第4話

少し肌寒い朝、玄関で気だるさが抜けないままに学校へに行こうと靴を履いた。ていると、母さんがおはぎが載せられた皿を手にやってくるきた。

「今日、遅くなるかもしれないから、これおやつね」

 母さんは仕事の都合で時々帰りが遅くなることがある。。その時は俺がお腹を空かせないようにとおやつを置いていってくれる。

さすがに月に2000円のお小遣いじゃ到底やりくりできないから助かっている。それに腹持ちしそうなものを選んでくれるのでもありがたいところだ。

「行ってくるよ」

 眠い目をこすりながらドアを開けた。、外の冷たい空気に当たると少しだけ目が覚めた。

 アパートを出て近所の消防署の前を通り、人通りの少ない閑静な住宅街を歩く。駅とは反対方向だから遠耳にカタンカタンと電車が線路をかけるとこが聞こえるが、住宅街を抜けて川辺の近くの道に出るともはや川の音にかき消されて聞こえなくなった。

 、近くの交差点にあるコンビニの近くにいつものように鞄を揺らし歩いている黒髪のショートボブの女の子が見えた。尾田玲子だ。いつものように鞄を揺らし歩いている。

 玲子の後ろから近づいてみた。スマホを見ているのかまだ俺に気づかない。

「あら雄太おはよう」

 横に並ぶとようやく俺に気がついたようだ。

「おっす」

 玲子の明るく弾んだ声が俺の気怠さを吹き飛ばす。市販の栄養ドリンク剤目覚ましよりもよりずっと俺をシャキッとさせてくれる存在だ。高校生になるとおしゃれに興味が出てくる女の子が大半を占めていているくる。よくほっぺたをピンク色にしたり口紅をしたりしているけど、。玲子は珍しくいつもすっぴんで、だからこそなのかだ。すっぴんがかえって彼女の健康的ナチュラルな魅力を感じさせてくれる。いつも真っ直ぐな彼女の曇りのない明るい瞳。彼女の瞳を近くで見ると落ち込んだ気分もどこかへすっ飛んでしまう。俺にとって玲子は活力剤のような存在だ。

 玲子と仲良くなったのは常北小学校六年生の時に、一緒に学級代表をしたのがきっかけだったのがきっかけで玲子と仲良くなった。当時は玲子が家庭のことで悩んでいて、俺が親身に相談に乗ってやってから仲良くなって、た。それ以来ずっと仲がいい。

 ソフトボールが大好きで健康的な玲子と胡瓜のようにひねくれた性格の俺とは対照的だ。一六七センチの俺に対して玲子は一六五センチと、背はあまり変わらない。玲子から俺の評価はというと曰く、俺は危なっかしくて放っておけないらしいとのことで、格好いいからとかいう理由で付き合っていくれているわけではないらしい。

 川沿いの道を歩くと須田高校の看板が見えてきた。体も温まって、頬に当たる朝の風が心地いい。道に落ち葉が散乱している街路樹が赤色に色づき始めている。

 だんだん学生の数も増えてきた。ていて、いつの間にか周りは高校の正門を目指す前は学生でごった返している。

 まだ始業のチャイムまで時間があったので、少しゆっくり歩きながら横山さんという人のことを玲子に話した。玲子は俺に父親がいないことを知っていた。し、家庭の事情や悩みなんかもよく話したから、いきなり父親が登場したことに驚いたんだと思うろう。

「どんな人?」

 玲子が興味深々の目で顔を近づけてくる。

「分かんねえ。まだ会ったことないんだ」

「雄太に似てたらそこそこイケてんじゃないかな」

 玲子はクラスでも人気者だ。友達も多い。そんな彼女にイケてるとか言われると、まんざでもない。

「顔がイケてるから付き合ってくれてるわけか?」

 意地悪く聞いてみた。

 普段なら絶対言えないような軽口を叩けるのも玲子だけだ。

「別にそんなことないけどさ。うち、そんな面食いじゃないし」

「よく言うよ。お前イケメン俳優のビデオいっつも借りてるくせに。特に韓流とかの」

「顔だけならクラスにあんたよりイケてる人いるよ。あんた、顔以外にもいいとこあるじゃん」

「どんなとこよ?」

 聞き返された玲子は目を閉じて手を顎に当ててが考えこむ仕草をしたる。

「おい、考えるようなことか?」

「だからそのう、ひねくれてる割に優しいとこもあるしね」

「何だ、それ」

 俺がひねくれたのは長い間父親がいないことで周囲に引け目を感続けたのが原因かもしれない。クラスの奴に父親がいないことを馬鹿にされ、そいつを殴ったこともあった。先にちょっかい出したのは向こうなのに担任は殴った俺だけを怒った。先にちょっかい出したのは向こうなのに。ひねくれているとか、素直じゃないと言われるといつもこのエピソードが頭をよぎる。

「そういやお前の顔って親父にそっくりだよな。俺最初お前の親父見た時笑いそうになったもん」

 ふと玲子の親父さんのことを思い出した。

 玲子の親父さんは俺らが中学の時PTA会長をしていた。曲がったことが大嫌いな人だ。で、一本筋の通っているともいえる。玲子の曲がったことが嫌いな気の強い性格も、親父さんの血を引いているのんだろうな。

 俺は横山って人の血を引くいているのかなかな?、と複雑な想いが頭をよぎった。それに母さんが再婚するとなると生活が一変しそうな気がする。

「俺もその人と一緒に住むことになるんかな?」

「再婚するんだったら普通そうじゃない?」

 あっけらかんと言い放つ玲子は俺の気持ちをこれっぽっちもわかっていないようだった。

「なんかなあ……」

「嫌なの? あのアパートから出れるのに」

「今のアパート、長年住み慣れた愛着あるとこなんだぞ」

「それって今時ビデオをVHSで観るぐらい変わってるよ」

 アパートに愛着はあるが、不便もある。雨が降れば雨漏りをすることもあるし、台風が来ればギシギシときしむ。クーラーはついていないから夏は地獄のように暑いし、冬は寒い。ほかの場所に住んでいる人からすれば、こんなアパート住みたくすらないんだろう。


「でさ、その人から食事に誘われてんだよ。で、どうしようかなあって」

「そりゃ行かなきゃ」

「いやいやそういうの無理」

「お父さんじゃない。まずは会ってみないとさ」

 いざ実際に会うと考えると、心のどこかで拒絶反応が起きてしまう。会いたい気持ちはあるんだけど、何が俺をそうさせているのかは分からない。かき氷と熱いコーヒーを同時に口に入れたような何ともいえない感覚だけが残り、横山さんとの面会に踏み切れずにいた胸の内をぐるぐると巡った。


       

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