第5話

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 俺の住む寺田アパートは、最寄り駅に三分で行けるという好立地に加えて家賃二万六千円という安優良アパートだ。が、築五〇年以上のオンボロだから安い。クラスには大そうなマンションに住んでる同級生もいる。けど、別に羨ましいとは思わない。強がりじゃなくて、本心からそう思う。

 昔は六部屋全て埋まっていた。アパートの住民もの住民が徐々に少なくなり、現在残ってるのは三家族だけだ。うちと一階の曽根のおばあちゃん、中根さんの三世帯だけだ。同じ二階に大学生のお兄ちゃんがいたが、二ヶ月前に東京に就職するんで出ていった。

 長年助け合ってきたから、住民同士の仲はいいし、アパートに暖かい空気が流れていて居心地がもいい。敷居の中に一歩踏み込んだ瞬間どこかホッとさせてくれる。最寄り駅から「三」分、家賃が「三」万円未満、「三」世帯が仲がいい。いわばここはトリプルスリー級の俺にとっては最高のアパートだ。

 階段を上がって家の前までやって来た。ると、台所の少し開いた窓から甲高い大きな甲高い笑い声が聞こえてきた漏れている。

 中根信子さんだ。母さんとテーブルでテレビを観ながら、楽しそうにお茶を飲んでいる。同じアパートに住んでいる中根さんは小太りな五〇歳のおばちゃんだ。このアパートにもう二十年以上住んでいる古株で、中根さんは母さんと気が合うのかみたい。昔からよく一緒に買い物したり土手をウォーキングしたりしている。明るい人で、俺を見たらいつも人懐っこい笑顔で愛想よく声をかけてくれる。

「お帰り、雄太」

「今日遅いんじゃなかった?」

「思ったより仕事早く終わったから帰れたのよ」

 俺が帰ったことで話が途切れた隙に、中根さんがは音を立ててせんべいを食べ始めた。

「お帰り、お邪魔してるで」

「こんにちわ」

 中根さんのいつもの挨拶だ。

 俺は鞄を壁に放り投げた。

「なあ雄ちゃん、玲子ちゃんとはうまくいってるん?」

「まあね」

「雄ちゃん、あの娘ええで。しっかりしとるしな。逃げられんようモノにせんと」

「何言ってんだよ」

 夕食までまだ時間がある。けど、腹が減ったのでおはぎを食べることにした。母さんがおはぎを作ってくれていたはずだ。しかし、冷蔵庫の中を見てみたが、見当たらない。あるとすれば棚の中だが、。棚にも見当たらないかった。 

「おはぎは?」

「あれもうないんよ」

「おばさんと食べたのかよ」

「ひどいなあ。うち食べとらんよ」

「人にあげちゃったんよ」

 おはぎは俺のおやつに作ったと言っていたのにどういうことなのか?

  俺の中にすぐに母さんがおはぎをあげた相手が誰なのかという疑問が生まれる。、すぐさま脳裏にあの人の名前が思い浮かんだ。 

「もしかして横山さんって人にあげたのかよ?」

「うん」

 中根さんがスケベそうな顔でにやつく。

「あらいやだ、そういう仲になったん?」

 母さんは横山って人のことを中根さんに話しているようだ。

「どういう仲よ?」

「そりゃあ女が男に食べ物こさえるってことは、そういうことでしょうよ」

 中根さんが母さんの肩をバシバシと叩く。

「からかわんでよ」

「妬いとるだけや。でもあんたいい顔しとるな。やっぱ女は男ができると変わるな。あんたさ、昔はいろんな男と付き合ってたんやろ?」

「やめてよ」

「あんた前自慢こいとったやろ?」

 今の真面目で働き者の母さんからは想像できないけど、母さんは若い頃、の母さんは不良と付き合っていた時期があったらしい。今の真面目で働き者の母さんからは想像できない。亡くなった僕俺のおじいちゃんがたいそうな酒飲みだった。で、家でよくお酒を飲んでは暴力を振るったよそうだ。そのせいで性格が荒み、家にいるのが嫌になったそうだ。それでて夜に家を抜けて不良仲間と付き合うようになったと聞いたことがある。

「いいなあ、あんたは今も綺麗で。化粧したらまだまだその辺の20二◯代には負けんもんな」

「あんただって素敵じゃない」

「まったあ。心にもないこと言っちゃって。その気になるやんか、うち単純やから。でもうちも主人以外で若い男とええ仲になれんかなあ」

 大の大人が他愛のない下世話な話をしている。特に中根さんはその手の話が好きみたいだ。

 もともと品がある顔じゃないけど、この手の話となるともっと品がなくなる。

 とにかく母さんが俺に作ってくれたおはぎを勝手に横山さんにあげたせいで、ちょっと不愉快な気分になった。

「そんな話して楽しい?」

 中根さんが目をギョロッとさせる。ちょっと怖い。

「雄ちゃん、ひどいこと言うな」

「その歳で好きな男性いたって面倒くさいだけだと思うけど」

「そんなことないで。相手がおるってええこっちゃ」

「おばさん、よくおじさんと喧嘩してる声聞こえるじゃん」

「やらしい子やな。うちらの会話聞いとるん?」

「声大きいから聞こえてくるんだよ」

「だからな、喧嘩するほど仲ええゆうこっちゃ」

「よく言うよ」

 中根さんは悩むということを知らないんじゃないかというくらい本当に能天気な人だ。。悩むということを知らないんじゃないか。さぞ人生が楽しい人生を送っていそうだ。

 俺にはないところでもあるから、だろう。ちょっと羨ましい気もするかもしれない。


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