横に座っていた女に声をかけた。凛、と呼ばれたその女は、スマホから目を離してこちらを見た。その切れ長な双眸は妖艶さを感じさせ、紫混じりのショートカットが、それをさらに強めていた。

 そんな女の本名は、〈柊凛ひいらぎりん〉と言う。こいつも同じくカスである。ヤニも、酒も、ギャンブルも。全部大好き。ここまで来ると、ギャンブルが好きなだけで酒もタバコも興味無い怜符が一番まともに思えてくる。

「じゃ、勝った奴にそれぞれから1万な」

「え〜……こんな可愛い彼氏からお金取るの?」

「ああもちろん。でも、どうせ金使うのは許可要るだろ?だから心配するこたねぇよ」

 彼らは、付き合っていた。高校生の頃に出会い、昴の方からアタックした形だ。男の娘と女のカップル。そんな少し歪な関係が築かれた歴史は、話せば馬鹿みたいに長くなるので割愛する。

 彼らは、性別以外も歪だった。金銭の使用は互いの許可が必要だし、他の人間と話してもいいが絶対に『友達』レベルで抑えること、『親友』ましてや『恋人』になってはならないことをルールとして掲げている。

 ただ、実を言えば、後半のやつに厳密なルールは無い。だが彼らは互いを愛しに愛しており、破ろうという考えは毛頭無かった。

 そうして凛がギャンブルに加わり、3人の間で多くの金銭のやり取りが行われた。

 ちなみに怜符はずっとふて寝していた。そのまま朝まで起きることは無かった。

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