第三章

まるで、魔法のように

 魔力を込めた宝石の欠片に治癒魔法をかけると、淡い光が灯った。数をこなしてきたからだろうか。どの宝石の欠片ならヒールストーンにできるかがわかるようになってきた。完成したヒールストーンを机の上に置くと、その場に座り込み、サイドから眺める。ゆらゆらと灯る光が綺麗だ。

 初めてヒールストーンが成功した日から、毎日こうして作成し続けて数を増やしている。兵士達への試験導入は既に終わり、その利便性が認められて今や必需品となった。兵士に限らず、怪我をしている者であれば誰でも使用できるよう調整もしている。

 これらに、アリーシャは関与していない。すべて、ノアが率先して動いてくれている。

 国のため、民のためになると分かれば、即座に行動へ移す。さすがは王子と言ったところだろうか。その行動力に感服する。

 ノアからは「みなが感謝している」と教えてもらった。期待に応えられるよう数を増やしたいが、作成できるのはアリーシャ一人。起きている間はこうして専念しているが、一日にできる数は魔力の兼ね合いもあり限られている。

 何より、成功ばかりではない。失敗したものには、ノアの提案を受けて防御魔法でコーティングを試みているが、思っていたとおり維持の部分で困難を極めている。こんな体たらくでは、アリーシャだけの魔法など以ての外だ。

 このように日々を過ごしていると、ノアから休むように言われることが多くなった。大丈夫です、と最近浮かべられるようになった笑顔を見せるも、彼は心配そうにしている。

 城から出なくなって、この作業部屋に籠るようになって、どれだけが経っただろう。けれど、何もしていない時間が不安を煽ってくるのだ。元の世界にいたときのように、必要とされず、役にも立てない存在になるのではないかと。

 誰からも急かされていない。休んでも怒られない。わかっているのに、自分自身で追い詰めてしまっている。期待に応えることだけが唯一の存在証明のようにも感じ、休むことに抵抗があった。


「……早く、作らなくては」


 ふう、と息を吐き出すと、机の上に両手を置き、ゆっくりと立ち上がる。が、ぐらりと視界が揺れた。足にも力が入らず、身体が後ろへ倒れていく。が、倒れることはなく、両肩が優しく掴まれ、身体は何かにもたれかかった。

 規則正しい鼓動が聞こえてくる。見上げれば、そこには焦りを滲ませたノアがいた。


「だから、休んだほうがいいとあれだけ……無茶をしすぎだ」

「すみません……ですが、公務は?」

「急いで終わらせた。こんな暗い顔をしたアリーシャを放っておくなど、できないからな」


 来てよかったよ、と言うと、ノアはアリーシャの背に左手を回し、右手で両膝の裏を抱える。抱き上げられ、思わず心臓が跳ねる。


「ノア!?」

「今日はこれ以上の作業は禁止。今からは俺と昼寝。そのあとは話でもして、夕食を取って、また一緒に寝る」

「さ、さすがにそれはできません。わたしは、自室で眠ります」

「駄目だ。そう言っておきながら、ここで作業をするつもりだろう」


 当たりだ。行動が読まれていて、ぐうの音も出ない。

 しかし、このまま連れて行かれてしまうと、今日はほとんど何もできないまま終わってしまう。ノア、と声をかけるも、何も言っていないのに彼は「駄目だ」の一点張り。アリーシャを抱えながら部屋を出ると、近くにいた兵士に声をかけて扉を施錠させる。

 鍵を受け取ると、廊下を足早に歩いていく。使用人や兵士は何事かと視線を送ってくるが、ノアは気にしていない様子だ。

 あっという間にノアの部屋へ着き、そのままベッドへ下ろされる。アリーシャが何かを言う前に両肩を掴まれて押し倒されると、やわらかいシーツがかけられ、隣にノアも寝転んできた。


「さあ、寝るぞ」

「そう、言われても」

「……アリーシャ。鏡は見ているか? どれだけ暗い顔をしているか、わかっているか?」


 眉間に皺を寄せ、心配そうに目を細める。

 鏡は、見ているようでおそらく見れていない。だが、ノアがここまで言うくらいだ。相当酷い顔をしているのだろう。

 ノアの左手がアリーシャの顔にかかっていた髪に触れ、後ろへやった。そして、幼子をあやすように、頭が撫でられる。


「……不安なんです。皆さんの役に立つことをしていなければ、必要とされないのではないかと」

「そんなことはない。アリーシャが過ごしたいように過ごしていいんだ。誰も責めない」


 知っている。それでも、過去の自分が顔を出す。変わろうとしているところに、水を差すかのように。


「不安なら、アリーシャがしたいことを、俺も一緒にしよう。休むことも、街に出て買い物や食事をすることも、何もかも」

「そ……それでは、ノアのお仕事の邪魔をしてしまいます」

「アリーシャの不安を拭うことも、俺の仕事……いや、違うな。俺がそうしたいんだ」


 公務はどうにかなるから気にするな、とノアは顔をくしゃりとさせて笑った。


「それに、俺はアリーシャの笑顔をもっと見たい。心配をかけまいとする笑顔ではなく、心からの笑顔が」

「……っ」


 どうして、この人はこんなにもあたたかく、優しいのだろうか。見捨てようとせず、寄り添おうとしてくれるのだろうか。

 ふと、頭を撫でられている手のぬくもりを感じた。先程までは、何も感じなかったというのに。

 次いで、鼓動が高鳴る。胸が締め付けられ──泣きそうになる。全身でノアのぬくもりを感じたくなり、身体を寄せた。


「……っ、アリーシャ?」


 戸惑う声が聞こえてくるも、背に手が回され、抱きしめられる。

 この世界へ来てから、何度ノアに助けられただろう。言葉が、ぬくもりが、優しく包んでくれる。まるで、魔法のように。

 笑顔を見たいと言ってくれたノアの気持ちが、わかったような気がする。

 アリーシャも、ノアの笑顔を見ていたい。見ていると、嬉しくなる。心が、あたたかくなる。


「起きてからは、どこか出掛けようか。行きたいところはあるか?」

「……甘いものが、食べたいです」

「甘いものか。いろいろあるな、どれにするか……」


 悩むノアの声に耳を傾けながら、重くなってきた瞼を閉じる。

 これまで、何故気付かなかったのだろう。ずっと傍にいてくれていたというのに。


(ノアの傍が、わたしにとって安らげる場所だった。でも)


 この高鳴りと胸の苦しさは、一体。

 ぬくもりを感じながら、深い眠りに落ちていった。

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