リベンジデート 三
僕が坂上を案内したのは大仏の近くにあるカフェだった。
「わぁ、すごいお洒落だね」
店に一歩入ると、坂上は辺りを見回しながらそう呟いた。
店内は木の机や椅子等が置いてあり、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「それにしても、昨日の朝食を食べたお店といい、宇多川君はお洒落なお店をたくさん知っているんだね」
店員さんに席に案内された後、それぞれコーヒーを注文すると、坂上が感心した様に呟いた。
「僕がお洒落と言うよりは、ここら辺は観光地だから逆にお洒落な店しかないんだよ。だから、たまたまだよ」
そんな話をしていると、店員さんがコーヒーを持って来てくれた。
お礼を言って受け取ると、僕は早速本題に入る為に口を開いた。
「……その、さっきの二人組の話だけど、坂上さんは本当に俳優さんなの?」
「……うん、本当だよ」
坂上は僕の質問に言いにくそうに答えた。
僕は、確認をする為にスマートフォンを取り出すと、坂上静香と名前を入力をして検索をした。
すると、すぐに目の前に居る坂上の画像が表示された。
さらに、坂上のSNSのページには昨日の日付で一緒に食べた定食の写真が投稿されていた。
「どうして、初めて会った時に言ってくれなかったの?」
「いや、だって、初めて会った時に宇多川は全然気が付いていない感じだったし、それなのに自分から、『俳優やってます』って言うのは、なんだか恥ずかしくて……」
坂上の言葉を聞いて、確かに気が付いていない人に自分が俳優をやっているという事を伝えるのは少し勇気がいる事かもしれない。
そこまで考えると、僕は初めて坂上と会った時の事を思い出した。
「……そう言えば、昨日初めて会った時に、坂上さんの名前を聞いた時に、『それだけ』って、言ったのって……」
「そうだよ。名前を言ったのに全然気が付く素振りが無かったんだもん。知名度がまだまだなんなだなって、少しショックだったんだから」
不満そうな顔を浮かべる坂上に、なんとなく申し訳ないと思った僕が、「その、ごめん」と言って謝ると、坂上は首を横に振りながら、「宇多川君は全然悪くないよ」と、呟いた。
「それに、逆に宇多川君が私の事を知らなくて良かったと思うよ。お陰でこうしてデートが出来ている訳だし」
坂上はそう言うと照れ臭そうに笑った。
僕はそんな坂上の笑顔を可愛らしく感じると、なんだか直視する事が出来ずに視線を逸らした。
「……そう言えば、坂上さんのデートっていう言葉を聞いて思い出したけど、なんでそんなにもその言葉にこだわっているの?」
僕が気になっている事を尋ねると、坂上は表情を暗くした。
「私、今ここにはドラマの撮影で来ているんだ。それで少し前から撮影をしているんだけど、まぁ、その、簡単に言うと演技が上手く出来ていないんだ」
「……覚えなくてはいけない台詞の量が多いの?」
演技の経験がまったく無い僕がなんとか捻り出した言葉に坂上は首を横に振った。
「私はね、所謂負けヒロインの役だから主役をやる人よりは台詞の量は少ないの」
それならば演技が上手く出来ない理由とはなんだろう。
「……監督に言われたの。私の演技は本当に主役の事が好きな様に見えないって、それは恋愛をした事が無いからって」
そう言って辛そうな表情を浮かべる坂上を見ているとこちらまで辛い気持ちになる。
「確かに恋愛はした事が無かったけれど、私なりに必死に考えて準備したものを恋愛をした事が無いっていう理由だけで否定されたのが悔しくて、『それならすぐにデートくらいしてみせます!』
って言って撮影現場を飛び出したんだ」
「……もしかして、それって昨日の話?」
「そうだよ。勢いで飛び出してしまって、これからどうしようって思っている時に宇多川君と出会ったんだ」
坂上の話を聞いて僕は、昨日散歩をしていた時に浜辺に居た集団の事を思い出した。
恐らくあそこで坂上は撮影をしていたのだろう。
「そうか、それでいきなり彼女がいるかどうかを聞いてきたんだね?」
「えへへ、突然の事で驚いたよね。いくら練習でデートと言っても浮気は絶対に駄目だから真っ先に聞かなくちゃ、と思って、聞いたんだ」
「成程、それで僕に彼女がいない事が分かったから大丈夫だと思って、デートに誘われた訳だ」
「そうだよ。それにイケメンだったしね」
