17・ちょっとだけ本音を聞きました

「ああ、そうだ。折角です。ヒルデガルド様、私の方からも一つ、貴女に提案させていただきたい件があるのですが」

「何でしょう?」

「国民に、貴女の姿を見せていただきたいのです」

「ええっと、今更ですけどわたしの誕生って、魔族皆が知ってるんでしょうか?」


 身近な人が知ってるのは分かるよ。侍女の人たちとか含めてね。でも、町の人たちも全員なのかな。


「無論です。貴女が形を成したその時から世の魔力は徐々に強まり、そして誕生が成ったあの日、己に力の片鱗へんりんが戻ったのを感じましたから」


 ……なるほど。それで煌神こうじんもわたしの誕生を知って、ヘルゼクスさんもわたしを探せてたのか。


「わたし、お父様と結構違うんですけど、大丈夫でしょうか。がっかりしたりしません?」


 なんてったって性別から違うからね。


「問題ありません。貴女の器が我が主のものであることに変わりはありませんから。それを理解しない愚か者などいないでしょう」


 うん。お父様の器にはならないけどね!


「そういえば、我が主の肉片とはすでに融合は果たしたのですか?」


 わたしに何も変化がない時点で、分かって聞いてるでしょう、これ。まあ、早くお父様に戻ってほしいヘルゼクスさんなら当然ではあるんだけど。


「まだです」

「では、すぐにでも――」

「わたしの依代よりしろは確かにお父様の肉片ですけど、わたしはお父様そのものではないんです。今のわたしの体でこれ以上お父様率を増やすのは危ないと思いますよ」

「……主がそう仰ったのですか?」

「自分の体のことですから、なんとなく分かります。でも不審に思ってるみたいですから、お父様と話してもらった方がいいんでしょうね」


 にっこり笑って言ったわたしに、ヘルゼクスさんはきょを突かれた顔をした。

 態度がどうだろうが、相手が自分をどう思ってるかなんて、結構分かるものなんですよ? 対応の端々ににじみ出ますから。

 お父様はわたしの生を許容してくれた。だから大丈夫――なはず。


(お父様)

【――どうした?】


 ほんの少しだけ間を空けて、返事が返ってきた。


(ヘルゼクスさんを誤魔化すの、手伝ってください)


 お父様はわたしに宿れば居なかったときのことも把握できると言っていたから、説明は不要。

 お父様を頼るのは、きっと卑怯ひきょうなことだろう。だって魔族全体のことを考えたら、ヘルゼクスさんが正しいもの。

 それでもわたしが生きたいんだから、その想いを話して覚悟を信じてもらい、納得してもらうのは――わたしが自分の力でやらなきゃいけない。

 でも、今のわたしにはヘルゼクスさんに信じてもらえるだけの材料が皆無かいむ

 だからどうかもう少し、猶予ゆうよが欲しい。


【ふむ。ヘルゼクスの説得も自分でやる気か】

(はい)

【いいだろう。その意気を買ってやる。しばし引っ込んでいろ】

(お願いします)


