雄大と僕 二
坂上と別れた後、自宅に戻ってスマートフォンを見てみると、雄大からメッセージがきている事気が付いた。
『デートはどうだった?』
雄大からのメッセージにどう返そうかと少し悩んだ結果、『色々あったよ』と送信すると、すぐに、『それならゲームをしながら話をしようぜ』と、返ってきた。
僕は、『分かった』と返信をすると、チャットの準備をし始めた。
そして、ゲームにログインすると、雄大は既にログインしていた。
「色々ってなんだよ」
「どうして坂上さんが僕をデートに誘ってきたか、理由を聞いた」
早速尋ねてきた雄大の言葉に僕がそう返すと、「おっ、なんだった? 壺でも買わされたか?」と、興味津々といった様子だった。
「何も買わされていないよ。坂上さんは演技の為にデートをしたいと思っていたんだって」
僕が軽い調子で言うと、雄大はしばらく沈黙した後、「……なんだって?」と、呟いた。
「坂上さんは俳優だったんだよ」
「……だから、それはなんてタイトルのライトノベルか漫画なんだ?」
「僕も最初は信じられなかったよ」
雄大の驚きながら言った言葉に僕は苦笑いをしながら言葉を返した。
「……その坂上さんの下の名前はなんて言うんだ?」
「坂上静香さんって言うんだ」
「分かった。ちょっと待っててくれ」
雄大はそう言うと急に黙り込んだ。
恐らく先程の僕と一緒で坂上の名前を検索しているのだろう。
そう思って、僕も黙って雄大が話すのを待っていると、しばらくして雄大が口を開いた。
「……坂上さんのSNSに上がっている写真って、昨日智也が行ったって話していた店の定食だよな?」
「そうだよ。さっき僕も検索してとても驚いたよ」
「しかも、すごい美人じゃないか」
「雄大ってこういう感じの女性がタイプなんだ?」
「いや、ほとんど全員が美人って言うと思うぞ」
僕が軽い調子で言うと、雄大から真面目なトーンで言葉が返ってきた。
「確かに、そうか」
雄大の真面目のトーンがなんだか面白くて、僕は少し笑いながら言った。
「それにしても、ゲームのし過ぎで昼夜逆転して寝れなくて朝に散歩したら俳優に会うって、どんなラッキーなんだよ」
「まぁ、ラッキーと言えばラッキーなのかなぁ」
「そりゃあ、そうだろう、おまけに美人だし」
僕が煮え切らない感じで言うと、雄大がそう言って呆れた様にため息を吐いた。
「まぁ、それはそう思うけど、僕で本当坂上さんの役作りの為になっているのかな、と思って」
「そう言えば、さっき演技の為にデートをしてるって言っていたよな」
「うん、デートの経験が無いから僕に声を掛けてくれたんだけど、僕だと役不足じゃないかな、と思って」
「役に立っていると思うけどな。そうじゃなかったら今日も呼ばれたりしないだろ?」
僕が力無く言うと、雄大は励ます様に声を掛けてきてくれる。
確かに、それはデートでは無いと言われたとはいえ、再び連絡をしてくれたという事は少し役に立っているのかもしれない。
「……まぁ、そうだと嬉しいかな」
僕の言葉を聞いて少し元気が出たと思ったのか、雄大は息を吐くと口を開いた。
「明日以降も一緒に出掛けたりするのか?」
「それなんだけど、明日、坂上さんが撮影している現場に行く事になったんだ」
「……まさか、智也も演技したりするとか言わないよな」
「しないし、出来ると思わないよ。ただ呼ばれただけ」
「……まぁ、ただ呼ばれるだけでもすごい事だと思うけどな」
雄大はそう言って息を吐くと、「そう言えば」と呟き、何か思いついた様子だった。
「智也、この経験を元にまた小説を書いてみたらどうだ?」
「……また、その話?」
「智也の書く物語が好きだって言っただろ? ただ読みたいだけだって」
僕の口調に棘が出てきたのを感じ取ったのか、雄大が慌てて付け加える。
しかし、そう言われても僕の気持ちは晴れるわけでは無い。
「雄大がそう言ってくれるのは嬉しいけど、ネットに投稿した時は評判は良くなかったじゃん」
「前にも言ったけど全員が全員、良い評価をする訳ないだろう? でも、智也の文章だったら続けて書いていれば絶対に評価されるって」
僕は以前から小説を読む事が好きだった。
そして、沢山の本を読んでいく内に段々と自分でも物語を書きたい気持ちが芽生えてきた、という良くある話だった。
初めは自分が書いた小説を誰かに見せるなんて事を考えもしなかったが、やはりと言うべきか、書き続ける内に誰かに読んで貰いたい、あわよくば良い評価をしてもらいたいと思う様になった僕は勇気を出して雄大に自分が書いた小説を渡してみた。
一番親しくしていた雄大にも自分が小説を書いている事を伝えていなかったので、初めは驚かれたが、「小説を書けるなんてすごいな」と、感心した様子で受け取ってくれた。
雄大が本を読んだという話を聞いた事が無かった僕はいつか全部読んでくれれば良いかな、という軽い気持ちで渡したつもりだった。
だから、僕が渡した小説を雄大が一日で読み切ったと言ってきた時にはとても驚いた。
雄大に訳を聞くと、「普通に面白かった」と、シンプルな答えが返ってきたが、初めて書いた小説を初めて読んでくれた人が面白いと評価をしてくれてとても嬉しく感じたのを覚えている。
それから、僕は雄大に書いた小説をネットの投稿サイトに登録して投稿してみたらどうだ、と提案を受けた。
ネットで何か作品を発表した事が無ければ、写真を投稿したり、何か発言すらした経験が無かった僕は雄大の提案に初めの内は難色を示した。
しかし、雄大が面白いと言って評価してくれた事でもしかしたら多くの人に読んでくれるかもしれないと心の片隅で思っていた僕はその後も熱心に勧めてくれた雄大の言葉に従って、ある投稿サイトに自分が書いた小説を投稿してみる事にした。
結果は散々だった。
どれだけ月日が経っても読まれる回数は増えない。
雄大が、「継続して投稿する事が大事だって書いてあったぞ」と、どこかのサイトで調べた事を教えてくれたりしたが、僕はどうしても言葉を生み出す気持ちになれなかった。
アイデアは出てきたりするのだが、それをいざ言葉にしようとすると指が止まってしまう。
自分の小説を読まれなかったくらいで書けなくなってしまう程気持ちが弱かったのか、とショックを受けた僕は、それ以来小説を書く事を止めにしたのだった。
「……まあ、気が向いたらね」
「……そうか、まぁ、それが一番だな」
この手の話はなるべくなら長引かせたくはない。
そういう雰囲気を感じ取ったのか、雄大はそう言うともうその話は出る事は無く、しばらくゲームで一緒に遊んだ後、「明日は寝坊するなよ」の一言で、チャットはお開きとなったのだった。
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