第7話

玲子に視線を飛ばす。と「飲むの?」と疑いの目を向けてきた。

「ああ、そっか、ビールは高校生は駄目なんだまだ高校生だもんね。じゃあビールは僕俺だけ飲ませてもらおう」

 なかなかグラスを取ろうとしない俺を訝しがって考えた後、俺の考えを察したかのように横山さんが瓶を持ってビールを自分のグラスに注いだ。

「えっと、雄太君は今高二になるんだよね?」

 横山さん、会話に気を取られたのか、ビールの泡がグラスから溢れている。 

「あ、いかん」

 横山さんが慌てて口をグラスに当てる。溢れ出るビールを吸うように飲んだ。

 ビールを飲む前から酔っているんじゃないだろうか。

「大学というか、受ける大学は決まってるの?」

「一応国立を」

「そっか。まあ雄太君だったらいいとこ行けるんじゃない? 翔子さんが言ってたよ。雄太君は頭いいから頑張ったらいいとこ行けるんじゃないかって…………」

 そこまで話しかけて、横山さんはしかめっ面でビールをもったグラスを置いた横山さんがしかめっ面をする。

「しまった。僕俺もビール飲めないんだったわ。今日車でここ来たんだわ。あ~あ、どうしよう」

目を極限まで開いような表情をして驚いている。

 ビールを飲んでから気づくなんて、ドジな人だ。玲子が笑うの必死でこらえている。こっちは呆れて物も言えない。

 横山さんを見ているとネットがなかなか繋がらない時のように苛立ってくる。

 おどおどした態度といい、精神年齢は僕俺とあまり変わらないんじゃないだろうか。父ちゃん坊やのような気がしてきたイメージがある。

 いつの間にかすぐ横に男性店員が料理を手に立っていた。

「お待たせしました」」

 炒飯、餃子、テーブルの上に料理が手際よく並んでべられていく。

 横山さんが餃子を見た後にで、名残惜しそうにビールを見た。

 すでに一口飲んでいるから何も変わらないとは思うが、何も言わないことにした。

「まあ仕方ないか。ああ、しっかり食べてよ」

 横山さんが残念な思いを振り切るようにして、先にスプーンで炒飯を口にした。

 玲子と顔を見合わせる。

「二人ともどうしたの? さ、さ、遠慮しないで食べてよ」 

 横山さんに言われてようやく箸を手にした。箸で餃子を取ってタレの入った小皿のタレにつけ、て口に入れた。

 緊張が和らいだといっても横山さんがいるせいか、普段食べているものよりもおいしいのは間違いないけど、そのおいしさをイマイチ楽しめないでいた。

 玲子は俺が食べるのを見てから、スプーンで炒飯を食べ出した。

「いいね、若いって。僕俺も君らぐらいの頃は、若いのが当たり前だと思ってたよ。でもいつのまにか四〇過ぎちゃったよ」

 遠い昔を思い出すように遠い目をして頷く。

 一瞬、横山さんの周りに白い靄が見えた。何があったのかは知らないが、なんとなく横山さんの思い出している遠い昔に触れた気がした。

「本当、悪かったね、今まで苦労かけて。今更こんなこと言ってもしょうがないことぐらい分かっているけどね。実は去年の暮れに同窓会で、久しぶりに翔子さんに会ったんだよ。僕俺が家内と別れたって話すといろいろ気遣ってくれてね」

 別の女性と結婚していたのか。たけど、その女性と別れて、また母さんと付き合うようになったってことか。

 お互い独り身で昔の想いが再燃したのだろうかとか、そんな話だったりするのかと頭の中でぐるぐると考えた。

 隣で玲子が先ほどと打って変わって無表情で炒飯を食べている。

「妙に落ち着くんだよね、彼女といると。彼女がこれから一緒にいてくれたらどんなにいいかと思ってね。その前に君に、そう、謝らないとね。…………申し訳なかった」

 深々と頭を下げた。地肌が目立つ頭頂部が見えた。

 あまり食事中に見せられるのはいい気がしないと思った。

「僕俺だって翔子さんと結婚したかったんだ。でも当時うちのおふくろが反対してね。何というか、おふくろを悲しませる結婚はしたくなかったんだよ。雄太君だってそうじゃない? それで仕方なくまあその、別の女性と結婚したんだけど、。今はおふくろも亡くなってね…………」

 横山さんが身の上を話し出した瞬間、玲子が勢いよくスプーンを置いたき、低めの声で話を遮った。。

「ちょっといいですか…………?」

 低めの声で話を遮った。炒飯が口の中に残っているのだろう。次の言葉がなかなか出てこない。

 嫌な予感がする。何を言い出す気だ?

 しかし、玲子を止める勇気はなかった。

「お父さんその話ですけど、言い訳してるようにしか聞こえないんですよね」

「ぼ、僕俺は本当に申し訳なく思っているよ」

 また横山さんのおどおどとした雰囲気がし出した強くなった。

「お母さんが反対したからとか言われてたじゃないですか?」

「いや、だからって僕俺が悪くないなんて言ってないよ」

「仕方なかったって言われてましたよね?」

 横山さんに食ってかかる。明らかに喧嘩腰だ。

 心細くて連れてきたことが、完全に裏目に出た。 

 後ろを振り向くと、隣のテーブルの客がこちらを怪しげに見ていた。

 とっさに玲子の左腕を掴んで、座るように促しただ。

「お母さんに反対されたから好きな女性を諦めるなんて、ちょっと情けないんじゃないかなですか? だったら悪いのはあなたのお母さんってことなんですか?」

「君、何でそうなるの?」

「いくら反対されても本当に愛してたらら駆け落ちぐらいするでしょ!」

 もう玲子の口は水が溢れ出る壊れた給水管みたいなもんだ。俺には止める術はない。

「雄太君にしたって、ずっと放っとかれてたわけだし」

「僕俺はきちんとまあその、認知もしたし、お金というか、養育費も出してきた。雄太君のことはずっと気にかけてたんだ」

「養育費出したから放っぽりだしてないっていうんですか?」

 横山さんが言い返す度に玲子の語気が強くなる。

「いや、だから、えぇと、そうじゃないんだよ。ああ困ったなあ」

「養育費なんて法律で義務だから出しただけでしょ?」

「何でそんなにムキになるんだよ?」

 俺には玲子が何に怒っているのかわからなかった。ただ、なだめたい一心で口を挟んだ。

「中学の時に岡恵子っていたでしょ? 私、あの子と仲良かったんだけど、あの子中学の時に両親が離婚したの。お父さんが浮気が原因で。あの子、どんなに悲しんだか」

 岡恵子は中学の時に確か黒田っていう苗字に変わった。すぐに転向したこともあって、特に気にもとめてなかった。

 父さんが俺は別に浮気をされたわけして出て行ったわけでもない。物心ついた時から父親がいなかったからそういう気持ちにはならなかったけどし、玲子が何を言っているのかいまいちピンと来なかった。

「あの子のお父さんも養育費だけ払って、新しい奥さんと一緒になったの。その後恵子がどんなに辛い毎日送ったか。あんな身勝手な父親許せないと思ったわ!」

「岡さんのお父さんと横山さんは違うだろ」

「一緒よ。どちらも身勝手じゃない」

 玲子の身勝手が何を指しているのかはわからない。

 和やかになった空気はどこへやら、ただ、一気に重苦しい空気が立ち込める。、胃袋が鉛を詰め込まれたように重くなったのだけはわかった。

 料理も喉を通らな今は。言いたいことを言い終わったきった玲子は、また無表情で憤慨した様子で炒飯を頬張っていたり始めた。


                         5


 中華料理店を出て、玲子と大通り横の歩道を歩いて帰った。

 秋も終わりに差し掛かっている。道にはちりめんの布団を敷いたように紅葉が広がっていた。日差しは暖かいけど空気は冷たい。来るときはレジャーに行くような嬉々としたものだった。が、今は打って変わって帰りはお通夜のように会話がない。

 前の信号機が点滅しているのに気がつかず、横断歩道に足を踏み入れた玲子を。慌てて渡るのを止め引き寄せて、立ち止まった。

 車道の信号が変わると停止線で止まっていた車が一斉に動き出す。

 玲子がふーっと疲れを吐き出すようにため息をつく。

 ため息つきたいのは俺の方だ。

「どうした?」

「あそこまで言わなくてもよかったかなって…………」

 声と顔に後悔の思いが滲み出ている。

「うちって熱くなるともう自分でもブレーキ効かないのよね」

 いやもし、玲子とブレーキの効かない自転車を並べてどちらを止めるかと聞かれれば、止めるほうがこいつの暴走を止めるより楽に思える俺は自転車を選ぶだろう。

  それにしてもさっきはあんなに熱くなっていたのに今は申し訳なさそうな顔をしている。俺の中で「そらみたことか」という思いと「愛おしい」思いが、らせん状に入り乱れている感じだ。

「雄太のお母さんに悪いことしたんじゃないかな」

玲子は母さんと横山さんが好き合っているのに抵抗があった俺に代わって怒ってくれた。その上母さんの幸せまで気遣ってくれている。もし逆の立場だったら同じことが言えただろうか? と聞かれると、そんな繊細さは俺にはないだろう。どこまでいっても自分のことばかりだ。

「あれでよかったんだよ」

「さっきはうちを止めてたくせに」

「あの人に遠慮してただけよ。今思うと玲子は俺の本心を代弁してくれてたと思うよ。そうだよ、今頃になって謝られても許せるかってんだよ。大体母さんがいい齢して人を好きになるのがいけねえんだよ」

 玲子が大きな目をさらに大きくさせた玲子がて俺を見る。

「雄太、それ言いすぎじゃない?」

「さっさと別れちゃえばいいんだよ」

「雄太、それ言いすぎじゃない?」

 玲子が横山さんを問い詰めるのを聞くうちに思った。そうなんだ、俺は長いこと、あの人から放っとかれたんだ。今頃になってのこのこ現れて言い訳の洪水を浴びせられてもかえって迷惑だ。怒りが沸々(ふつふつ)と湧き上がってきた。

 

そのまま玲子と別れて家まで歩くうちにの道のりで少しだけ頭が冷えた。

 家の前までくると魚を焼く匂いが漂ってきた。

 多分秋だし秋刀魚だったら嬉しいな。と期待しながらドアを開けた。ると台所で料理をしている母さんが振り向いた。俺を見るなり、待ってましたとばかりに包丁をまな板の上に放っぽり出して駆け寄ってくる。

「どうだった?」

 俺の表情を見逃すまいとして水槽の金魚みたいに目玉が今にもせり出してきそうだった。

 俺の気持ちとは裏腹に、母さんの「いい人だったでしょ?」という恋する乙女のような視線が僕俺を辟易とさせる。会えと言われたから会った。、それだけのはずだ。何を期待しているんだ。

「ご飯一緒に食べたよ」

「どう思った?」

「まあそこそこイケメンだったよ」

「雄太に似てるでしょ?」

「ちょっと変な気が、したけどね」

 母さんの目が一層爛々としてくるのを見るときた。夜光の球のように、押しつぶされそうになる。

「それと何か歳の割におどおどして頼りないって感じしたな」

「そこがまた魅力なの。放っておけないっていうか。母性本能くすぐられちゃうのよね」

 母性本能くすぐられる? 恥ずかしげもなくそんなこと言えるもんだ。いくらあの人が子供っぽいからって、四十半ばの男性に母性本能を感じるとか熱っぽく言われても困る。こっちは寒くなってきた。まだストーブも出していないんだから勘弁してほしい。今の母さんに何を言っても通じないような気がした。