 押し退けられ、奥へと追いやられる感じがする。肉体が瞬き一つをする程度の時間で、主導権が入れ替わった。

 瞬間、ヘルゼクスさんはその場に膝を突く。相手がお父様だと理解したのだ。


「ほう。我であると分かったか。褒めてやろう」

「勿体なきお言葉。ありがたく存じます」


 お父様も心なしか機嫌よさげ。自分を見てもらって嬉しくない人はいない、ってことね。


「さて。お前もヒルデガルドも、どうにも互いを信用できぬと見えるな」

「……申し訳ございません」

「構わん。あれの発想には、我も度々戸惑う」


 すみませんね、前世が抜けきらなくて。


「しかし今回の言においては、ヒルデガルドは正しい。あれの肉体は今以上の我の肉を受け入れられるほど成熟してない。急く気持ちは分かるが、唯一の器だ。大切に扱え」

「はッ。申し訳ありません」

「そしてヒルデガルドは我が使うことのできる器ではあるが、一人の魔族でもある。あまりあれの意思を軽んじてやるな」

「そのようなつもりは……」


 否定しかけて、ヘルゼクスさんは途中で口をつぐむ。考えてみて、思い当たる部分が出てきたんだろう。

 自分に都合が悪くてもお父様には決して嘘をつかないあたり、忠誠心は本当に本物である。


「しかし、我があるじ。ヒルデガルド様はいずれ我が主となられる。の方を一個の存在として扱えというのは、……その、酷です」

「ふ。心を移すか?」

「いいえ。我が忠誠は主のもの。ですからどうか……ご容赦いただきたく」


 ああ、そうか。いずれお父様に飲み込まれて消える(予定だった)わたしのことをどう見るか、扱うか、相手だって迷うのかも。

 ヘルゼクスさんがわたしを器として扱うのは、意図的にそうしてたのか。彼の心情を考えれば納得できなくはない。

 ……そっか。ヘルゼクスさんにも、別に本当にただの器としてしか見なされてなかったわけじゃないんだ。ちょっと、ほっとした、かも。


 ――まあ、その葛藤は不要なんですけどね! わたしは生き延びるから!


 でも今それを言えば、猛反対にあうのは目に見えている。わたしに信用がないから……。


「……ふむ」


 お父様も同じ想像をしたっぽい。小さく唸っただけで、何も言わなかった。

 少し気まずそうなのは、わたしの望みを汲むことで、ヘルゼクスさんの覚悟に応えられないことに対してだろう。


 ……わたし、本当に頑張らないと。


「まあ、無理にとは言わぬ。個人の関係にまで口を出そうとは思わぬしな」

「ありがとうございます」

「我の肉に関しては、ヒルデガルドに任せてよい」

「承知いたしました」


 うん。とりあえずはこれで、回収したお父様の肉片はただ持ってるだけで大丈夫そう。

 ……というか、聖刻印せいこくいんから解放したんだから、もしかしてわたしみたいに肉片を依代にした魔族が生まれてもおかしくないんじゃ?


【ないとは言わんが、肉を成すのには相応の時を要する。それを待つのは現実的ではなかろうな】


 そうですか。


 ほっとしたのか残念だったのか、ちょっと微妙。

 器ができたらお父様復活に近付く気がするけど、もし依代にして生まれてきた子がわたしみたいに自意識を持ってたら、やっぱりうーん、ってなるし。


「さて。では、我はそろそろ戻る」

「はッ」

「ヒルデガルドの甘さ、お前には腹立たしかろうが……。まあ、多少は大目に見てやれ。こいつもなにも考えていないわけではない」

「……はい」


 お父様に対してまで微妙に空けられた、その間は気になるんですけど……。

 本心から納得してではないその返事に、お父様も小さく息ををついて――体を返される。

 わ……っと。


「主は、戻られたのですね」

「ええ。今はわたしです」


 わたしであることを確認して、ヘルゼクスさんは立ち上がる。


「無用な疑心を抱いたこと、お詫び申し上げます」

「あ。えっと、お気になさらず」


 本当は、正しいのはヘルゼクスさんの方だからね!


「ええっと、それじゃあ……。そういうことで、よろしくお願いします」

「承りました。しかしヒルデガルド様、今回の件に関して罰は……」

「ないです。なくていいです。というかなぜ貴方はそんなに罰を求めるんですかね!?」

「求めてなどいません」


 嘘だ!


「私は当然受けるべき処遇として提案しているだけです」

「ちょっと意見言っただけでとか疑っただけでとか、いちいち罰なんてありませんって!」


 そんなコミュニティ絶対嫌。というか、早晩そうばん崩壊するよ。イエスマンしかいない組織の末路なんて零落れいらく一択。


「というか、ヘルゼクスさんはそうなんですか?」


 大神官という地位にあるヘルゼクスさんには、その下に神官とか見習いといった、部下にあたる人が大勢いるはずである。

 組織図が分からないから断言はできないんだけど、ヘルゼクスさんの立ち位置、神殿の――神事における偉い人とかの枠組みだけじゃなくて、むしろ国全体の宰相とかに近い気がする。


 もしそんな彼が先程の言を自身の部下に当てはめて行動しているのなら、すぐに改善しなくては!

