笑顔と感情と魔法
役目を終えた宝石の欠片は輝きを失い、ただの石と化した。宝石の欠片だったものを二人でまじまじと見つめたあと、ノアの手によって机の上に置かれる。そして、どちらからともなく顔を見合わせた。
「ははっ、やった! 成功したぞ! アリーシャ!」
「わっ!?」
堰を切ったように笑い出したかと思えば、強く抱きしめられた。ティンタジェルの村のときと同じだ。手を背に回していいものかとその行き場に困っていると、身体を持ち上げられ、クルクルとその場で回り出す。
自分の手で、それも初めて作り上げることができたマジックアイテム。これが成功したというのは嬉しいが、ノアが自分のことのように喜んでくれるとは思わなかった。彼の笑顔が、喜びが、アリーシャの心の琴線に触れる。
成功したときとは違った嬉しさが、心の奥底から込み上げてくる。胸に押し寄せ、いっぱいになると──やがて、止め処なく溢れ出した。
微かに漏れる笑い声。自分でもわかるほどに綻ぶ口元。何年振りだろうか。
アリーシャは、笑っていた。
「……綺麗だ」
ノアは目を細めると動きを止め、アリーシャを自身の方に引き寄せると抱きかかえた。
熱を帯びた赤い瞳。その瞳に映るアリーシャが見えるほどの距離。これまでなら手の行き場に困っていたはずなのに、自然と彼の両肩に添える。
再び、世界から音が消えた。トクン、トクン、と普段よりも速い鼓動だけが耳に届く。まるで、世界にノアと二人きりになったような、そんな気さえしてしまうほど。
「無事に成功して喜ばしいが、今はアリーシャの笑顔が見られたことが何よりも嬉しい」
「……わたしも、そうです。成功して嬉しいのですが、その……ノアが喜んでくれている姿が本当に嬉しくて、気が付けば笑っていました。まだ、笑えるのですね、わたし」
随分と浮かべていなかった笑顔。どうやって笑っていたか忘れてしまったのではとも思っていたが、違った。
この世界に来て、彼に出会って。確実に何かが変わろうとしている。
「ここには、アリーシャを蔑ろにする者はいない。……感情を抑え込む必要も、人の顔色を窺って生きる必要もない」
ゆっくりと下ろされると、ノアは優しく微笑んだ。眉尻を下げ、控えめに上げられた口角。赤い瞳から熱は失われていないが、今はそこに包み込むような優しさも感じられる。
ノアの右手が、アリーシャの左頬に触れた。──ああ、やはり。このぬくもりを感じると、全身が熱くなってしまう。鼓動は速くなり、高鳴る。胸は苦しいほどに締め付けられて、息ができない。頭の中がいっぱいになって、何もできなくなる。何も考えられなくなる。
けれど、離れてほしくない。こうして、いつまでも感じていたい。
この感情の名は、何と言うのだろう。
「……俺の自惚れでなければ、少しは意識をしてもらえていると思っても、いいのだろうか」
「え?」
「何でもない」
ふ、とノアはどこか嬉しそうに笑みを溢すと、頬に当てられていた手がするりと離れていった。視線を机に向け、石と化してしまった宝石の欠片を見ている。
先程まで触れられていた頬に、そっと指先を当てた。ほんの少し、ぬくもりが残っているような、そんな気がした。
「アリーシャ」
「はっ、はい」
名を呼ばれ、慌てて手を戻す。ノアの隣へ行き、彼を見上げた。
「せっかくだから、名前を付けないか?」
「付けても、いいのですか?」
「当然だろう。これはアリーシャが作ったものなのだから」
元の世界では、マジックアイテムに名はない。小瓶にどんな魔法が込められているか、明記されているだけだ。それに倣い、宝石の欠片に治癒魔法を込めたもの、とするつもりだった。が、名前を付けてもいいのなら、どんな言葉がいいだろうか。石と化してしまったものを見る。
(治癒魔法を込めているから、治癒の欠片? ……何だか違う気がします)
わかりやすいと言えばわかりやすいが、できればもっと違う言葉にしたい。
そこで、とあることを閃いた。アリーシャは隣にいるノアに声をかける。
「ノア、ヒールストーンはどうですか? ヒールとは、わたしが使っている治癒魔法なのですが、今は詠唱だけを口にすることが主流になっていて」