「だから違うってば」
揶揄う様に言う坂上に僕は苦笑いをしながら言葉を返すと坂上は、「本当の事なんだけどなぁ」と、呟いた。
「それで、昨日のデートをデートでは無いって言われたの?」
気を取り直して僕が尋ねると坂上は、「そうなの」と言って、大きく頷いた。
「昨日、宇多川君と朝ご飯を食べてから撮影現場に戻ったの。そうして、抜け出した事を謝ってから、デートをして来た事を伝えたんだ。始めは流石にみんな半信半疑だったんだけど、撮影が始まって、私の演技を見たらみんなが、『さっきと全然違う』って言って、驚いていたなぁ」
坂上はその時の事を思い出したのか、そう言って嬉しそうに微笑んだ。
どうやら、僕と朝食を食べた経験が演技に生かされた様だ。
僕は坂上の隣でただご飯を食べていただけで、何も特別な事はしていないが、何気ない出来事も自分の糧に出来る事は流石俳優と言ったところなのだろうか。
そんな事を思いながら僕が、「役に立って良かったよ」と言うと坂上は、「ありがとう」と言って、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「でも、監督にとってはまだ満足いくものでは無かったみたいで、宇多川君ともう一回二人で出掛けてくるように言われたの」
「それで、今日は、『写真を撮る』っていうお題が出てたんだね」
「そうそう、本当に一緒に写真を撮ってくれてありがとう」
「それにしても、まさか俳優さんと写真を撮ってたなんて夢にも思わなかったな。 ……念の為に聞いておくけど、SNSに投稿とかはしないよね」
先程、坂上のSNSに投稿された定食の写真を思い出しながら僕が尋ねると、坂上は楽しそうに微笑んだ。
「試しに投稿してみる? 多分、『このイケメンは誰だ!?』って、バズると思うよ?」
「絶対止めてね? それは多分大炎上の間違いだから」
僕が呆れた様に言うと、それを見た坂上は、「そうかもね」と言って、楽しそうに笑い声を上げた。
やがて、笑い声が止まると坂上は何か思い出したかの様に、「あっ」と、呟いた。
「そう言えば、明日、撮影現場を見に来ない? デートの話をしたら私のマネージャーさんが宇多川君に是非会いたいって言っているんだ」
「えっ、僕と?」
軽い調子で言ったその言葉に驚いた僕が、自分の事を指差しながら尋ねると坂上は、「他に誰がいるの?」と言って、笑みを浮かべた。
「……それって怒られたりしないよね?」
「どうして? むしろ感謝していたよ?」
心配になって尋ねた僕の言葉に坂上は不思議そうに首を傾げた。
『うちの俳優に手を出して許さない!』という展開にもしかしたらなるかもしれないと思っていた僕は実際には会ってみないと分からないが、坂上の言葉に安心をした。
「……それなら良いんだけど、僕が見に行って邪魔にならないの?」
「うん、大丈夫だと思うよ。撮影現場は人がたくさん居て逆に目立つ事は無いと思うし、私が撮影をしている時はマネージャーさんが隣に居てくれると思うから」
数多くのプロの方がいるであろう撮影現場に何も経験も知識も無い僕が行く事で、どう思われるかが不安であり気乗りしなかったが、坂上もこう言ってくれているし、誘ってくれているのに会わないのも坂上のマネージャーさんに失礼であろう、と僕は思った。
「そうだね、そうしたらお邪魔させてもらおうかな」
「うん! もしかたら宇多川君がスカウトされちゃうかもしれないしね!」
坂上は明るい口調でそう言うと、スマートフォンを取り出した。
「えっと、場所はね、海岸なんだけど、どこら辺だったかな」
「場所なら多分分かるよ。朝から海岸で撮影しているでしょ?」
スマートフォンで場所を探し出そうとしている坂上に声を掛けると、「えっ、宇多川君、場所を知っているの?」と言って、顔を上げた。
「昨日、坂上さんと出会う前に海岸付近を散歩していて、そこで見掛けたんだ」
「そうだったんだ。それなら場所は大丈夫だね。ええっと、時間は……」
そして、坂上と集合時間を相談して決めると、「宇多川君、また明日ね!」と、手を振りながら去って行った。
坂上を見送っていた僕は、その姿が見えなくなると、とんでもない事になって来たな、と思いながら自宅に帰る為に足を向けたのだった。
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