「ちょっとトイレ」

 俺は逃げるようにトイレに向かった。もう横山さんの話は勘弁してほしい。実際に会って横山さんに対する拒絶感が一層強くなった。

 赤と黒の金魚が二匹、水槽の隅で静かに仲良く漂っていた。


                    6



 日曜日 午後 

 玄関のチャイム音が部屋に響く。こんな時間に来るのは中根さんぐらいだったので、なんの疑いもなくドアを開けた。しかし、そこに立ってたのは中根さんよりも二回りは大きい男性だった。

「や、やあ雄太君。こんにちは」

 ドアの前にいるのは横山さんだった。あれから母さんが横山さんの話をしないから油断していた。

「すまないね。いきなり来ちゃって…………ちょっとお邪魔させてもらっていいかな?」

 母さんが台所から玄関を覗き込んだ。

「あら横山さん」 

「こんにちは」

「さあ上がってください」

 脱いだ革靴を丁寧に揃え、家に上がって来る。

 前会った時もそうだったが、不安そうながらも愛想はよかった。今日はさらに愛想がいい。歯磨きの宣伝みたいにニコリと笑う。

「ああ雄太君、えっと、これよかったら。靴なんだけど」

 横山さんが持ってきた袋を頭をかきながら俺に渡してくる。

「雄太、ちゃんとお礼言わなきゃ」

「ありがとうございます」

 努めて渋々と心の籠(こも)らないお礼の言葉を搾り出す。そんなもん、いらないと言って突き返してやりたい。でも心のどこかに靴をプレゼントしてもらって嬉しい気持ちがあった。

 これも貧乏人の性か。喜んでしまう自分が悔しい。

「いいんだ、いいんだ。えっと二六・五でよかったよね?」

「どうして知ってるんですか?」

「いやね、前にここ寄らせてもらった時、ちょっと雄太君の靴を見せてもらったんだよ」

 やっぱりうちに来ていたんだ。

 俺は土日に出かけることが多いから、隠れていくらでも会えたんだろう。

 知らないうちに靴のサイズを勝手に知られているとかストーカーに遭ったような気分だ。体の奥底で虫が蠢くようなムズムズとした不快感が襲ってくる。

「こちらにどうぞ」

 横山さんがテーブルに着こうと椅子を下げる。

「痛っ」

 横山さんが大声を出して顔をしかめた。

「どうしたんですか?」

「何でもない。気にしないで」

 相変わらずドジな人だ。椅子を下げた時に足の指をぶつけたみたいだ。

 足の親指を痛そうにさすりながら情けない顔で椅子に座った。

 母さんも母さんだ。自分の子が怪我したような心配そうな顔をしている。ちょっとオーバーだ。

 早く帰ってくれねえかな。あまり長く居られるとこの人の嫌な匂いがこの部屋に染みこんじゃいそうだ。

「実はね、雄太君が俺のこと、そう、誤解してるんじゃないかと思ってね。言ってたじゃない。俺が言い訳ばっかりしてるとか」

 それは俺じゃない。言ったのは玲子だ。後になって同意したのは確かだけど、残念なことに玲子に言い訳と決めつけられた横山さんの言葉が、もはや俺にも言い訳としか聞こえない。親が反対したから結婚できませんでした。子供は作りました。養育費も払っていたし、放ったらかしにしていたわけじゃない。これから仲良くやっていこうなんて自分勝手だと思う。

「そんなこと言ったの? 横山さん、すいません。この子、口が悪いんですよ」

「いいんだ、そう思われても仕方ないよ。でもね雄太君、僕俺が君や翔子さんに何というか、そう、申し訳ない。うん、申し訳ないと思っていることだけは分かってほしい」

 わざわざそんなこと言いに来たのか。別に俺にとってはどうでもいいことなのに。

「雄太、横山さんああ言ってるのよ? 何か言ったげて」

 いちいちこの人の肩を持つ。

 母さんが横山さんに好かれようと言葉を積み重ねるたんびに、俺の横山さんに対する嫌悪感が増幅していく。

「横山さんと別れたのは母さんにも責任あるんだから」

「どういう意味?」

「翔子さん、いいんだ」

 二人が顔を見合わせる。

 あこに何があったかは知らないが、俺だけが蚊帳の外のようだ。

「いや、悪いのは俺だよ。翔子さんとあの時結婚しなかった俺が悪い。俺が申し訳なく思っていることを分かってほしい」

 当然だ。母さんを捨てたんだから。

「確かに横山さんの言葉に嘘はないかもしれない」

 ここで激情してもいいことなんかない。むしろこの二人のことだから「いつか分かってくれるはず」と二人の世界に入ってしまうに違いない。そんな光景を見せつけれられるくらいなら言葉を飲み込んだほうがマシだ。

「もちろん嘘じゃないよ。これからできる限り償っていこうと思ってる」

「今頃償うって何をどう償うの? 困るんだよね」

「雄太、そんなこと言わないで。横山さんをお父さんだと思って大事にしてあげて」

 相変わらず横山さんの肩を持つ母さんにヘドが出そうになる。ますます俺の神経が逆撫でられて、いまにも殴ってしまいそうになる。

「この間まで他人だった人をいきなりお父さんって思えっての? 結婚したいんなら二人だけでどうぞ。同居だけはごめんだからね」

 俺と横山さんを一緒にするなんて冗談じゃない。

「こっちもあんたが認めたくないなら結婚しないわよ! あんたに言われなくっても」

 母さんの顔つきがやばくなった。目が血走って唇が震えている。

 ちょっと言い過ぎたとは思うが俺もここまで言った以上後には引けない。

「好きにすればいいだろ!」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。二人が喧嘩することないでしょ。悪いのは俺なんだから」

 そうだ、全て悪いのはこの人だ。母さんがこの人の肩を持つからもっとややこしくなる。母さんがかばえばかばうほど、この人が憎たらしくなる。母さん、何で俺のことを考えてくれないんだ。

 もはやまともに口がきけるきがしなかった。もう一緒にいたくない。

 立ち上がって玄関に向かった。

 横山さんが俺の腕を掴んだ。

「雄太君!」

「放してよ」

「こんな子、放っときゃいいのよ」

 横山さんの手を振り払い、家を飛び出た。靴のかかとを踏んだまま階段を駆け下りた。

 もう嫌になった。何だって母さんはあんな人の味方をするんだ。

 あてもなく川沿いの道を歩いた。体を動かしていないとどうにかなりそうだった。 

 母さんの顔が浮かんだ。さっきの母さんの怒り方が気になる。あんな怒り方した母さんは今まで見たことがない。これまでキレることなんかなかったのに…………あんなに怒るほどあの人のことが好きなのか?

 ひとしきり横山さんに言いたいことを頭の中で出し切ったからかもしれないが、十分も歩くと頭が冷えてきた。家の近くのよく来る公園まで戻り、いつも座って本を読むベンチに向かったが、すでに中学生ぐらいの男子二人が先に座って話をしていた。仕方なく携帯をいじりながら公園を歩く。

 俺の沈んだ気持ちをよそに心地よい風が吹き、落ち葉がカサカサと音を立てている。

 母さんはあの人のことが好きで俺は嫌いだ。結婚して一緒に住むと言うなら本当に家を出てしまいたい。

 考えれば考えるほど気分が悪くなってくる。片頭痛持ちになったかのようだ。

 そうだ、玲子に話をしてみよう。 

 俺一人じゃ埒が明かない。玲子なら俺の気持ちを分かってくれると思った。

 玲子の発信画面を呼び出して、発信ボタンに手をやった。しかし、いざボタンを押そうと思っても指に力が入らない。

 考えてみれば俺と母さんであの人に対する思いが嫌になるくらい違うんだから、どうしようもない。あいつは真面目だから、この間みたいに玲子を悩ませてしまうだけだろう。

 結局そのまま携帯をズボンにしまいこんだ。で、そのまま図書館に向かった。


 図書館に入って怪奇ものの小説を棚から探し出した。

 こういうときは本を読むに限る。

 読むうちに小説の世界に没頭していった。

 三章を読み終えたところで窓の外に目をやるといつの間にか外は薄暗くなっていたが、壁に掛けられている時計を見ると六時を少し過ぎたくらいだった。日が暮れるのも早くなったものだ。

 十一月も終わりに差し掛かっている。残りは今度読むことにした。


 図書館を出て足早にアパートに向かう。

 アパートの近くまで来ると、足が進まなくなってきた。

 あいつがまだいるのかもしれないし、母さんがまだ怒っているのかも気になる。

 重い気分でアパートの玄関の階段をゆっくり上った。

 家の前までくると空き巣が中の様子を窺うかのようにドアに顔を近づけたが、中から包丁とまな板がぶつかる音がするだけで人の声は聞こえてこなかった。

 もういないだろうと思いつつも万が一のことを考えてそっとドアを開けて中を見た。

 下に目を向けると、あいつの靴がない。ちょっとだけ気が楽になった。

 台所では母さんが包丁でまな板を荒々しく叩く音がする。

 俺が帰ったの気付いたはずだが、こっちに背中を向けたままで俺の方を見ようともしない。何て声をかけたらいいのか分からず、とりあえず奥の部屋に向かった。

 部屋の片隅にあいつがくれた靴が入っている袋が置いてあった。

 あいつのことはやっぱり好きになれないけど、どんな靴をくれたのか気になった。今の俺の靴は汚れているし、靴底も大根おろしで削ったように磨り減っている。買ってもらった靴はセール品だし、もう半年は履き続けている。

 母さんが台所にいることを確認してから袋を持ってテーブルの上に置いた。袋を開くと中に飾り気のない箱が入っていた。箱には何か読めないが外国語が書かれている。ドキドキしながら袋から出した箱の上ぶたをゆっくりと持ち上げた。

 開封すると心地よい皮特有の香りが漂ってくる。純白のスニーカーが白い紙に包まれた状態で箱に収められていた。靴底に赤のラインが側面に入っている。

 一目見ただけでわかる。自分の知るスニーカーとは違う、質の良いスニーカーだと確信した。

 目の前にあるスニーカーの正体が知りたくなり、箱にでかでかと書かれているロゴをノートパソコンで検索してみた。検索の一番上に出てきた「ジョン・ロブ」のサイトを開いた。

 激安メーカーなんじゃないかと思ったが、そこには高級感あふれるスニーカーを履いた男性外人モデルの写真が並んでいた。あいつがくれたスニーカーと同じスニーカーを履いている外国人の写真をタップすると、製品のページに飛んだ。

 ページを見た瞬間、肝っ玉がひっくり返るほど驚いた。

 七万二千円だって…………? うちの家賃の三か月分じゃないか!