 が、わたしの意気込みはあっさり首を横に振られたことによって収まった。


「いいえ。私の部下は私と同族。立場が同じです。しかし貴女は違う。唯一である我が主に近しい方だ。同族同士の付き合いとは、根本的に異なります」


 それはそれで寂しいな!?

 で、でもまあ、違うならいいんだ、うん。


「それなら、いいです」


 ほっとはしたからね。


「……そう。貴女は我が主と同じ、我ら魔族の主であるはず。なのになぜ、真っ先に寵愛するのが人間なのか」

「こ、好みの問題ですから?」

「あの男のような顔がお好みなのですね。承知しました」

「探さなくていいですからね!?」


 ハレム要員とか連れてこられても困るから!


「しかし……っ」

「今は一人でいいんです!」


 増える予定だけどね! お父さんとお母さんと妹さんが。


「……分かりました」


 わたしが乗り気でない以上意味がないと思ったのか、ヘルゼクスさんは無理に押しては来なかった。


「まあ、しばらく離れることになるのです。その間に冷静になっていただくことを、切に期待します」


 すみません。その期待、裏切ります。




 とりあえず望んだ要求を勝ち取って、わたしは安堵の息をつく。

 さ。部屋に戻ってアルディスに報告しよう。

 ……そういえば、お父様はアルディスのことをどう考えてるんだろう。何も言わなかったってことは、許容ってことでいいのかな。


【そう考えて構わん。利はあると思っている】


 わっ。


【いちいち驚くな、見苦しい】


 無理です。

 ――にしても。


(意外です。お父様も反対するかなと思ったので)

【手段を選んではいられん。奴が目指すものが人間の復権ならば、手綱を取ることはできる。――だが、気は許すな、ヒルデガルド。人とは、下手をすれば煌神こうじんより余程厄介な敵となる】

(煌神よりも、ですか?)


 正直、それはちょっと想像し難い。

 人間は中庸ちゅうようの種で、どちらにも親和性を持つから厄介ではあるんだけど、同時に中途半端でもある。煌気こうきが強い方に入るアルディスだって、種族の壁を取っ払って位置付けするとしたら、処刑に訪れた女性煌使こうしと同じぐらいじゃないかな。

 つまり、ヘルゼクスさんやエスティアクラスになれば、人間のエリートである聖騎士に就いていたアルディスも『問題ない相手』に入ってしまうってこと。


【我の肉体を細切れにするほど追い詰めておきながら煌神が我を殺さなかったのは、我が死ねば己が死ぬからだ】

(はい)


 お父様と煌神は、表裏一体の存在。お父様の存在を弱めるためにその肉体の欠片を滅しはしても、本当の意味での致命傷は与えられない。

 ……助かったと思うべきか、苦痛を延々与えられているお父様を痛ましく思うべきか、迷うところだ。

 事実かどうかわからないけど、アルディスが煌使から与えられていた情報では道半ば――半分ぐらい滅されてしまっているらしいし。

 って、あれ? それってお父様的に大丈夫なの?


【問題ない。我が生きている限り、肉体など再生していくしな】


 そうでしたか。


【我が死ねば煌神も死ぬ。煌神が死ねば我も死ぬ。しかし、人間は変わらん。我と煌神が滅した後、力を失う魔族や煌使は、おそらく人の肉体の力に叶わぬだろう】

「!」

【このことは決して、人に知られるな。アルディスの目的が人の復権ならば、我らが煌神を制し我の心臓を取り戻した時が、最も現実的な手段となろう】


 なくない……かも。


【だから決して、気を許すな。よいな】

(……はい)


 後ろめたさを感じつつ、わたしはうなずく。

 もしその機会が訪れたとき、アルディスがお父様の心臓を殺すことを――わたしたちを裏切ることを、わたしは想像している。

 話さないってことは信じてないってこと。実際、信頼関係が生まれるほどの付き合いはしていないんだけども。

 ……それでも早速誤魔化さなきゃいけないことがあるのが、少しばかりしんどかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る