第9話

 家から出てから、狩人の二人はじっと郵便ポストを見ていた。

「新聞、たまってるね」と白瀬

「家の中も妙な雰囲気でした」

 鵜飼と白瀬の会話の意味が分からず、風華が訊ねる。

「妙って?」

「生活感がないというか。妙に小綺麗で。旅行に出る前みたいな……」

「新聞の日付、一番古いのは五日前だ」

 彼らが顔を見合わせる。その表情からは何の感情も読み取れず、風華は首をかしげるばかりだ。

「ど、どういう意味ですか?」

 自動車を停めたパーキングへと歩きながら白瀬が答えてくれる。

「たぶん宇都宮先生を監禁しているのは、藤沢母か、その両親なんじゃないかな」

「えっ」

「いじめを苦にした娘がいる両親なら、その憎しみを担任教師にぶつけていても疑問はありません」

「まあ、警察もいずれはその線に気づいて調べるだろうね」

 車に乗り込みつつ、鵜飼が答える。

「でも学校側がいじめを認めていない以上、藤沢璃子にたどり着くのは遅くなるでしょうね」

「それまで宇都宮先生の気力と精神力が持つかが勝負」

 慌てたように風華が会話に割って入る。

「あの家の中に宇都宮先生がいたかもしれないってことですか!?」

「いや、新聞がたまってたってことはあの家にはいないんじゃないかな。別の拠点があって、そこで監禁しているんだよ。でもたぶん電気やガスは通ってなくて、料理は家でやる必要がある。奥さんは俺たちが訪ねる前、ちょうど料理中だったし」

「早く見つけないと、死んじゃうかもしれません!」

 風華は切羽詰まったように言うが、狩人の二人は冷静だった。

「俺たちが見つけても、助けてあげることはできないよ。そういうルールだから」

「で、でも……」

「大丈夫。日本の警察は優秀だってよく刑事ドラマとかで言ってるじゃん。きっとすぐ捕まるよ。でもどうしても心配なら、ちょっと見てこようか」

 いつの間にか車はパーキングから藤沢家の近くにやってきていた。車庫から璃子の母親が運転する桜色の車が出て行く。あとをつけるつもりらしい。

 璃子の母親は自分が尾行されている可能性など微塵も考えていないのが、真っ直ぐに目的地へと誘導してくれた。彼女は二十階建てくらいの高さのマンションの駐車場に車を停めて、紙袋を持って中に入っていく。その紙袋の中にタッパーに詰めた料理などを入れているのかもしれない。二、三日はレトルトやカップヌードルで過ごせても、インスタントな食生活に慣れていない人は、慣れないのだろう。わざわざガスの通っている自宅で料理を作り、マンションへと移動した。

「さすがに中を見るのは無理か……」

 火災報知器の点検者の振りも、セールスの振りも、本当に宇都宮を監禁しているのなら、すげなく断られるのは目に見えている。そもそもとして、居留守を使われる可能性がとても高い。

「でも中に宇都宮先生がいるかもしれないんですよね。私、見てきます!」

 風華はそう言ってから、彼らに監督義務があることを思い出す。やはり彼らは風華が自分たちから離れることに対して、渋い顔をしていた。

「風華さんがそう思うのは人道的立場からはもっともだと思いますが、私たちの監視下から離れることの許可はできません」

 鵜飼はそう言ったが、白瀬は別の反応を示した。

「でも二十四時間の自由時間ならあげてもいいかも」

「え?」

「ちょっと」

 鵜飼が迷惑そうな顔で白瀬を睨む。後輩に睨まれた白瀬は気にすることもなく、笑顔で続けた。

「俺たちにも働き方改革の波が来ててね。最長二十四時間の休憩が許可されている。つまり最長で二十四時間なら、君は俺たちの監視下から外れることができる」

「なら、私はその間に宇都宮先生を助け出せるかもしれません!」

 思ってもみない提案に喜ぶ風華に対して、白瀬は人差指を一本ぴんと立てて、こう忠告をした。

「ただし、事態を解決するには悪霊の力を使役せざるをえないはずだ。そうしないと君は現世に介入できないからね。力を使えば使うほど、悪霊化は早まる。決断までに君が迷える時間は短くなるんだよ」

 念押しされた風華は数瞬、考え込むように顔を俯かせた。しかしやがて覚悟したように面を上げる。

「わかりました。気をつけます」

「わかった。じゃあ、今は夜の十九時だから、明日の十九時にまたここで会おう。もっとも俺たちは君の居場所は常にわかるんだけど、休憩中だから助けには来ない」

「大丈夫です。力の使い方はもうわかっています」

「じゃあ、幸運を」

 依然として鵜飼は上司の行動に腹を立てているようだったが、面と向かって拒否はしない。休憩時間に食事をとれるのが嬉しいのかもしれない。風華はそれにも感謝をして車を降りた。


 ***


 風華は急いで璃子の母親を追ってエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは三階飛ばしでボタンがあり、彼女は十二階のボタンを押して、階段を下りて十一階の部屋に入った。

 部屋の中はモデルルームでももっと散らかっていると思うくらい家具はなく、がらんとしていた。カップヌードルなどが入ったごみ袋が隅に置かれ、フローリングの上には璃子の父親と思わしき男性が胡坐をかいて座っていた。視線の先は防音らしき部屋のドアがある。

 風華はすり抜けて、その部屋の中に入る。すると、足に錠をされている宇都宮の姿があった。部屋の中には携帯トイレがあり、手足の自由もある。パウチの食糧と紙皿も置かれていて、思っているほど劣悪な環境にいるわけではないらしい。

 しかし、こんな生活が五日も続いているせいだろう、風呂にも入っていない宇都宮は目に見えてやつれ、未知への恐怖におびえていた。フローリングにぐったりと横たわり、ぴくりとも動かない。目が開いていて瞳が動くので意識があるとわかるが、窓もない部屋に五日も閉じこめられて精神に異常をきたしていてもおかしくはなかった。

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