 ページに掲載されているスニーカーとあいつのくれたスニーカーを見比べてみた。ロゴの位置もラインの入り方も一緒。間違いなく同じものだ。値段を間違えたんじゃないかと思って再度値段を確認してみたが、値段も間違いない。

 靴をくれたというんでその辺の運動靴あたりかと思っていたが、そんなことはなかった。

 思わずスニーカーを手にとった。大きさに似合わず軽くて指に吸い付くような感じがたまらない。レザーの香りが俺の脳内をまどろませてくれる。胸の高鳴りを抑えきれず、ちょっとだけ履いてみることにした。

 スニーカーを床に置いて右足を差し込もうとした瞬間、台所から母さんがこちらを見ている姿が目に入る。軽蔑を染み込ませたような視線だった。風船のように膨らんでいた期待とか喜びが一気に萎んでいった。

 床のスニーカーをテーブルの上の箱に戻した。


                    7 


 学校帰り、玲子と道路沿いの自販機でカフェオレを買う。い、いつもの公園のベンチにやって来た。ベンチは昨日の雨のせいで少し濡れていた。見た感じ、そのまま座っても話しているうちに乾きそうだ。

「玲子、ちょっと濡れてるぞ」

「大丈夫。拭いたげるよ」

 玲子がスカートからハンカチを出してベンチを吹いてくれた。

 ベンチに腰を下ろした。ベンチの背にもたれると、じとっと背中が濡れた。

 玲子はベンチの背中は拭いていなかったっけ。

 後ろを見ると草葉が濡れたベンチの背にかかっていた。雨に打たれた重みに負けて、頭を下げている草葉の姿がどこか痛々しく見える。前を向くとベンチ前の水溜まりが太陽の光を反射して眩しく、思わず手で目を覆った。

 ベンチから少し離れたブランコで四、五歳ぐらいの男の子が母親とくったくのない笑顔で遊んでいて、玲子がその様子を自分の子供を見るような目で見ている。確かに癒やされる光景だ。俺の気持ちとは無関係にに公園の中はいつも通りの時間が流れていた。

 小さい頃、母さんもよく俺をブランコに乗せて背中を押してくれたっけ。

「横山って人、日曜にうちにきたんだよ」

「一緒に食事とかしたの?」

「途中で家を出たんだよ。何か居づらくて。スニーカーお土産に持ってきてくれてたよ、外国製の。ネットで調べたら七万ちょっとするやつだった」

「凄いね。今度見せてよ」

 玲子の顔が明るくなった。

 そりゃ、こんな薄汚れたスニーカーを履いている俺が靴を新調するのだから言いたいことはわかる。けど、そうじゃないんだ。

「まだ履いてないんよ。どうも履く気がしねえんだ」

「どうして? せっかくもらったのに」

「履いたら負けみたいな気がするんだよ。あいつの思い通りになっちゃうみたいで」

「何でそんなに意地張んの? いいじゃん、せっかくもらったのに」

 相変わらずひねくれてるのね、と言われた気がした。

「そうはいくかよ」

「送り返すん?」

「別にそこまでしねえよ、送料かかるし」

「ずっと下駄箱に置いとくん?」

「オークションで売ろうかな? 生活費の足しになるし」

「はあ?」

「痛っ!」

 玲子の奴がいきなり俺の太ももをひっぱたいた。

「ぼろい靴履いてるのに、意地だけは張るんだから」

 確かに意地かもしれない。あれだけあいつのことを嫌っといて、スニーカーをもらうというわけにはいかない。もらったら父親として認めなきゃいけなくなる気がして嫌だった。

「いいだろが、まだ十分履けるんだし。物を大事にするのが悪いのか?」

「それはいいことだけど」

「靴下も大事にすんだぞ。時々破れたとこから指出てるけどさ」

「ダ、サ、イ」

「クサイよりいいだろが」

 玲子が少し呆れ気味に笑った。

 公園のベンチに座ってカフェオレを飲みながら駄弁るのもいいもんだ。そう、玲子も俺がオークションで売るなんて本気でするとは思ってない。そして俺は玲子が怒っているとも思っていない。これが俺たちなんだ。

 ブランコで母親と遊んでいる男の子の笑顔がかわいらしく、ついつい目がいってしまう。男の子のシャボン玉のような笑い声が響いては空に溶けていく。

「あの男の子を見ろよ」

 いつもの軽い返事がない。

 玲子の顔を覗き込むとさっきまで笑っていた表情が消え、代わりに試験中のようなこわばった顔をしている。

「どうした?」

 玲子が飲んでいたカフェオレの缶をベンチに置いた。そして急に立ち上がり、俺に背を向ける。玲子のシャツも背中が少し濡れていた。

「…………うちら今日で別れよ」

「な、何て?」

 玲子は背を向けたまま何も答えない。

「何とか言えよ!」

 玲子は亀のように微動だにしなかった。

 突然の言葉に頭に雷が直撃したような衝撃が走る。立ち上がって玲子を問いただそうとしたが、体が雷のショックで硬直したように動かない。別れたくないという縋(すが)るような思いだけが未練がましく膨れ上がる。 

 ただでさえこのところ毎日辛いのに、玲子にまで見捨てられるなんて残酷だあんまりだ。今、俺には玲子しかいねえんだから。…………いっそ千尋の谷に突き落とされた一思いに死んでしまったほうがマシに思えた。

 しばらくの間、胸が締めつけられる思いで玲子の背中を胸が締めつけられる思いで見たるしかなかった。玲子が次に何を言うのか、言葉を待った。

 焦燥感が俺の心拍数を上げていく。

 やがて玲子の肩が波打ち始めた震えだした。

 何か怒らせることをしただろうか。スニーカーを売るなんて冗談に決まってるし、俺がひねくれているのも今に始まったことじゃないだろう。何に怒っているのかわからないけど、謝るしかない。

「玲子、理由を教えてくれよ!玲子 何でだよ?」

 何も答えない玲子にしびれを切らして呼びかけた

 玲子の肩を掴むとがようやくこっちを振り向くと、いた。俺の思っていたのとは正反対の顔をしていた。おたふくみたいな顔して口に力を入れて笑うのを必死にこらえている。おたふくみたいな顔して。そして、もう無理とばかりに今度は溜めていたものを一気に吐き出すがごとく大声で笑い出した。

「あはははは。」

 今度は溜めていたものを一気に吐き出すように大声で笑い出した。

「冗談よ。ね、本気にした?」

 俺の体から力が抜けていった。代わりに今度は怒りが込み上げてくる。

「おちょくってんのか?」

「違うよ。いやね、この間あんたさ、お母さんがいい齢して恋してとか、別れたらいいって言ったでしょ? そのくせあんたうちが別れるって言ったら情けない顔しとったわ。どんな気した?」

「何だと?」

「うちらこうして二人で冗談言い合ってると楽しいでしょ? もしお互い一人だったら寂しくない?」

「何言いたいんだよ? じらさずにはっきり言えよ」

「先週の金曜だったかな、雄太のアパート行った時ね、雄太のお母さんを一階の郵便受けのとこで見たの。その時、お母さん何とも言えない寂しそうな顔してたのをふと思い出したの。それなのにうちらだけ楽しくて、お母さんに寂しい思いさせといていいのかなって思ったの」

 そういうことか。。すっかり騙された。

 それにしても下手な大根女優顔負けの名演技だった。こいつその気になれば将来アカデミー賞も狙えそうだわと変なところで感心した。

「苦労したお母さんの幸せも考えてほしかったの。うちがもしお母さんだったら、あんたが反対したら辛いと思うの」

「お前だって最初は横山さんのこと悪く言ってただろ」

「だから反省したって言ってるでしょ。悪いことしたって。大体あんた、どうしてそんなに結婚に反対なの?」

「ずっと放っとかれたわけだし、許せないからだよ。今頃になって父親なんかいらないと思って」

「本当? あんたが結婚に反対するのは、他に理由あんじゃないの?」

「…………お前何言ってんだよ」

 からかわれ、おまけに説教までされた。おかげでこのところの疲れが一気に出てきた。あまり回っていない頭で考えるが、玲子が何を言っているのかわからなかった。

 眩しかったベンチ前の水溜まりが反射していた光が消えた。見上げると太陽が雲に隠れてちゃった。いつの間にか男の子と母親の姿がない。母子のいなくなった公園は閑散としていた。



 その日の夜、

 いつもならこの時間はテレビ芸人のコント番組をを観て芸人のコントに爆笑すしている時間だ。でも今日に限っては笑いが出てこない。

 昼間に公園で玲子に母さんのことを言われてから、ずっと考えていた。俺は本当はに横山さんのことがを嫌いではないんじゃないだろうかっているのではないだろうかろうか? ただ意地を張っているだけじゃないだろうか? もし、俺が意地を張ったせいで母さんが横山さんと別れたら、俺は一生後悔するんじゃないだろうか? そう考えると俺が取るべき行動は限られていた。

 散々悩んだ挙句、

 ついに決意した。俺の喉元に母さんにかける決意の言葉をセットしたて母さんがやってくるのを待ち構える。

 台所から母さんが柿を持ってやって来るた。

「どうかしたの? さっきからぼーっとしちゃって」

「別になんでもないよ」

 母さんと派手に喧嘩して、一時はどうなることかと思った。何とかが、次第に元のような関係に戻れた。

 玲子に言われてから考えてみた。もし、母さんのせいで玲子と別れなければならなくなったとしたら、俺だっては激高するだろう。ずっと許せないかもしれない。どれくらい好きかはわからないけど、母さんにとって横山さんは俺にとっての玲子のような存在なんだろう。

 母さんが剝かれた柿が載せられた皿をテーブルに置いてくれた。

 母さんがおいしそうに柿を食べる始める。

 俺も柿に刺してあるた爪楊枝を持って食べてみた。た。

 柿の甘さが心に染みる。

 下でが何やら騒がしい。どうやら中根さん夫婦が喧嘩を始めたようだ。寺田アパートの名物みたいなもので、もう珍しくもない。

「もうあんたって人はどうしようもないんだから!」

「お前こそ何だ!」

 中根さん夫婦の喧嘩の声に母さんが苦笑いするを浮かべる。

「中根さんも大変ねぇ」

 その言葉を聞いて、勇気が出た。

「母さん、横山って人好き?」

「どうしたの急に?」

「どうなのさ?」

「そりゃ好きだけど」

 母さんが「あんたが反対するから」という言葉を飲み込んだ気がした。  今だ、思い切って言っちゃえ。俺は喉元に準備した言葉を口元まで運んだ。その反動でび、一気に口を開く放り投げた。

「母さん、結婚しろよ」

「え?」

「だから横山さんと結婚しろよ」

 ついに言っちゃった。この感覚、この緊張感………………前に玲子に俺と付き合ってくれるよう言っ告白した時のことを思い出した。

 母さんの表情が窓のブラインドを開けた時のように一気に明るくなった。

「反対だったんじゃなかったの?」

「一軒家に住むのも悪くないかなって思ったんだよ。横山って人も悪い人じゃなさそうだし」

 口の中がなんだかこそばゆくなってきた。皿の上の残りの柿を一つ一気に口の中に入れた。

「母さんだって喧嘩相手ぐらいいたほうが楽しいだろ?」

「ありがとね」

 これでいいんだ。俺さえちょっと我慢すれば母さんが幸せになれるんだ。何でもっと早く気づかなかったんだろう。

 俺の心の垢が取れたようだ。は気持ちが見えない歯磨き粉でブラッシュしたみたいに喉に刺さった骨がとれたかのように爽やかだった。

 水槽の横にある金魚の餌の袋を取り、水槽の中に餌を落としてやった。水面に落ちた餌がじわっと広がる。餌に四匹の金魚が吸い寄せられるように食いついてきた。


                  8


 俺の腕時計を注視した。五、四、三、二……時間だ。

 昼前の授業終了のチャイムが教室に鳴り響く。

 ようやく四時限目の世界史の授業から開放された。いつものようにプリントしたレジュメを読み上げるだけの、退屈で眠たい授業だった。教科書とレジュメを鞄にしまって教室を出ると、一足早く授業が終わった玲子が呼びかけてきた。 

「いつものとこに行こうぜ」

 一緒に体育館前の自販機にジュースを買いに行った。人に聞かれたくない話をする時や、隙間時間によく使う場所で、生徒があまりいないところがいい。

「言ったげたよ。結婚していいってさ」

 玲子が立ち止まった。眉毛を吊り上げ、大きい目をさらに大きくして俺を見る。

「えらい、よく言った!」

 大声を張り上げ、俺の背中を思いっきり叩いてきた。

 周囲の視線が一気に俺に集まった。

 さらに玲子が俺の背中を叩いてくる。喜びをどこかにぶつけないと気が済まないみたいだ。

「止めろよ」

「それでこそ玲子様が惚れた男だ」

 後ろを見たら、まだA組の女子がこっちを見て笑っている。注目されるのは苦手だ。

「あちゃー、またやりすぎた」

 少ないとはいえ、周囲の視線を集めてしまった玲子が頭をかいた。

 全とことん天然な奴だ。まったく…………気付くのが遅いんだから。とことん天然な奴だ。

「ごめん。でもやっぱ、あんた偉いよ」

「一軒家に住むのも悪くないから、賛成するって言ってやったよ」

「かっこいいじゃん。お母さん、これでまた元気になるといいね」

「それがそんな感じじゃないんだよ」

 結婚を賛成してあげたその時は、母さんが元気になってくれたようにも見えた。でもその後は、相変わらず母さんの表情が湿っている感じがする。母さんは気分がいい時は鼻歌を歌うけど、最近は鼻歌を歌うのを見たことがない。体調が悪いのかもしれないと考えるとちょっと心配だ。


