何だかおかしい二人
翌朝。朝食を終えると、ノアと共に作業部屋として宛てがってもらえた部屋へと向かった。
まだ魔力を込めていない宝石の欠片は、残り三分の一程度といったところだろうか。とはいえ、三分の二がすべてうまくいったわけではない。炭のように黒くなってしまったものも少なからずある。魔力を込めることができた欠片も、無事に魔法がかけられるかどうか。
部屋の前へと着き、扉を開けると、昨日作業を終えたままの状態が維持されていた。万が一、何かあったらいけないと、アリーシャがいないときは誰も部屋には入らないようお願いしていたのだ。部屋を借りている身で勝手な願いを言って申し訳ないが、聞いてもらえてありがたい。
さて、と宝石の欠片を一つ手に取る。残りの数も知れている。昼食へ呼ばれるまでに、魔法をかけるところまで進められるかもしれない。
優しく包み込み、魔力を込める。昨日のうちに様々な宝石に触れたからだろうか。この宝石なら成功する、失敗する、というのが掴めてきた。今持っている宝石は、成功するはず。込め終えてから手を開くと、思っていたとおりの結果でつい嬉しくなる。
手にしていた宝石を置き、次のものを、と右腕を伸ばしたとき、さらりとした金髪が左頬をくすぐった。太陽のようなあたたかい匂いが微かに漂い、その距離の近さに心臓が跳ね、思わず息を呑む。
「始めてまだ丸一日も経っていないというのに、随分と手慣れたものだな」
──ノアだ。
昨日の一件から、どうもおかしい。あのあと、街を案内してくれることになり城の外へ出たのだが、とにかく距離が近い。常に肩がぶつかるような至近距離にいて、誰かが話しかけてこようとすれば、さりげなく間に入ってくる。アリーシャの噂を聞きつけた子ども達に囲まれ、魔力を使って何かを見せているときも片時も傍から離れなかった。
それが嫌だというわけではない。ただ、おかしいといえばアリーシャもそうなのだ。
手の甲、髪への口付け。レオのときは何も思わなかったはずなのに、ノアにされてからは妙にそわそわとしてしまう。近くに来られると、血液が沸騰しているのではないかと錯覚するほど、身体が熱くなる。
今もそうだ。ノアに聞こえてしまっているのではと気になるくらいにうるさい鼓動。胸は苦しくて、呼吸の仕方がわからなくなる。
これでは何も手につかない。離れてもらおうと、顔の向きは変えず、唇を震わせながらノアへ呼びかける。
「……あの、ノア。お、お仕事は、よろしいのですか」
「書類仕事はこちらへ持ってきた」
「で、では、そちらのお仕事を」
「……そうだな。これでは、アリーシャの邪魔になっている」
ぬくもりが離れ、コツコツと歩いていく靴音が聞こえた。軽く振り返れば、書類が置いてある席に向かって歩いているノアの背中が目にはいる。
視線を戻し、机の上に並べられている宝石を見た。これでよかったのだ、お互いすべきことがあるのだから。そうは思うものの、感じなくなってしまったぬくもりに、一抹の寂しさを覚える。
「そうだ、アリーシャ」
「はっ、はい。何でしょうか」
話しかけられ、両肩を震わせながら振り返る。
「ルカのことだが」
そういえば、ルカから呼び出されたと言っていたが、どんな話をしたのかは聞いていなかった。何だろうかと首を傾げると、ノアは肩を竦めた。
「父上と母上、あと俺から話を聞いたので、わざわざ挨拶は必要ないそうだ」
「そ、そうですか」
国王と王妃から話を聞き、補足説明をさせるためにルカはノアを呼んだそうだ。話が聞きたいなら自分から来るべきだと、ノアは眉間に皺を寄せながら苦言を呈する。
実際、レオは話を聞いて気になり、こちらへやってきていた。ルカは、誰かから話を聞くことができればそれでいい、というタイプなのだろうか。
「ああ、それと、治癒魔法には興味があると言っていた。……近々、見せに来いと言ってきそうだな」
「ルカ様は、どのような方なのですか?」
「性格はかなり変わっている。一言で言えば偏屈な奴だが、賢くもあってな。薬の開発に携わっている。現に、ルカの薬で助かっている者も多い」
その話を聞き、合点がいった。
ルカが治癒魔法に興味があるというのは、病や毒に効くのかどうか、という点なのかもしれない。もしそうであるならば、答えは一つ。
魔法使いや魔女が使う治癒魔法では不可能だ。
