第6話

土曜日

 今日はハイキングに出かけてもいいくらい見事な昼前の晴天下だ。

 、俺は玲子を連れて国道沿の歩道を歩いた。たくさんの車が行きかう音が絶えず耳に届く。ようやく横山さんに会う決心がついて今日は行くところがあって、玲子に一緒についてきてもらった。ただ、玲子にそのことは言えずじまいだった。でも普段は食べられないような場所に行くのだから許してくれるに違いない。

 第四中学の横を通り抜け、旭橋を渡った左にある大通りに入った。

「どこ行くの?」

「昼ご馳走してやろう思ってさ。あれ見てみろよ」

 大通りを挟んで向こう側にある牛丼屋の近くに、いかにも中華風といった感じの建物が見えてきた。何とも古風な建物だ。で、まるで数世紀前の建物みたいだな雰囲気を醸し出している。周りの現代風のビルやマンションに囲まれた光景は、独特な雰囲気を醸し出している。

 指定された店で間違っていないはずだ。

「あの店、うち車で何回か見たことあるわ。だけど入るのは初めてよ」

 横断歩道を渡って店の玄関前までやってきた。建物前の階段を上りると、入り口前に設置されている店のウインドガラスの前に立つが見えた。ウインドガラスには、餃子やラーメンといったメニューの写真が貼って食品サンプルが並んでいある。普段は食べることも叶わないようなラインナップに横山さんと会う緊張感よりも空腹感が少し勝ってしまった。

 ドアの取っ手をぐっと押して、やや重いドアを開いた。

 中に入ると見かけのイメージよりも広々としていて奥行きがあった。たくさんの円卓テーブルが並べられていてた空間で客が食事をしていた。思いの外、人が多く賑わっている。入り口のレジ横の長椅子に、座っている年配の男女がは座っている。順番を待っているようだった。

「雄太、あそこに名前書かなきゃ」

 レジの横にいくと名前を書く紙が置いてある。

 どうやら順番待ちの紙のようだ。さすが玲子、俺と違ってこういう場所に慣れている。

 ペンを持って紙に「山崎 二名」と書いた。いくつも名前が書かれていたが、一組を覗いて全部チェックがつけられていた。老夫婦の他に待っている人はいないようだ。

 女性店員がやってくる。きて、長椅子の年配の男女を案内して連れて奥に向かった。

 俺らは空いた長椅子に座った。ちょうど先ほどの年配の男女のような位置取りになっで座った。

「ここよく来るの?」

「いや俺も初めて」

 外観だけでなく部屋の中の造りも凝っている。天井のにはアンティークっぽい香水の瓶のような形をしたシャンデリアが垂れ下がっている。いて、天井と一体になって圧倒してくる感覚を覚える感じだ。俺の生活とは無縁の場所だろうし、クリスマスだったとしてもこんなお店に来ることは一生ないだろう。

「大丈夫? 高そうだけど」

 玲子がいかにも俺が貧乏だから心配って顔をしてやがる。彼女にそんな心配されちゃうと、かえって情けなくなってしまう。

「心配すんなって」

「無理しなくていいから」

 玲子がいかにも俺が貧乏だから心配って顔をしてやがる。女性にそんな心配されちゃうと、かえって情けなくなってしまう。

 今度はひょろ長い足の男性店員が長いコンパスを慌ただしく動かしながらスタスタとこっちにやって来る。

「こちらへどうぞ」

 男性店員に案内されてついていく。と、窓際の丸い四人掛けのテーブルに案内された。

 俺が席に着くと座ると玲子が俺の右隣の席に座った。玲子の後ろの壁には子供を抱いた母親の肖像画の絵が飾られている。窓からは遠くの山が見えるし、他のお客のテーブルが視界に入ることもない。なかなかいい席だ。窓から見える山の景色が心をゆったりさせてくれる。テーブルクロスも雲みたいに真っ白で、触り心地がいい。