 その日の夜、宿題を終えて後ろのテーブルを見た。テーブルで母さんがラジオをつけて、哀愁を漂わせた目でハンドクリームを手につけていた。

「母さん、お腹すいたよ」

 母さんが我に返ったような表情で部屋の時計を見る。

「もう七時ね」

 母さんが我に帰ったように慌てて立ち上がって、台所に向かった。

 母さんの声に元気がないのが気になる。声に前のような張りがない。しゃがれ気味で壊れた楽器のような声だ。

 もう冬に入ろうとしている。

 

                  第二章


                   1


 十二月に入り、寒さがいよいよ本格化してきた。隙間風がすごいこのアパートの朝は特に堪える。安っぽいインスタントコーヒーを飲み終えて、食器を台所に持っていった。熱々のコーヒーは寒い朝には欠かせない。

 台所に入ると思わず鼻を塞いだ。魚が腐ったような生臭い臭いがする。ちょうど母さんがゴミ箱の生ごみを片付けているところに入ってしまったようだ。

「母さん、今日の三者面談は一時半からだから。一時一五分頃には来てよ。終わりそう?」

「大丈夫。仕事が終わったらすぐ行くから」

「懇談の教室分かる?」

「何度も行ってるじゃない」

「この間校舎間違えて、俺探しに行ったじゃん」

「年寄り扱いしないでよ。今度は大丈夫だって」

「正面玄関入って、左の階段上って二階だからね」

 そう言い残して俺は家を出た。

 さぶっ。アパートの玄関を出た瞬間冷たい空気が容赦なく頬を突き刺してくる。息を吐くと口から白い雲もやのようなものがたちこめるのぼる。



 

 ようやく四時限目の今日最後の数学の授業が終わった。静かだった教室が、一気に賑やかになる。

 今日面談のない生徒は勉強道具を鞄にしまい、帰る準備を始めた。僕俺も机の上の教科書やノートを鞄にしまって、自分の時間まで時間を潰すことにした。た。

 三者面談は先週の金曜日から行われていて、今日が最終日だ。うちの第一希望は土曜日だったが、土曜日は希望者が多かったこともあって第二希望の月曜日ということになった。

 やがて三者面談が始まったの時間になった。校舎の前にある銅像の横の芝生の辺りで、生徒の母親らが話に花を咲かせている。大声で話すお母さん連中は、大体いつもよく見る決まった顔ぶれだ。派手なネックレスや指輪をしてきているお母さんもいる。例によってこういう日だからか、もっぱら自分の子供のことを話している。

 それを尻目にコンビニで買ったパンを食べ終えると、ちょうど俺の面談の時間が近づいてきた。教室の前に行きの、廊下の椅子に座って母さんが来るのを待った。腕の時計を見るとそろそろ一時二五分だが、まだ母さんの姿がまだ見え来ない。仕事が遅くなっているのだろうか? …………ちょっと焦って手が震えてきた。

 やがて教室のドアが開き、母親と一緒に倉田由美が母親と出てきた。俺の前の面談が終わったようだ。

 母さん、はまだ来ていない。弱った。何があったのか心配だけど、何もできないので

 仕方なく教室のドアを開け、1人で中に入った。担任の田頭武士先生が机に資料を広げて面談の準備をして待っていた。

 田頭先生は四五歳で中年ぶとりの狸が髭をはやしたような、現代文の先生だ。普段はラフなセーターで授業をすることが多い。今日は似会わない紺色のスーツで決めている。

 いや、普段見ないから似合わないように見えるだけか。

「一人なの?」

「まだ来ていないんですよ」

「案内はちゃんと見せたの?」

「そりゃ、もちろん」

 田頭先生が振り向いて、黒板横の時計を見る。

「だったら、とりあえず次の人を先にしようか。次はえっと、久保か。すまないけど、久保と親御さんを呼んできてくれるか」

 ドアを開けると、さっきはいなかった久保が母親と廊下の椅子に腰掛けて話をしていた。ちょうど入れ違いできたようだ。

 久保の母さんは教育ママのイメージがある。いかにも勉強ができそうな人だ。うちの母さんとは大違いだ。

「俺の母さん、まだ来ないんだよ。田頭先生が先に入ってよ」

「分かった」

 久保と母親が立ち上がり、教室に入って行く。

 なんとなく胸騒ぎがした母さんのことが気になった。まだ仕事が終わっていないのだろうか? これまでだったら学校に電話を入れてくれていたし、迷ったとしても学校には到着していたはずだ。

 母さんは携帯を持っていないので、勤務先に電話してみることにした。何かあった時のために勤務先の番号を教えておいてもらってよかった。携帯をズボンのポケットから出した。

 いけね。携帯を持ったまま階段を走り降りた。、玄関で靴に履き替え、て校舎の外に出た。

 うちの学校ではまだ校内への携帯の持ち込みは禁止されていないが、校内での携帯の使用は禁止されていた。

  体育館の裏までやって来た。周りに誰もいないのを確かめてから、母さんの勤務先に電話した。

 少しのコール音のあと、

「金沢食品です」と女性の声がした。

「そちらの山崎をお願いしたいんですけど」

「山崎……といいますと。先日退職した山崎のことでしょうか?ましたけど」

 予想だにしない返答がに耳を疑うに入る。耳から入ったウイルスで頭の思考回路大混乱したみたいだ。

「そんなこと聞いてないですよ!」

「どちら様で?」

「家族の者息子です。今日、学校の面談に来ないので心配になって……それで、いつ辞めたんですか?」

「先週付で退職しましたが……」

 女性が戸惑っているようだ。 

「どういうことですか?」

 つい声をが荒らげたくなった。

 電話口の向こうで、女性が誰かと話しているようだ。

「少々ちょっとお待ちください」

 母さんが会社を辞めただなんて、寝耳に水だ。今朝だって、いつも通り会社に行くって言っていたのに…………。

「お電話替わりました。所長の内藤といいます」

 年配らしい野太い声の男性が出た。

「すみません。山崎の息子の雄太です。退職したって何かあったんですか?」

「山崎さんはうちを先週の火曜日に退職されました。聞いてませんか?」

「今初めて聞きました。クビになったんですか?」

「いえね、同僚といろいろトラブルがありましてね。特に最近多かったんですよ」

「どんなトラブルが?」

「本来はお話しできないんですが、ご内密にお願いしますね。具体的には話せないのですが、その、作業員とのいざこざや喧嘩がいろいろとあったんですよ」

 内藤さんが言いにくそうに話をしてくれた。

「そうですか、ありがとうございます」

 とにかく母さんが来るのを待つことにした。電話を切って携帯をズボンにしまうと、体育館の裏から出た。

 言いにくそうに話してくれた。母さんが最近家で暗かった理由が分かった。

 母さんが辞めたことを俺に話してくれないことにやり切れない寂しさを感じた。

 とにかく母さんが来るのを待つことにした。電話を切って携帯をズボンにしまうと、体育館の裏から出た。

 校門前までやって来る。から、校門学校に続く川辺沿いの道を見渡してみた。犬を連れた男性が歩いているのが見えるだけで、母さんらしき姿は見当たらなかった。とりあえずここで待つことにした。


 家に電話をかけても誰もいないようだし、状況がわからないので動くこともできなかった。

 面談を終えた親子が一組、また一組と校舎を出て行った 。もう四時半を過ぎている。面談を終えた親子が一組、また一組と校門を出て行くのを見送った。あれだけ賑やかだった校内がすっかり静まりかえっている。

 太陽が傾いてきて肌寒くなったので校舎に戻った。

 やがて教室のドアが開き、面談を終えた女子の親子が出ていく。どうやら最後の面談が終わったようだ。

 仕方なく教室のドアを開けて中に入る。と、資料を片付け始めていた田頭先生が俺を見た。

「すいません、まだ来ないんですけどてなくて…………」

「間違いなく面談今日だって伝えたんだよね?」

「伝えてますよ」

 語気言葉に力がこもる。

 先生が頷く。

「もう今日は帰りいや。あんまし気にするなや」

 先生は一応俺を気遣ってくれたが、心なしか目は冷めているように見える。俺が母さんにきちんと伝えていないんじゃないかって思っていそうだ。俺のせいじゃないのに何も言えないのが悔しい。 

「また日を改めようや。僕もそろそろ職員室帰るから」

 先生は机の上に広げていた資料を整理し終えると、ゆっくり腰を上げた。

「今日はこれでな」

「すいませんでした。失礼します」

「気をつけてな」

 面目丸つぶれだ。やり切れなさと悔しさで、逃げるように教室から出た。


                  2


 部屋の時計に目をやると、六時を過ぎていた。家に帰ってからそろそろ一時間が経つ。

 水槽の赤い金魚と白い金魚がお互いを口先で突っつき合いながら、前後に動いている。喧嘩しているみたいに見えた。

 母さんはまだ帰って来ていない。

 最初は心配したけど、今では怒りのほうが勝っていた。怒りをぶつけたくても、ぶつける相手がいないのが辛い。

 イライラしながらテレビを見ていると、やがて玄関の鍵の穴に鍵を差し込み鍵を回す音がした。

 ようやく帰ってきたようだ。

「ただいま」

 何をしていたのかわからないけど、俺の気も知らないで笑っているのに無性に腹が立った。

 腹の中の怒りの虫がまた騒ぎ出した。

「あらお帰りも言ってくれないの?」

 三者面談をすっぽかしたことを忘れてるとか冗談じゃない。

「今日何してたんや?」

 ドスの効いた声で言い放った。

「ちょっと映画観てたの。迫力あって面白かったよ。」

 俺の怒りを知らないのか今日会ったことを楽しそうに話し出す母さんに失望した。

「もしかしてあいつとか?」

「うん、横山さんと。おみやげにロールケーキ買ってきたげたよ」

 母さんが悪びれもせず目を爛々とさせて答える。

「今まであの人とデートしてたんか?」

 血圧が急上昇する頭に血がのぼる。あまりの血圧に脳の血管耐えきれずに破裂しそうだ。

「今日の三者面談放っぽりだしてさ。そんなにあの人が好きか? 自分の子なんかどうでもいいんか?」

「声が大きいでしょ。外に丸聞こえよ」

 窓の外をチラチラ気にしながら俺をなだめようとしてくる。

 母さんが戸惑っている。

「あいつ横山さんは知ってたんか? 今日三者面談だって」

「う、うん」

「知ってただって?」

 一瞬自分の耳を疑った。二人とも今日僕俺の三者面談があるって知っていてデートしていただなんて。? 怒りで体が沸騰したみたいどうにかなりそうだ。

 熱すぎて体中の血が蒸発しちゃうんじゃないか。これ以上母さんを追及するのが怖くなった。追及すればするほど、叩いた布団から埃がでてくるように、嫌な現実がどんどん出てくるような気がした。母さんはあいつのことで頭が一杯で、俺のことなんか眼中にないんだという厳しい現実を。なんて、とても耐えられる自信はがない。

「それと母さん、仕事はどうしたんだよ? 今日母さんの会社に電話したんだよ。けど、そした

ら所長さんが辞めたって。どういうことだよ?」

「…………大げさに考えないで」

「仕事辞めてどうやって生活してくんだよ? 生活保護でも受けるつもりかよ?」」

「あんたは心配しなくていいから」

「何でそんなに呑気なんだよ? まさかあいつに全部頼ろうとしてるんじゃないだろうね?」

 何を言っても会話がかみ合わない。母さんはあいつと付き合い始めてからどこかおかしくなってしまったようだ。情けなくて涙がこぼれそうだになる涙を我慢しながら。あいつとの結婚に賛成したことを後悔した。