あくまで、治癒魔法は傷を癒すもの。元より、病を治すことは誰にもできず、解毒や解呪などの状態異常は僧侶にしかできないのだ。
もし、想定していたとおり訊かれたとして、こう答えたとしたら。
どう受け取られるだろうか。治癒魔法と謳っておきながら、役に立たないと思われてしまうかもしれない。
「アリーシャ?」
「ご、ごめんなさい。少し、考えごとをしていました」
「ルカと会うときは俺も立ち会う。……レオのときのように、二人きりになられるのは嫌だからな」
むす、とした表情を浮かべると、ノアは椅子に腰掛けた。昨日のことをまだ引き摺っているようだ。そういうところが幼く見え、レオから揶揄われるのだろう。
書類に目を通し始めたノアを一瞥し、アリーシャも中断していた作業を再開する。宝石の欠片に魔力を込めては、机の上に置き、別の宝石の欠片に魔力を込める。黒くなってしまったものは別のところへ。
そうして、どれだけの時間が経っただろうか。ようやく魔力を込める作業が終わった。まずはひと段落。だが、これからが本番だ。
魔力を込めた宝石の欠片を一つ手にとる。魔力はしっかりと込められており、何の問題もないように見受けられる。が、昨日は魔法をかけると、粉々に砕け散ってしまった。
何が原因で失敗したのか。ここにある宝石の欠片には、治癒魔法に必要な魔力を込めている。魔法も失敗していない。
しかし、あの宝石の欠片は砕け散り、レオが怪我を負ってしまった。
もしかして、とある要因を思いつく。アリーシャは手に持っていた宝石を両手で包み込み、深呼吸をしてから口を開いた。
「癒しの光よ、ここに来たれ」
両手から漏れ出る光。ここまでは昨日と変わらないが、違いはすぐに出てきた。
光が落ち着く速度が違うのだ。その様子に、アリーシャ自身も昨日はなかった手応えを感じた。要因も、思いついたもので当たりだろう。
マジックアイテムに馴染みのある世界ならば、こういう問題にぶつかることはない。量産できる仕組みが確立されているからだ。ここでは、中々簡単にはできない。けれど、何だか楽しい。
気になったのか、ノアが隣へやってきた。完全に光が消えたのを確認すると、アリーシャは両手をノアの前へ出す。
手応えはあったものの、この瞬間は緊張してしまう。そっと開くと、手の中には中心に淡い光が灯った宝石が転がっていた。
「アリーシャ、これは……」
「はい、成功しています」
「本当か! やったな!」
あとは、この宝石の欠片で治癒魔法が使えるかどうか。ノアは自分の身で試すと言ってくれていたが、やはり頼むのは気が引ける。
と思っていたが、ノアの行動は早かった。昨日砕け散ってしまった宝石の欠片を集めて置いていたのだが、そこから一つ手に取ると、力強く握り始めた。
「ノア! どうして」
「アリーシャの手伝いがしたいと思っても、俺にはできることなどない。せめて、これくらいはさせてくれないか」
集めたときに見たが、どれも鋭利に尖っていた。今、ノアの手のひらには欠片が刺さり、痛みが彼を襲っているはず。それでも、表情は曇らない。
手から血が伝い、ぽたりと床に落ちる。ぽた、ぽたと連続して落ちたのを確認すると、ノアはゆっくりと手を開いた。
欠片は溢れ出た血で赤く染まっている。それで自身が傷つくことも厭わず、アリーシャはその欠片を手に取り、代わりに治癒魔法をかけた宝石の欠片をノアに手渡した。
「これを、傷口の近くに持っていってください」
「当てなくてもいいのか?」
「はい、大丈夫です。これで治癒ができれば、本当に成功です」
アリーシャの言葉に頷くと、ノアは宝石の欠片を傷口のすぐ真上に持っていった。ノアの手のひらを傷つけた欠片を机の上に置き、静かにその様子を見守る。
考えたくはないが、何も起きない可能性もある。その場合は、治癒魔法をかけて傷を治す。
二人が固唾を呑んで見守っていると、宝石の欠片が淡く光り出した。その光は次第に大きくなり、怪我をしたノアの手を包み込む。
アリーシャも、ノアも。一言も発さない。
放たれた光は、手のひらに負った傷を治していく。塞がるにつれて淡い光も少しずつ、少しずつ消えていき、完全に光が消えると、傷口も綺麗に消えていた。
「……あたたかくて、心地いい。アリーシャの魔法と同じだ」
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