第4話 サイレントナイト


「あの…タク…吉岡拓はどこに……」







 吉岡さんは……







 最善を尽くしたんですが……残念です……









 たった今、お亡くなりになられました。






「亡くな………え? 何言ってんの?」




 突然の事で話が飲み込めないといったメイに対し、看護士はいたたまれないといった表情で続けた。



「傷は動脈を大きく損傷していて出血がひどく……病院に到着した時には既にショック状態でした……」




「嘘だよ……」




「大変残念ですが……」







「出血なんて……


 アタシの血をいくらでも使ってよぉ!!  タクもアタシもA型なんだよ!」




 今更そんな事言っても、どうにもならない事はわかっていた……看護士が悪い訳では無い事も……

 しかし、他にこのやるせない気持ちをぶつけるすべが見つからなかった。





 涙が溢れて溢れて止まらなかった。






 ※ ※ ※







 まるで眠っているようだった。




 このまま待っていれば、今にも目を覚まし、『メイ――♪起こしてくれりゃあよかったのに♪』

 なんて微笑みかけてくれるんじゃないかって位に……



 しかし、タクが目覚める事は無い。




 もう、メイに微笑みかける事も……優しく抱きしめてくれる事も無い。




(ここで泣いちゃ駄目だ。)




 メイは、タクの前では涙を見せまいと、必死で泣きたいのをこらえていた。無理に作った笑顔で優しく彼に語り掛けた。




「タク……メイだよ。4ヶ月ぶりに会えたね……タクの為にマフラー編んだんだよ。

 売ってるやつみたいに上手くは出来なかったけど……」



 メイは、紙袋から白いマフラーを取り出し、冷たくなったタクの首にそれを巻いてあげた。



「八神さん……これを……」



 メイの後ろに立って、その様子を黙って見ていた先程の看護士が、血で汚れた小さな箱をメイの前にそっと差し出した。



「吉岡さんがここへ運ばれるまで、ずっとこの箱を握り締めていたそうです……」




 タクが死ぬまで大事に持っていた最後のメッセージ……





 箱を丁寧に開けると、そこにはクリスマスプレゼントにしては少々高価に見えるダイヤの指輪が入っていた。



 指輪の内側に文字が刻まれている。



『T&M・2024・12・25』



 それは、メイの左手の薬指にぴったりと収まった。



 その瞬間。今まで必死にこらえていた涙が、一気に頬を伝い流れ落ちた。






 ※ ※ ※








《やっぱり、エンゲージリングはダイヤだよな》



《リングなんて、何だっていいよ――♪アタシはタクさえ居てくれればいいんだから》



《いや! こーゆー事はケジメが大事だからな……何年先になるかわかんないけど、プロポーズする時は絶対ダイヤだから》




《ハイハイ♪ じゃあ、期待しないで待ってるよ♪》













《明日のクリスマスさ――メイにを用意したから》



《え――っ! ナニナニ? 教えてよ♪》



《それは、その時までの秘密だよ。 ヒ・ミ・ツ》

















「タクのバカァァァ!!

 どうして死んじゃったんだよぉぉ!!」




 メイはタクの胸に顔を埋め、思いっきり泣いた。


 涙が枯れるほどに泣いたあと……

 メイは椅子から立ち上がりふと窓の外を見た。


 白く曇ったガラス窓を開けると、ひんやりとした外の空気がメイの頬に触れた。


 いつの間にか、外では雪が降っていた。


 白い小さな雪の粒が音もなく舞い降りて、メイの手の甲の上に落ちて溶けた。


 病院の向かいの道路では、信号待ちの車の中から待ち合わせの時メイが替え歌で歌っていた定番のクリスマスソングがかすかに漏れ聴こえてきた。
















「神様なんて、いないんだ……」




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