 アパート近くを流れる川沿いの道を歩いた。日が暮れて、厚手の上着でないと寒いくらいなのに、俺は怒りで沸騰しそうだった。

 ズボンの携帯が鳴っている。取り出して画面を見ると画面を見ると玲子からだった。

「どうした?」

「英語の宿題のことで聞きたいことがあって。…………って、何かあったん? 声の感じがいつもと違うけど。なんか殺気だってるっていうか」

 やっぱり玲子が俺のことを一番分かってくれている。こうなったら玲子に洗いざらい話すしかない。

「分かった。面談で先生に何か言われたんでしょ?」

「今日、面談しなかったんだよ」

「どうして?」

「母さんが面談来なくって面談できなかったんだよ。腹立つわ。今日面談の時間にデートしてたんだぜ、あいつと。しかもあいつ、今日僕俺の面談があるって知ってて母さんをデートに誘ったみたいなんだ」

「ちょっと考えられないわ!。 それが本当ならうちだったら逆上するわしてるわよ」

 玲子が俺の分まで怒ってくれるのは嬉しいけど、いきなり大声を上げる癖はやめてほしい。耳が痛い。

 携帯が悲鳴をあげているみたいだ。

「俺だってブチ切れてるよ」

 携帯から声が聞こえなくなった。

「どうしたの?」

「…………あのさ、横山さんに会って話を聞こうよ」

「いつ?」

「今から会いに行こうよ。うちもついてったげるから」

 弱ったことになった。でも、よく考えてみるとこのままじゃどうにも俺の気持ちも収まらない。

 この際、あいつに会って問い詰めてやるのもいいかもしれない。

 玲子に待ち合わせの場所を伝えて電話を切った。

 携帯の画面を見ると夜の七時を回っていた。



 市役所の玄関前にある階段に座りこんで、玲子を待った。もう周あたりは真っ暗だかなり暗くなった。とはいえ、暗くなったとはいっても今の僕俺の心の暗さに比べたらずっと明るいと思う。石段の冷たさが伝わってきてお尻がひんやりする冷える。

 しばらくして玲子が市役所前の国道の反対側にある歩道を早足早に歩いてくるのが見えた。玲子が国道にかかった歩道橋を上がっていったので、俺も立ち上がって市役所横の歩道橋の下に向かった。

 ガラス張りのビルを背に玲子が歩道橋から音を立てて降りてくる。

「すまごめんな。寒かったろ?」

「平気平気。うち寒いのはどうってことないから。さ、行こう」

「やっぱりさ、今日は止めにしないか? また日を改めたらどうだ?」

 玲子の顔が曇る。

 玲子を待っている間に頭がすっかり冷えた俺は少し乗り気じゃなくなっていた。しかし、身支度をしっかり整えてきた玲子は準備万端だった。

「今更何言うとんよ。とにかく行くよ。怖気づいた? こんな時にうじうじしてどうすんよ」

 玲子が俺の腕を掴む。

「こんな時にうじうじしてどうすんよ」

  こいつの意思は一度決めたらペンチでもない限り曲がらないことを俺はよく知っていた。もう覚悟を決めて会うことにした。

 あいつとはいずれ決着をつけないといけないんだから。それが今日だったというだけだ。


                   3


 夕方の買い物客で賑わうユアパートナーの駐車場の前を通り過ぎ、保育園のすぐ近くの交差点を右に入った。すると右側に入る道が見えたる。ユアパートナーの表の通りが賑やかだったのに比べて、えらく閑散としている。道に入ると、うちのアパートによく似た古臭いアパートがあった。住所の番地プレートからするとこの近くにあいつの家があるはずだ。

 あいつの住所の番地をが書いかれたメモ名刺を片手に、電柱や家の番地プレートを見ながら探して歩く。

 もらった名刺を財布の中に押し込んだままにしていたのは幸いだった。

 やがて十メートルほど歩くと横山事務所と書かれた白い看板が見えてきた。

 看板の正面にやってきた。くると、看板には「横山健吾事務所 土地家屋調査士・ 行政書士」と書かれていた。看板の奥に茶色い二階建ての建物がある。あの建物だろう。表札が右側のドアにかかっているから一階の右が自宅、左が事務所になっているようだ。

 事務所側の明かりは既に消えている。が、自宅側の窓から明かりが見える。自宅側の玄関に掲げられている表札に「横山健吾」と木彫りをされていた。玄関の横にサボテンが植えられた縄模様のお洒落な植木鉢が並んでいる。

 それを見て見かけによらずマメな人だとぼんやりと考えていた。

 表札の下に玄関のチャイムがあった。

 いざ対面するとなると急に緊張してきた。心を落ち着かせようと深呼吸をした。

 チャイムを押そうと手を伸ばそうとすると、玲子の白い手が先にチャイムを押した。横を見ると玲子が「ほんとにじれったいわえ」と言わんばかりのいった顔をしている。息を呑んであいつが出てくるのを待った。

 奥からスリッパの音が聞こえてきた。徐々に大きくなり、ドアの向こうで止まった。

 そして、鍵を開ける音がして、ドアが開く。

「や、やあ雄太君じゃないか」

 あいつが出てきた。今日はジャージ姿だ。首にタオルを巻いていて、広いおでこで拭き残しの汗が光っている。

「よく来てくれたね。ああ、この間の彼女も一緒なんだね? どうしたんだい?か」

 声が心なしか弾んでいる。

 母さんといいこいつといい、こっちの気も知らないで呑気なもんだ。

 こいつ、その証拠にズボンのファスナーの上の方がちょっと開いている。突然押し掛けたから仕方ないのもあるけど、玲子もいるんだし、早く気づけよけよ。

「とにかく上がってよ」

 中に入ると芳香剤の桃の香りが鼻に入ってくる。入ってすぐ左のゆったりしたソファーと大型テレビが置いてあるリビングに案内された。リビングにはゆったりしたソファーと大型テレビが置いてある。

「座ってよ」

 ソファーに玲子と腰を下ろしたす。柔らかくてお尻が沈みこんだむ。

「ちょっと待っててね」

 あいつが隣の部屋に行った。足元を見るとペルシャ模様の絨毯が敷いてある。テレビの横にあるのは、ガンダムのプラモだ。

 ガンオタだったのか? 言われてみればおどおどしているのもはオタク特有の感じなのだろうか?雰囲気なのかもしれない 。学校の漫研にも似たような奴がいた気がする。

 玲子が物珍しそうに部屋の中を見回している。少し緊張しているようだ。

 しばらくしてあいつがコーヒーをお盆に乗せてやってきた。お盆をテーブルに置いてコーヒーカップを丁寧に前に置くいてくれた。

 丁寧なんだけど、出し方がどこか不格好だ。で、あまり人にお茶を出すのに慣れていないようだに見える。今見たら、ズボンのファスナーがちゃんと閉まっている。ちょっと酸っぱい臭いが漂ってきたけど、コーヒーの香りでかき消された。ズボンのファスナーがちゃんと閉まっている。

 気が引けてきた。これから今日のことを“尋問”してやるつもりなのに。あまり歓迎されるとやりづらくなる。

「いや、さっきまでね、ちょっとそこのあれ、そう、あれで腹筋してたんだ」

 本棚の横に置いてある腹筋マシーンを指差してから、頭を前後に動かして腹筋するポーズをしたが置いてある。

 見かけから運動音痴だと思っていたのに意外にも家で運動したりするんだ。運動音痴だと思ったのに。 頭を前後に動かし、腹筋するポーズをする。

「翔子さんからもうちょっと痩せたらって言われたんだよ。やっぱりいくつになってもかっこよく思われたいよね」

 俺の前のソファーにドスンと座った。

 気のせいか、最初見た時会った時はもっとお腹がたるんでいたように思う。今はあの時より少しお腹が凹んでいるような気がする。

「それで昨日徹夜だったんだ。今日は仕事もひと区切りついたし、疲れたから仕事も昼で切りあげてね。あぁ、そういえば今日は一体どうしたの? こんな時間に何かあったのかな?」

 最初来た時と違って重い不安げな声になった。にこやかだった顔つきも少し厳しくなった。どこか不安気の色がある。

 俺が来たのがいい話をするためではないことを薄々察したようだ。

「今日、母さんにと会ってたのんですか?」

「ああ、うん、昼過ぎに仕事切り上げて翔子さんと映画観たんだ」

 話しながら何か問題があったのかをすごく考えているようだ。

「どうして今日学校で雄太君の三者面談あったのに、お母さんとデートしたんです?」

「はあっ? な、何時からだったの?」

 宇宙人にでも遭遇したかのように、横山さんは目を極限まで開いて驚いている。

「えっ、知らなかったんですか?」

 玲子も聞いていた話が違うと言わんばかりに驚いていた。

 俺もさすがに驚きを隠せなかった。

「な、何時からだったの?」

「昼の一時半だけど…………」

「いやあ、そうだったのか。ごめん、知らなかったんだ。ああ、でもどうしよう…………」

「ごめんなさい。ちょっと確認させていただきたいんですけど、本当に知らなかったんですよね?」

「あぁ、うん。そうだよ。今初めて知ったんだ。雄太君、本当にごめん」

 本当に申し訳なさそうに謝る横山さんを見て嘘はついていないと思った。そして、さすがに無実の大人をこいつ呼ばわりをして悪かったとも思った。

「えっと…………母さんから横山さんは今日俺の面接があることを知っているっていってたんですけど、何か心当たりはないですか?」

  母さんからこの人は知っているって聞いたけど、どういうことだろう? この人、横山さんはしまったという表情で下を向き、床に視線をさまよわせる。

 そして意を決したように

 本当に知らなかったようだ。

ゆっくりと顔を上げて俺を見据えた見る。

「えっと、言い訳するわけじゃないけど、実はね雄太君、。君に話さなきゃいけないことがあるんだ。話というか、翔子さんのことで頼みたいことがあるんだよ」

 何とも言いづらそうに顔をしかめている。何を頼もうとしているのか俺には皆目見当がつかなかった。


                         4


 土曜日

  あれから五二日後が経った 土曜日の午前、  

 俺は英語の宿題をしようと教科書を開いた。英語の単語を目で追っても文章の内容がほとんど頭に入ってこない。先日あの人に言われたことがいまだに頭にこびりついて離れない。

 母さんがジャケットを着て出かける準備をしていた。

「雄太、買い物行ってくるけど何か買ってくる物ある?」

「クリームパン買ってきてよ」

「分かった。行ってくるね」

 母さんが家を出ていったた。

 勉強が一向にはかどらないので床に寝そべった。昨日もあんまり勉強していないことが頭をよぎった。

 せっかく期末試験が良かったのにこれではいけない。とすぐさま机に向かう。

 強引に意識を英語の教科書に向けた。、

 教科書の英文の日本語訳をノートに書き写し、ワークブックの演習問題を終えた。

 時計を見ると十二時を回っていた。ここまで時間がかかったけど、ようやく一段落ついた。

 喉が渇いた。何か飲み物はないかと冷蔵庫を開ける。いつも牛乳パックを置くとこに牛乳がない。そういえば昨日の夜に全部飲んだんだっけ。さっき母さんに頼んでおくんだった。冷蔵庫に緑茶のボトルがあったので、仕方なく緑茶のボトルを口のみした。

 机に向かおうとすると水槽に目が留まった。金魚が一匹浮いている。水槽に顔を近づける。を覗き込むとやはり金魚が死んでいた。母さんの赤い金魚だ。ここのところいろいろあって、水槽の水を換え忘れたのがいけなかったのかもしれない。