 綿シルクでできているのかな? というのはこういう肌触りなのか気になってテーブルクロスの端を指先で触ってみた。自分の知らない心地の良い感触だった。

「何しとん?」

「お前も触ってみろよ、気持ちいいぞ」

「止めとき。恥ずかしい」

 玲子にたしなめられてテーブルクロスから手を離した。

「それで何を頼むん?」

 玲子が心配そうにこちらを見ている。

 確かに俺が知っているお店とはメニューに書かれている金額の桁が違った。

「もうちょっと待って」

 横山さんがかだきてないので、注文もどうするのかわからなかった。とりあえず、横山さんが来るまで玲子の気をそらしておかないと。


 少しして お店の扉に付けられているベルが鳴った。

 やっときたかとすぐさま音のする方を見たを振り返った。

 入り口のレジ付近に四十代くらいの男性が立っていた。男性をじっと見ていると、た。男性と目が合うった。  

 男性はこちらに向かって歩いてきた。て、俺のテーブルの近くまで来てるとじっくりと僕俺を見た。

 その顔つき、切れ長の目、俺にそっくりだった。見た瞬間、「あぁ、この人が俺の父さんなんだ」とびびっときた。

 男性は何か言いたそうに口を動かそうとしてる。なかなか喋らない。じれったくなって、たまらずこちらから男性に聞いた。

「横山さんですか?」

「ああ、そっ、そう、横山健吾です」

 やっぱりそうか、横山健吾さんだ。今日、俺を誘った俺の父さんとされている人だ。

 見るからに頼りなさそうな人だに見える。お腹がちょっと出ていてベルトの上に乗っているのが目につく。

「初めまして。山崎雄太です」

「あ、ああどうも初めまして。はは、でも何か変な気分だな、親子で初めましてっていうのも」

 やけにおどおどしている。自信がなさそうという感じ。

 背は俺より少し高そうだ。

「ちょっと、どういうこと?」

 一連の流れを静観していた玲子の顔が急に厳しくなる。

「いやだから、この間食事に誘われたって話したじゃん」

「そうじゃなくってさあ!」

「ごめんって、黙って連れてきたのは悪かったって」

 険悪な雰囲気になってしまったが、玲子の性格上いまさら帰ることはしないと思っていた。

「え、えぇと。僕は席を外した方がいいかな?」

雄太君、座っていいかな?」

 横山さんがおどおどした口調で玲子との話を遮る。

「大丈夫ですから。奥の席へどうぞ」

 横山さんが俺の正面の席に座った。ちょうど外の景色が見えなくなってしまった。

 そこで玲子がいきおいよく立ち上がる。

「私帰る1」

「どうしてよ?」

「お父さん来るとか聞いてないよ!」

 眉間にシワを寄せた玲子が険しい目で僕俺を見る。

 一瞬たじろぐが、横山さんと二人きりで話をする自信はない。それに玲子のことだから事前に話をしたら来てくれなかっただろう。

 俺も折れるわけにはいかなかった。

「そう言わんで一緒にいろよ」

 少し考えた後、玲子は諦めたように語気を弱め、何とか席に腰を下ろしてくれた。

「えっと、雄太君のお友達?」

「尾田玲子です。雄太君との同級生です」

 ちょっと険しい表情は抜けないが、場を荒らさないようにしてくれるようで胸をなでおろした。

「どうも、横山といいます。ええと、雄太君の彼女さんとか?」

 玲子が俺を見るているのを感じる。

「玲子は、まあ一応そういうことになるのかな」

「さすが雄太君、目が高いな」

 心なしか玲子の表情が幾分か穏やかになったように感じた。

「ていうか、何でうちを連れてきたのよ?」

「いつもいろいろあれだから」

「あれって何よ? 大体、お父さん来るなら来るであらかじめ話してよね」

「話してたらお前来たのかよ?」

「はあ? だから黙ってたの?」

 しかし、黙って連れてきたことには不服なようで、追及は止まらなかった。

「いいじゃんか、ご馳走してやるんだから」

「まあまあ。雄太君も彼女もまずは料理頼もうよ」

 横山さんが間に割って入って

 横山さんが俺と玲子にメニューを渡してくれた。

 僕俺も気を取り直して、まずは玲子の機嫌を取ることに専念した。メニューを開いた。いろいろな料理が写真付きで載っている。八宝菜に唐揚げ、チャーシューメン。どれもおいしそうだ。

「俺、炒飯」

「うちも炒飯で」

 玲子が場の空気を壊さないように見るからに作り笑顔で答えてくれた。

「分かった。あと餃子も頼んどくね」

 横山さんが近くの男性店員に目を向ける。気がついた男性店員がやって来た。

「炒飯二つとレバニラ炒め定食、う~ん、それから餃子三人前、それと瓶ビールね。あとオレンジジュースも」

 男性店員が注文をメモっていく。

 店員が注文を書いたメモを持って下がっていった。 やりとりがスマートに見えるのは気のせいだろうか。

 それにしても横山さんは相変わらずどこかおどおどしている。

「ああ、この店の店長とは知り合いでね。それで時々来るんだよ」

 横山さんを改めて近くで見た。ると、太っているもののやっぱり俺とよく似ている。三十年後は僕俺もあんな感じになるのんだろうか。

「えっと、僕俺は翔子さんと秀明高時代の同級生でね。今は自宅ので土地家屋調査事務所開いてるんだ。これ、名刺ね。ああ、江田にユアパートナーってあるじゃない? そこの裏の通りにあるんだ。まあ一人だから何というか、その、気楽なもんで…………だよ」

 横山さんは土地家屋調査士と記載された名刺を俺に渡してきた。事務所の住所が記載さている。とりあえず使うことはないとは思いつつ、捨てるのも忍びないので財布の中に押し込んだ。

 学校の先生みたいな大勢の人前で話す仕事はとても無理そうなほどぎこちない喋り方だ。四角いタイヤの車を運転しながら話しているみたいだ。学校の先生みたいな大勢の人前で話す仕事はとても無理そう。あがってるせいもあるのかもしれない。横山さんが俺以上にあがっているのかと思うと、俺の緊張もがほぐれてきた。

 男性店員がビールとグラスを持ってきた。て、ビールを横山さんの前に置く。横山さんがビール瓶を手に取って僕俺に注ごうとする。

「さあ、一杯」

 さあって言われても俺はまだ高校生だ。ビールは飲んじゃいけない。かといってこういう場で断るのも、どうかという気もする。

(続く)

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