ヒールと口に出すことすらほとんどない。それならば、名前に使わせてもらえないだろうかと思ったのだ。
「なるほど、いい名前だな。俺もこれからそのように呼ぶとしよう」
「ありがとうございます」
小さく頷き、再び机の上に視線を戻した。
魔力を込めた宝石の欠片はまだまだある。一つ一つ、慎重に治癒魔法をかけていくつもりだが、これらすべてをヒールストーンにできるかどうか。
それはノアも思っていたようで、光り輝く宝石の欠片を一つ手に取り、問いかけてきた。
「今回は成功したが、前回は何故失敗したのだろうな。魔力は込めることができていたのだろう?」
「はい。ただ……容量の問題があったのだと思います」
アリーシャは、ノアの傷を治した後に石と化したものを手に取った。
「魔力を込められたとしても、そこに魔法をかけられるほどの容量が残っているかどうか。それが、成功するか失敗するかの境目なのだと思います」
「魔法にも容量が必要なのか?」
「わたしも失念していたのですが、魔法をかけると少しだけ容量が増えるのです。失敗したものは、魔法をかけることで増える容量分までは、空きがなかったのかもしれません」
魔法をかける前に気付くことができればいいが、こればかりは手探りでやっていくしかないだろう。
しかし、失敗した宝石の欠片をどうするか。少しの刺激で亀裂が入り、砕けて飛び散ってしまう。人気のないところで処理するにしても、溜めて持って行くのは不安がある。いや、接触しないように浮かせて持って行けば、何とかなるだろうか。安全を取って、失敗するたびに持って行くのが一番か。
頭を悩ませていると、ノアが手に持っていた宝石をアリーシャの前に差し出してきた。
「アリーシャの防御魔法は、かけられる対象は限られているのか? たとえば、この宝石とかはかけられるのだろうか」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「失敗した宝石の欠片は、砕けて飛び散ったのだろう? ある程度の衝撃には耐えられるように防御魔法をかけ、敵に投げつけるのはどうかと思ったんだが」
そのようなこと、思いつきもしなかった。どのようにして防御魔法を維持するかなど問題はあるが、解決することができれば。
防御魔法でコーティングされた宝石を投げれば砕けて飛び散り、敵側にも多少のダメージを与えられるようになる。戦う術を持ち得ない者でも、逃げる時間くらいは稼げるかもしれない。失敗したからと、無駄にせずに済む。
「ノアは、すごいですね。わたしは、魔法をそのように使う方法を思いつきませんでした」
きっと、両親やウィリアム、他の魔法使いや魔女もそうだ。魔法とは、人間や敵であるモンスターにかけるものだと思っているはず。そのような使い方だけを、教えてもらっているから。
でも、とアリーシャの頭にとある人物の言葉が過ぎった。
(……魔法は、不思議を体現させるもの)
この言葉は、アリーシャがいた世界に初めて魔法をもたらした者、原初の魔法使いマーリンが遺した言葉だとされている。
魔法の歴史として習っただけで、深くは考えたことがない。されど、今はこの言葉が頭に引っかかり、気になってしまう。
「アリーシャは、魔力というものを使って様々なことをしていただろう?」
「あれは、魔力でできる範囲であって、魔法ではありませんから……」
「俺や他の皆から見れば、あれは魔法だ」
考え方の相違だ。元の世界では、魔法とは呼ばない。こちらの世界では魔法がないために、魔力だけを使ったものでもそう見えるだけだ。
なのに、首を横に振ることができない。頭の中にあるマーリンの言葉が、否定させてくれない。
「あらゆる可能性を秘めているように思えるんだ。それこそ、アリーシャだけの魔法というのも考えられるんじゃないか?」
その言葉に、アリーシャの世界がひっくり返ったような、そんな気がした。
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