 突然、家の電話が鳴り出した。家に電話がかかってくることは滅多にない。

 嫌な予感がしながら受話器を取った。

「もしもし、山崎翔子さんのお宅ですか? 私西警察署の者ですが山崎翔子さんのことでお電話しました。失礼ですがご家族の方でしょうか?」

 警察? と聞いて胸騒ぎがするした。

「はい、息子です」

「山崎翔子さんのことでお電話しました」

 母さんが事故に遭ったのかもしれないとの不安が頭を過ぎる。次に電話口の向こうの警察官が口にする言葉を固唾を飲んで待った。

「実はですね……」

 水槽の中では死んだ金魚が悲しげに浮いていた。

 



 電話を切った後、すぐさま机の引き出しから自転車の鍵を出し、家を飛び出た。階段を駆け下り、アパートの玄関を出てすぐ横にあるの自転車置き場にきたへ向かった。そして俺の自転車に鍵を挿し、後ろの両立スタンドを蹴りあげて道路へと漕ぎ出した車体の向きを変えた。

 その瞬間。後ろから隣の自転車が倒れる音が騒々しく鳴り響いたが、。

 倒れた自転車も放っぽりだして自転車に乗ったを気にしている暇はない。いつもの三倍速の速さで自転車を漕ぎアパートを出て警察に向かった。

 無我夢中で自転車を漕いだ。高架橋の横の道をひたすら走った。そのうち佐伯町郵便局が見えてきた。郵便局前の横道に入るとようやく西警察署の建物が見えた。警察署のビルが大きくなるにつれて、心臓の鼓動がペースを上げてきたが高鳴った。

 警察署の建物の前までやってきた。自転車を建物横の駐輪場に駐輪して、玄関に急いだ。玄関の上にある金色の旭日章の紋章が目に入った。

 いつもは頼もしく見えるこの紋章が、今はとても恐ろしく見える。

 玄関のドアを押して恐る恐る中に入った。警察署の中に入るのは小学生の時に社会見学の時以来だ。玄関を入ってすぐの壁には交通安全や指名手配犯のポスターが貼ってある。息を切らして入ってきた俺に視線を向ける人がいたが、すぐに自分の仕事に戻った。。  

 母さんがこの後どうなってしまうのか全く予想がつかなかった。 

 受付の札がかかっているカウンターの近くの机に若そうな男性警官がいるた。顔はその辺の気のいいお兄ちゃんって感じだ。だったので、話しかけやすそうだったので近づいた。迷わず声をかけた。

「すいません」

 男性警官は立ち上がり俺に気づいて、こっちカウンターのところまでに来てくれた。

「どうされましたか?」

「ええと、山崎翔子の家族の者です。さっき電話をもらったんですけど…………」

「ちょっと待って下さい少々お待ちくださいね」

 男性警官が奥にいる女性警官の元に行く。そして、二人が僕俺を見て何やら話している。

 しばらくして女性警官がどこかに電話をして、それが終わるとさっきの男性警官がやってきた。

「こちらにどうぞ」

 男性警官が俺を案内してくれる。男性警官について奥の階段を上がった。階段は昼間なのにやけに薄暗い。

 この薄暗さが今の僕俺の心境を表しているようで、一層不安な気分にさせられる。

 階段を上がって二階に案内された。の廊下を歩く。カツンカツンという足音が廊下に響き渡る。り、廊下の一番奥の部屋の前で男性警官の足が止まった。部屋のドアの上に小さな窓がある。どうやら外から部屋の中が見られるようになっているようだ。ドアに「取調室3」と書かれている。男性警官がノックしてドアを開けた。

 男性警官が顔を俺に向ける。

「じゃあそれではこちらへ」

 男性警官に言われて促されて白塗りの壁の小さな部屋の中に入った。

 中は周りが白い壁の小さな部屋だ。女性がこちらに背を向けて椅子に座っていて、そのる。女性の前には机を挟んで向こう側に白髪の目立つ男性の警官が座っている。何か書類を書いているようだった。女性は俯き、肩をすくめ、両手を膝に置いている。

 女性のあの髪型、後ろ姿、服の模様は………………間違いなく母さんだ。警官は俺を見るとペンを置いた。

「どうもすいませんね」

 後ろでドアを閉める音がした。案内してくれた男性警官が出て行ったようだ。

 この圧迫感は何だろうか。小さい部屋に小さい窓。外の世界と遮断されている感じがする。こんな場所で尋問を受けたら、おかしくなりそうだ。

 母さんは黙ったまま顔を後ろに向けて、上目遣いに俺を見た。後ろめたそうな目だ。

「本当に母が万引きしたんですか?」

 俺は唾を飲んで返事を待った。

「駅前にシャンストアってありますよね? そこでお肉と白菜、あとお菓子を鞄に入れてそのまま店を出たそうです。間違いないね?」

「はい」

 母さんが申し訳なさそうにうなずく。

 眩暈がした。警官の後ろの白い壁が一瞬ぐらついたような気がした。体が平衡感覚を失ったみたいにまともに立つのもおぼつかない。体が平衡感覚を失ったみたいだ。電話で母さんが万引きしたと聞かされても、何かの間違いでは、間違いであってほしいとの思いがあった。

 何て俺の頭はお花畑だった現実逃避をしていたんだ。

「あなたも母親でしょう? こんなことしちゃ駄目でしょうにだよ」

「すいません」

 母さんが病人のようにかすれたような力ない声で答える。

「母はどうなるんですか?」

「初犯ですし、調書取るだけで今日は帰ってもらおうかと思ってます。ただ、またこんなことするようだと、いつか刑務所に入ることになるよ。二度とこんなことしちゃいけないよ。こんないい息子さんいるんだし、ね?」

 そう言われて気持ちが少し楽になった。

「またこんなことするようだと、いつか刑務所に入ることになるよ。二度とこんなことしちゃいけないよ。こんないい息子さんいるんだし」

学校の先生が不良の生徒を諭しているようだ。

 

 本当に一時はどうなることかと思ったが、その日は何とか厳重注意だけで放免してもらえた。本当に一時はどうなることかと思った

 ただ、。いろいろと気を揉んだせいもあってアパートに帰って階段を上るのもしんどかった。

 二階に上がると中根さんが部屋の前を箒(ほうき)で掃いていた。俺を見るとちょっと怖い顔になった。

「雄ちゃん、うちの自転車倒してそのままにして出て行ったやろ? 大きな音したんで外見たらうちの自転車倒れてたんよ。あんたが急いで出ていくの見えたわ」

「ごめんなさい、急いでたんだてそのままにしちゃって…………」

「そうだったの。…………中根さんごめんなさいね」

「いいわ。今度から気をつけてな」

 中根さんが機嫌を直してくれた。また箒で部屋の前を掃くきだす。

 中根さんはトラブルがあっても根にもたないから助かる。あんな喧嘩をしていても夫婦をつ助けられる秘訣はそこにあるのかもしれない。

  俺と母さんは家の中に入った。玄関を入ったくぐり抜けた瞬間、疲れがどっと出た。

 母さんは腰が抜けたように椅子に座りこみ、そのままずっと服も着替えずに空ろな目をしている。

 どうしようもなくてしばらくその状態の母さんを見ていたら、ふとどうすればいいんだろうか? 「翔子さんのことで頼みたいことがあるんだよ」というあの人横山さんの言葉が頭に浮かんだ。

「母さん、これから病院行こう」

「どうして?  どこか悪いの?」

 普段から大切なものをしまっているのは確か一番上の棚だったはずだ。

 棚の一番上の左の引き出しを開けて中を見た。中には今年の年賀状のチラシ、給与明細があった。

 こっちじゃなかったか。

 今度は二番目の引き出しを開けてみた。ると定額給付金の通知の紙に、キャッシュカード、その下に国民健康保険被保険者証があるった。

 保険証を鞄に入れて母さんの背中を叩いた。

「早く」

 母さんが俺に急かせれ、戸惑いながらも立ち上がる。警察から帰ってきたばかりでショックは大きいかもしれないが、強引に連れ出す。

「ちょっと待ってよ」

 困惑する母さんの手を持って不登校の子を強引に学校に連れて行くように家を出た。て、港町の市立病院に向かった。玲子の強引さがうつったのかもしれない。


                                 5

 二日後 夕方

 二日後 

 夕方、市立病院の待合室で母さんと長椅子に座って順番を待った。待合室は平日の夕方

ということもあってか、人はまばらだった。消毒用のアルコールの匂いが充満する待合場所には

点滴をしている人や具合の悪そうな人が呼び出されるのを待っている。

 診察室のドアが開いた。き、眼鏡をかけた女性看護師が顔を出す。

「どうぞ入ってください」

 母さんと診察室に入った。ると、中では先日診察してくれた白髪の眼鏡をかけた医者がパソコ

ンを見ているた。

 俺と母さんは促されるままに医者の前の丸椅子に座った。

 医者はちょっと偉げな感じのやや白い眉毛を

動かして、医者はゆっくりと口を開いた。

「山崎さんは若年性認知症ですね。アルツハイマー型の」

 医者が机の上の脳が写った写真を取り、写真をペンで指して説明する。

「先日撮った山崎さんの脳のMRⅠの画像です。この辺を海馬というんですが、委縮して暗くなってるのが分かると思います」

 確かに左右で大きさが違うし、明るさも違った健康な海馬の大きさが分からないが、普通はこれよりも大きいのだろう。大きい方が正常なら、七割くらいの大きさまでしぼんでいることがわかる。

 医者が別の写真をボードに張り付ける。

「こちらは脳のSPECT検査の画像なんですが、赤くなってる部分が分かると思いあります。この部分の脳の血流が低下してますいることを表しています」

 母さんが不安げに写真を見ている。

「母はどうなるんですか? 治るんですか?」

「落ち着いてください。これから病状について説明しますから。この病状の患者さんは、日常のちょっとした物忘れが多くなって記憶が曖昧になって、生活に支障が出ることが多くなります。日時や場所も分からなくなることがありますし、思い違いが増えたりもします」

 思い返せば不自然なところはあった。俺のおはぎをあの人にあげたり、面談を忘れて横山さんと遊んでいたりしたのもこれが原因だったんだ。あの人が面談のことを知っていたと嘘を言ったのも、記憶が曖昧になっていたせいだろう。

「それから怒りっぽくなります」

 そうだ、あの人横山さんがうちに来た時、母さんが凄い顔して怒ったことがあった。以前の母さんは怒る時、もっと穏やかな感じで諭すように怒ってくれたっけ。

 思い当たる節が多かった。

「特に若年性のアルツハイマーの場合、進行が早い傾向がにあります。ですから早急に適切な治療を行う必要があります」

 淡々と書かれた台本を棒読みするように説明を続ける。こちらにとって一大事でも、医者にとっては日常の一コマにすぎないのだろう。

 病院を出て近くの薬局で三週間分の薬をもらった。

 眼前の景色が度の合わないコンタクトをつけたみたいにぼやけて見える。家に帰る途中、少し大きめの舗装されてない小石だらけの道を通って家に向かう。石ころがを踏んでしまった。すり減ったボロ靴の底から足の裏を刺激してくる痛かった。だが、。今はそんなことは気にならない。

 こんな痛み、俺の心の痛みに比べればどうってことはない。

「私どうなるの?」

「心配しないで大丈夫だよ」

 努めて気丈に答えた、。いや大丈夫だと自分自身に言い聞かせた。心配でないわけがない。若年性アルツハイマーは特に進行が早いらしい。これからどうなるのか不安しかない。

 今の母さんがあの人横山さんと結婚したら、かえって母さんが不幸になるのではとの思いが頭を過ぎる。あの人横山さんは前にも母さんを捨てた人だ。今の認知症になった母さんを大事にしてくれるとはとても思えないかどうかはわからない。また母さんがあの人に捨てられて、傷ついてしまうったらどうしようかに違いない。

 一度結婚してもいい音言った手前、撤回するのは良くないとは思いつつ。それ以外の選択肢が思い浮かばなかった。

「母さんさ、こうなった以上結婚やめようよ」

「私、何ともないよ。生活だって普通にできてるでしょ?」

「もう母さんは前の母さんじゃないんだよ」

「何言ってんの。私、前と変わらないよ」

 母さんが俺が何を言っているのかわからないという顔をしている。横山さんとの結婚については覚えているようだけど、万引きをしてしまった話はすっかり抜け落ちているようで、医者の話と関係する内容しか出てこない。

「さっき脳の写真も見たじゃない。脳が委縮してたでしょ? 母さん、そうしよう」

「私が馬鹿ってこと? あんたもひどいこと言うねえ。一生懸命育ててきたのに情けないわ」

 俺は警察のおじさんと同じように諭すように話をするが、母さんは怒り出した。ちぐはぐなことに怒っている夕闇に照らされた悲し気な母さんの顔をこれ以上見直視するることができ勇気はなかった。


                         6


 翌日 夕方

 ユアパートナーの裏の道に入った。横山事務所の看板が見えてくる。

 俺のすぐ後ろを母さんが沈んだ表情で歩いているついてきている。

 あの人の家の前までやって来た。今日は一階の事務所に明かりがついている。まだ仕事をしているようだ。

 ゆっくりと中を窺うように事務所のドアを開いた。中では横山さんが一人机で電話をしながらパソコンを見ている。僕俺らに気付いたようだ。電話をしながら手を振り、微笑みかけてくれた。

 机の上が書類でごった返している。窓の前には書類を入れたケースがたくさん並ぶ。び、机の上が書類でごった返している。横山さんの後ろの窓の向こうにからは緑の庭が見える。

 そろそろ電話が終わるみたいだ。

 あの人が受話器を置きながら、笑顔で僕俺らを見た。て入ってくるように手招きした。

「こんばんわ今晩は。どうしたの? 急いでファックスしなきゃいけないんだ。そこの来客用のソファーに座って待ってて」

「今日はちょっと大事な話があってきたんだ」

「ちょっと待ってね。急いでファックスしなきゃいけないんだ」

 横山さんは紙を持って席を立ち、ファックス機の前にいった。

「今日はちょっと大事な話があってきたんだ。その、母さんと別れてほしいんだけど」

 俺は横山さんの指示を無視して用件だけを先に伝えた。横山さんが悪い人じゃないのがわかっているだけに優しくされたら、決心が揺らいでしまいそうだった。

 俺の言葉を聞いた横山さんファックス機のボタンを押していた横山さんの手が止まった。ファックス機のボタンを押しかけたまま、びっくりしたようにこっちを見る。

「ど、どういうことかな?」

 弾んでいた声が一転してお通夜の挨拶のような慌てた声に変わった。

「言われたとおり、母さんを病院に連れてったよ。やはり認知症だって。若年性アルツハイマーらしい」

「もしかしてそうじゃないかと思ったんだよ。いや、知り合いにいるんだよ、似たような症状の認知症の女性がさ。でもね、ほら翔子さん、まだ若いじゃない。だから僕俺の思い違いであってほしいって思ったんだけどね。でもやっぱりそうだったのか…………」

 横山さんが悔しそうにため息をつく。

「で、でもだからって別れてくれって、翔子さんどういうことなんだい? 祥子さんはそんなこと思ってないよね?」

「お願いします。別れて下さい」

 母さんとは話がついている。横山さんと一緒になって傷つくのが嫌だった。

「翔子さん、どうしてそんなこと言うんだ。この間会った時と別人じゃないか」

 何て寂しげで虚ろな目だ。横山さんがそんな表情を見せてくれてるだけでも、心が幾分軽くなったような気がする。いくら別れてもらうためにここに来たとはいえ、「はい、分かった」と言われてあっさり別れられたらどんなに虚しかっただろう。

 俺ももうこれまでのように呑気に学校の勉強だけをするわけにはいかない。これからは俺が母さんを助けないと。

 

                        7


 翌日

 六時限目終了のチャイムが教室に鳴り響く。現代文の授業が終わった。

「山崎、ちょっといいか」

 教壇の上から田頭先生が俺を呼んだ。席を立って教壇に向かう。

「面談まだだったろ? お母さんに都合のいい日聞いといてくれるか? こっちもできるだけ都合つけるから」」

「分かりました」

 このところバタバタしていて面談のことを忘れていた。先生がアルツハイマーの母さんと面談して何て思うのかだろうか? 、不安な気持ちになった。

 その日は玲子と一緒に学校を出た。校舎を出ると雨がしとしとと悲し気に降っている。

 今の俺の気持ちにマッチしていてかえってを体現しているようで、頭を冷やすのにちょうどいい。落ち着かせてくれる。

「認知症? 間違いないの?」

「脳のMRIの画像も見せてもらったんだ」

「認知症って若くてもなることあるんだ。今は脳に悪い食べ物が多いのかな?」

 玲子がとても心配そうだに俺を見る。

「若年性アルツハイマーっていうらしい」

「横山さんはこのこと知ってるの?」

「それで、あの人に訳を話して母さんとの結婚は止めにしてもらうよう言ったんだ」

「はあ? 何考えてんの?」

 玲子が信じられないといわんばかりに突然金切り声を上げる。

「自分が言ったことが分かってんの? お母さんの幸せをあんたが握り潰したんだよ?」

「うるさいなあ。お前に何が分かんだよ」

「何、その言い方。心配してあげてんのに」

「わかったから、いまはちょっと放っておいてくれよ!」

 俺だって苦しいんだ。横山さんも母さんも玲子も、みんな俺の気持ちをわかっちゃくれない。さすがに頭にきてしまった。

 そして、気まずい空気の中をまま玲子と別れた。その後、いつもの寺田アパートに向かう栗田町の住宅街に入らず、川沿いの道をそのまま真っ直ぐ歩き、いた。西町の公民館を目指したに向かった。

 前から歩いて来る人の中には傘を差していない人の姿もあった。手を傘の外に出してみた。ると、やっぱりだ。雨はほとんど止んでいる。

 公民館の近くまでやって来た。公民館の道路を挟んで斜め向かいの茶色いビルの前に配達用のバイクが何台も並んでいる。昨日電話した新聞販売店のようだ。道路を渡ってそのビルの前に来た。無精ひげを生やした男性配達員が新聞をバイクに積んでいる。夕刊の配達だろう。男性配達員に近づいた。

 男性配達員がセールスマンを見るようなややきつい目で僕俺を見る。

「片山さんはいますか? 今日会うことになってるんですけど。山崎といいます」

「ちょっと待って」

 配達員が持っていた新聞の束をバイクの後ろの荷台に載せる。店の中に入った。

 待つ間、一番端のバイクを整備している女性を見た。大変そうだった。

 配達員が店から駆け足で出てくる。

「入ってよ、中にいるから」

 店の中に入った。中は真ん中に大きな机があって、新聞がたくさん積まれている。

「おーい、こっちね」

 声の先を見ると、奥のドアの開いた部屋からで小太りの男性が僕俺を見ている。

 奥の部屋に向かった。

 奥の部屋に入ると男性が椅子に座ったまま何かを探している。

「椅子がないな。まあいい、ここに座ってよ」

 男性が隣の机の椅子を下げてくれたので、そこに座った。

 奥の部屋が事務所のようだ。部屋にはポスターや贈呈品タオルを入れた箱がある。  

 椅子に座って男性と対面した。男性の顔は茶色っぽい肌で、こうして面と向かうと少しいかつい感じがする。まだ三十代後半ぐらいじゃないだろうかだろうか。

「所長店長の片山です」

「どうも、山崎雄太です」

「まだ未成年でしょ? 親御さんの了解は得てるの?」

「いえ、まだですけど、必要ならすぐにもらってきます」

「 ここで働いてもらうとなると親御さんの承諾がいるんだよ。まず親御さんの了解もらってよね」

「はい、わかりました」

 この店長、顔はいかついが話をしてみると割とソフトだ。そんなに怖い人でもなさそうに思える。

「新聞の広告にも書いたけど、一応うちは一日一〇〇部配ってもらって、月三万五千円ぐらいが給料の目安だから。朝かなり早いんだけど大丈夫? 大体朝遅くても三時半までにはここに来てもらうことになるんだけど」

「大丈夫です」

 俺の決心は固かった。今時、高校生が働けるバイトは少ない。母さんが仕事を解雇されてから結構時間が経っている。幸いなことに大学進学の費用を貯めていてくれたようで、いまは切り崩しながら生活をしているが、それも長くは続かないのは高校生の俺にもわかっていた。だから、せめて少しでも稼がなければならなかった。

「仕事始めても朝早いのがしんどくてすぐ辞めちゃう子もいるからね。特に若い子とか、なかなか続かないんだよ」

「頑張りますから」

 母さんがあんなになった以上、もう朝しんどいとか甘えたことは言ってられない。母さんのほうがもっと辛いんだから。ちょっとぐらい辛くても母さんを助けないと。



その日の夕方

家に帰ると母さんが裁縫箱を出して俺の破れた靴下を縫ってくれていた。

「ただいま」

「お帰り」

 もう以前のあの母さんじゃないんだと思うとやり切れなくなる。外見は以前と変わらないのに。これから病気の進行が進むと、そのうちその裁縫だってできなくなるかもしれない。切なさが胸にこみ上げてくる。

「俺さ、今度新聞配達しようと思うんだ。俺まだ未成年なんで母さんの承諾がいるって言うんだよ。いいでしょ?」

「何で勝手にそんなこと決めるの? 今は勉強で大事な時でしょ?」

「大学行かないことにしたから。高校出たらすぐ働くよ」

「馬鹿なこと言わないでよ」

「仕方ないじゃんか。母さんが認知症になって呑気に大学なんて行ってられないよ」

「何言ってるの」

「もう決めたから」

「ちょっと、ふざけないでよ!しょ」

 母さんが持っていた針を針刺しに突き刺した。凄い形相で俺の服の襟を掴む。

「私をそこまで馬鹿にするの? 私が脳の病気だから私に話しても意味ないって思ってるの?」

「こうするしかないんだよ。これからどんどん認知が進行してくかもしれないんだよ。俺だけ大学生活楽しめっての?」

 こんなこと言わなくちゃならないのが恨めしいし、情けない。誰が好きでこんなこと言うもんか。いい加減、俺の気持ちをわかってほしい。仕方ないんだ。どうせ今のままじゃ大学に行ったって途中で中退するしかないんだ。

 奨学金を利用すればいけないことはなさそうだけど、母さんを一人にして置くことはできない。

 俺が怯まずまっすぐに母さんの目を見続けると、俺の襟を掴む母さんの手が緩んだ。

 俺の襟を放して、目を真っ赤にして床にへたり込んだ。母さん、目が真っ赤だ。

 俺がどれだけ本気かわかってくれたようだ。


                    8

 

 二日後 夜 

 風呂から出ると冷蔵庫からバニラのアイスを出した。持ってきてアイスを勉強机に置き、鞄から教科書とノートを出した。

 母さんはもう布団に入っている。

 玄関のチャイムが鳴った。部屋の時計はもうすぐ九時になろうとしていた。

 こんな時間に誰だろう?と思いつつ

 玄関のドアを開けた。

「こんばんわ、横山です」

 あの人横山さんだっただ。まだ何か話があるみたいだ。先日母さんと別れてくれるよう話して、納得してくれたものと思ったのに。今日は手に本を何冊か持っている。もう関わらないでほしいと言ったのに関わってくる横山さんのことをあの人を頭の中ではうざく思ったったく感じた。

 その半面、母さんの認知症のことを知ってもこうして訪ねてくれるのは、正直嬉しかった。

「ごめん、こんな時間に。ちょっと雄太君にそのう、話があって。ちょっと上がらせてもらうよ」

 靴を乱暴に脱ぎ捨てて上がりこんで来た。

 散らかした自分の靴を揃えようともしない。今日はおどおどとした雰囲気はなく、いつものあの人横山さんとは違うとすぐに察した。

 横になっていた母さんが目を開ける。

「横山さんじゃないですか」

 母さんの眠たげだった顔が急に引き締まった。枕元にある手鏡を取り、乱れた髪を整える始める。

「雄太君、本当に大学に行かないつもり?」

「母さん、電話したの?」

「違うよ。別れるの考え直してほしいって僕俺の方から電話したんだよ」

「この間納得してくれたもんだと思ったんだけど」

「そりゃ君が勝手にそう思っただけじゃない。僕俺は納得してないよ。できるわけない。一方的にあんなこと言われて。誤解しないでよ。それより雄太君、大学行かないだなんてどういうことなんだ?」

 捲し立てるように唇を動かす。いつものとろとろした話し方じゃない。今日は別の人の唇だけ口別の人のを借りてきたんじゃないかと思うくらいだ。

「どうして翔子さんが悲しむことするの? 翔子さんは君にいい大学に行って欲しいんだよ」

「仕方ないじゃないでしょ」

「翔子さんをこれからずっと雄太君が面倒みるつもりなの?」

 横山さんは俺を見たまま視線を切ろうとしない。俺のほうがたまらず床に視線を投げた。

「そうだよ。俺は……」

「それで翔子さんが本当に幸せになれると思うの? 後悔するようなことしちゃ駄目だよ」

 俺に反撃の隙を与えないように捲し立てる。やはり今日はいつもと違う。話し方といい、顔つきといい、いつもの自信なさげなあの人横山さんじゃない。

「それから翔子さんとの、そのう、結婚も認めてほしい。僕俺は翔子さんの何というか、そう、彼女の全てを受け入れる覚悟なんだ。これから翔子さんと喜びも苦しみも共有したいんだよ!」

 横山さんは間髪入れずたじろぐ俺に核心の一打を放った。母さんを支えていこうという俺の決心がぐらついた。

「本気で母さんと結婚したいの?」

「当たり前じゃないか」

「横山さんのほうこそ後悔しないの?」

「君はそこまで僕僕を馬鹿にするの?」

 壁にぶつけた硬球のように即答が返ってくる。

 あの人横山さんが手に持っていた本をテーブルの上に投げるように置いた。

 一番上の本の表紙には「アルツハイマーの家族との付き合い方」と書いてある。

「これさ、認知症の進行を遅らせる方法や、改善するためどうしたらいいか書いてるんだ。読んでみてよ。それからさ、名古屋に認知症の名医がいるんだ。テレビにも出たことある医者でね。今度翔子さんをその先生に診てもらったらって思うんだ。通院しなきゃいけないんなら、これから僕俺が責任持って彼女を通院させるよからね」

 血走った目で訴えてきた。

「彼女が認知症と分かって、余計に彼女が愛おしく思えてね。笑った顔とかもう、子供みたいでさ。前に彼女と別れた後、どんなに後悔したことか。もうあんな辛い思いをするのは嫌なんだよ」

「母さんを捨てたことに変わりないじゃないでしょ?」

「雄太、悪いのは私なの。横山さんを悪く言わないで」

「前もそんなこと言ってたね」

「横山さん、元はと言えば悪いのは私ですよね?」

「それは……」

「一体どういうことなんだよ?」

 母さんと結婚するのであれば、その時の話を聞かないと安心できない。別れたのは何が原因だったのかはっきりさせてほしい。

 あの人横山さんが母さんを見る。母さんがうなずいた。

「あのね、雄太君、実は僕俺は前に淋病に感染したんだよ。淋病っていうのはまあ性病の一種なんだけど」

 いきなりの話に性病に感染したとか、何言ってるんだ?頭がついていかない。淋病が性病なのは保健体育の授業で習ったが、それとこれが何の関係があるのか。

「その原因なんだけど、実は……」

 声が次第に小さくなる。横山さんあの人が母さんを見ている。

「翔子さんなんだ」

 母さんが申し訳なさそうに頷く。

「実は当時、僕俺の母さんから翔子さんと結婚前の身体検査を受けるように言われたんだよ。それで翔子さんと二人で病院に検査を受けに行ったんだ。そしたら二人とも淋病に感染してたことが分かってね」

「どうして母さんが?」

「実は翔子さん、若い時に付き合ってた別の男性から病気をもらったみたいなんだ」

 信じられない告白が俺の胸をえぐる。俺にだって人に話したくない過去とか恥ずかしい思い出はある。

 あの母さんがそんな過去を持っているというのは受け入れられなかった。

「当時、僕の母親僕の母さんが知って激怒してね。結婚にも反対するようになったんだ」

「じゃあ悪いのは母さん?」

「ううん。どんな理由があれ、結局翔子さんを捨ててしまったことに変わりはないよ。悪いのは僕俺だよ」

 いや、どう考えてもその話を聞くと悪いのは母さんじゃないか。この人はむしろ病気をうつされた被害者なわけだし。、絶対にありえないことだけど、もし俺が玲子に病気をうつしてしまったら、玲子の親父さんのことだから許してくれないと思う。そもそも玲子が俺のことを許さないだろう。

 随分前に母さんにどうして別れたのかを聞いた時、俺がショックを受けると言っていたのはこういうことか…………。

「どうしてもっと早く話してくれなかったんです?」

「雄太君にもお母さんに話したくない話があるでしょ? それと同じように翔子さんの恥ずかしい話を君が知るのは避けたかったんだ黒歴史をバラしたくなかったんだ。雄太君の翔子さんへの想いも壊したくなかったし…………」

 いつの間にかパジャマ姿の母さんが俺の傍にいる。

「今度は何があっても翔子さんを守るよ。爆弾が飛んできたって守ってやる。二人で翔子さんを守っていこう」

 逞しい声で言い放つ。

 別れた原因が母さんがこの人に病気をうつしたせいだというのはショックだった。

 ずっと悪いのは母さんを捨てた父親で、母さんは可哀そうな人だと思っていた。

 今はそんな母さんをこの人が気遣い、受け入れようとしてくれているのが有難ありがたくいし、嬉しい。

 思わず母さんに抱きついた。

 母さんも俺を抱きしめてくれた。ぬくもりは昔のままだった。だけどゴツゴツしていて肩や腕の辺りの骨が浮き出ている。前はもっとふっくらしていたのに。前と変わっていなかったわけじゃなかった。僕俺が気づいていなかっただけだった。

 この人一人を勝手に悪者にしていた自分が滑稽に思えた。この人はむしろ母さんや僕俺の気持ちを思って言いたいことも言わずに胸に閉まってくれていたんだ。俺は愚かだった。涙がとめど溢れたてしょうがない。胸に溜まっていたものが涙と一緒に外に流れ出したようだ。

 

 翌日 夕方

 橋に架かった線路に続く土手を玲子と歩いた。川の向こうに見える夕焼けがきれいだ。 

トレーニングウェアを来たおじさんやおばさんが、時々前から早足にやって来ては、すれ違って行く。ここの土手は中高年の人がよく健康ウォーキングしている。特に今の時間帯は歩いている人が多い。

 前からジャージ姿の中根さんがご主人と一緒に早足で歩いてくるのが見えたる。ご主人と一緒だ。今日は二人で仲良く健康ウォーキングをしている。

「よ、雄ちゃん」

「こんちわ」

「今日は冷えるけど、あんたらはお熱いなあ」

「中根さんもね!」

 すれ違いざまに俺らを冷やかし、中根さんたちは早足で土手を歩いていった。振り向くと中根さんは時々振り返って笑顔で俺たちの方を見た。

「それでどこまで話したっけ…………」

「だいたいは聞いたと思うわよ。お母さんよかったね。さっきのおばちゃんじゃないけど、うち、胸が熱うなってきたわ」

 玲子が自分のことのように喜んでくれるのがよかった。

「誰かさんがいろいろ発破(はっぱ)かけてくれたおかげだよ」

「これからもやったげるよ。あんたが嫌言うてもね」

 やれやれ。うちの醤油は減塩だが、こいつの口ももう少し減塩にしてくれないかな。

「俺に拒否権なしか…………。でも人を叩くのだけのは止めろよな」

「それがうち流の愛情の表現なの」

「俺は横山さんのように啖呵をきることは一生ないだろうな」

この性格はこれからも直らないんだろうな。バシバシと叩いてくる玲子が心の底から喜んでくれているのが伝わる。間違ったことをしたら人の二倍口うるさいが、困った時には人の三倍親身になってくれる。そんな玲子は俺の宝物だ。

    


エピローグ              9


 日曜日 正午

  エスカレーターで四階のレストランフロアまでやって来ると、フロアーに降りた。食堂街ということもあっていろんな店が並んでいる。店の前のクリスマスのイルミネーションのツリーの明かりがカラフルに点滅していて冬がやってきたことをうかがわせるる。母さんと横山さんの後ろをついていく。

 今日は新しいスニーカーを履いてきたので歩きやすい。背も少し高くなったみたいだ。

「何でも食べてよ。今日は僕俺がご馳走するから」

 食堂街に入るとスパイシーなカレーの香りがしてきた。すぐ横にインドカレー専門店がある。その隣がとんかつ店だ。店前に掲げられている写真のとんかつが柔らかそうでおいしそうだに見える。他にもお寿司、和食料理、しゃぶしゃぶ、普段は食べられないような御馳走の看板が目にどんどん飛び込んでくる。

「おーい」

 遠くでから横山さんの声がする。

 看板に目移りをするうちに、いつの間にか横山さんが寿司屋の前まで移動していた。やけに嬉しそうだ。三人で食事する嬉しさ一杯でじっとしていられないって様子だ。

「今日の横山さん、若い時昔より若く見えるわ」

 母さんが横山さんを追いかけた。俺もそれに釣られるように後を追った。

「雄太君、ここお寿司の食べ放題あるんだよ。前に来たことあってね。おいしかったよ」

 ガラス張りに中の様子が見える。垂れ幕を見ると二時間で食べ放題みたいだ。

「あなた、あんまし食べ過ぎるとまた太っちゃうんじゃない?」

「大丈夫だよ。雄太君も年明けに来週は予備校の模試試験でしょ? しっかり食べて体力つけなきゃいけないんだしさ」

「あなた今日は随分楽しそうね。私と二人だけで食事に行った時と全然違うじゃない」

「そりゃ食事は二人で行くより三人で行ったほうが楽しいよよ。あ、ちょっと待って…………」

 横山さんがズボンから財布を出して中を確認した。

「ああ、やっぱり……しまったなぁ。昨日、支払いをしてたのすっかり忘れてたよ。いまあのさ、財布を見たら千円ちょいしかないんだよね。ここ高そうだから無理みたいちょっと銀行まで行ってお金をおろしてくるよ」

 いつもの横山さんだ。俺はちょっとドジでおどおどしているほうが横山さんらしくて好きだ。母さんが苦笑いしている。

「今日は私がご馳走したげるから」

「面目ない」

「いいからいいから。私、お金持ちだもん」

「今度大手町のうまい活魚店で御馳走したげるから」

「期待しとくね。雄太は何にする?」

「ステーキの店がいいな」

 すし屋の隣においしそうなステーキの看板を掲げたステーキ店がある。

「雄太君がそう言うんなら、お寿司は今度にしてステーキにしようよ」

「決まりだね。母さん、父さん、それじゃここにしようよ、入ろうよ父さん」

 俺はステーキ店のドアを開けた。

母さんはクリスマスに俺にステーキを食べさせてくれたことを覚えているだろうか? 今日は母さんと一緒家族全員でにステーキを食べられるのが嬉しい。

                         (終) 




























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昔に婚約破棄した男がまた現れて、再び恋に落ちる @eye168nisi

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