第6話筋肉の群れに連れられて
「到着うううううう!!!!」
前の方で野太い声が響き渡る。やっぱりあの人が頭領か。先頭走ってるしそうだろうとは思っていたよ。
命が燃え尽きるまで決して止まることの無さそうだった筋肉たちの地鳴らしは、この一声で大きく地面を削りながら急停止した。ぶつかり合う筋肉。ではなぜ、俺はひき肉にならずにこうやってまだ描写をしているのか。
それは、俺が筋肉の一人に乗っているからだ。肩車されてる。いや、されてるというのは語弊があるか。彼は俺を助けてくれたのだから。
「ありがとうございます」
つるつるの茶色い頭頂部に小さくお礼を言うと、彼は俺を赤子のように降ろした。
「気にするな魔術師」
彼の答えは短かった。恩を感じる暇すら与えないほどに。彼の眼球はその間だけこちらを向くと、次の瞬間にはもう前を向いていた。かっこよすぎだろ。
俺は、彼とこれ以外一言も会話していない。いきなり肩に乗せられた時も、俺はただわけのわからない状況の雪崩に押し潰されていたし、ただ黙って走り続けるスキンヘッドゴリラに声を掛けることができなかった。ただただ、助けられた。語りたくもない、悲惨な最期から。
……魔術師って思われてたんだ。
筋肉大停止から暫く、頭領からの司令は来なかった。さっきまでの高い視点を失った俺は、もう前の様子を窺うことはできない。
ここで、読者の皆さんに俺が巨猿の上で見た景色を説明していこう。
まずここはどこか。ダンジョンの中である。元々ダンジョンの中にいただろうと思うかもしれないが、そうじゃない。
ここは、本当の意味でのダンジョンの中。
第4層だ。
俺は、筋肉の群れに連れられて、冒険者ギルドよりも前にダンジョンの中に来てしまったのである。今度は強制冒険者ギルドフェーズでも来るか?ちなみに、結構厳重そうな入出管理場所があったが巨猿の上で普通に通過した。やはり管理員たちも血走った筋肉の群れに話しかけるのは無理だったのだろう。
そこから2つの全く様相の違う階層を経て、今俺はここにいる。だから多分第4層。
そしてもう一つ。俺等筋肉軍団は適当に数えて50人ぐらいの大分大所帯だったのだが、俺らの前と後ろには別の団体が走っていた。
前の団体は、多すぎて数え切れないほどの大量の騎士。全員が銀色の甲冑に身を包み、フルフェイスマスクをしていた。地面を覆い隠す白いマントには大きく金色の印が刺繍されており、俺は彼らを国に仕える騎士団だと思っている。刺繍もそうだが全体的になんか高貴な感じだった。
後ろの団体は、目深なフードの付いた黒いローブに身を包む、十数人の魔法使いたちだった。なんで魔法使いとわかったかって?そりゃあでかい杖持って、空飛ぶ絨毯で移動してましたからね。とんがり帽子を被ってなくてもわかります。
箒じゃなくてそっちなんだと思ったそこの貴方。
俺も思った。
そして今いるここ、第4層はどんな場所かというと、よいしょっと、ふぅ空気がうまい。筋肉でできた檻をどうにか抜け出した俺は、改めてぐるっと周りを見渡した。筋肉たちの持つ大きめのランプが、土色をした巨大なトンネルを映し出す。大自然の広がる巨大な空間だった第3層とは真逆の、暗く狭い迷宮。草木生い茂る地面の下に位置するこの場所は、まさしく。
でかい何かの巣だ。
といっても、直径10メートルはあるトンネル。このでかさの蟻が出てくることは流石にないだろう。というか、まだ一回も俺はモンスターを目にしていない。かなりの距離を快適にダンジョンツアーさせてもらったのに、どういうことなんだろう。第3層の平和そうな雰囲気を見ても、この世界のダンジョンは魔物が無限に襲ってくるような危険な場所じゃ無いのかもしれない。ではなぜ大量の騎士や筋肉、魔法使いがこんなにもピリついた状態で行軍して来たのだろうか。俺はまだ、目的すら知らない。
流石に少し話を聞きたい。俺は壁に沿って後ろに歩き出した。目の前の筋肉たちに聞けばいいじゃないかと言う読者諸君には、今一度この筋肉たちの描写をしておこう。
男ばかりではない。女性もいる。全体的に背は高いが、俺より少し高いぐらいの者もいる。
そんな彼らの身体は、内包する力を誇示するかのように隆起し、力強く脈打つ血管が体中に迸っている。
誰も笑っていない。口を固く結び、両目は静かで冷たい光を湛えている。体中に括り付けている大量の武器は、彼らが命のやり取りをしようとしていることを生々しく伝えてくる。
ってこんな感じの筋肉に話しかけられるわけがないだろうが。本当に空気が張り詰めてるんだ。今もこっちに振り向かれるんじゃないかって怖い。魔法使いの方々にだったら、話しかける暇があるんじゃないかと思って。
少し進むと、黒フードの集団が見えた。絨毯からは降り、一人が丸めて背負っている。これはこれで話しかけ辛い。顔が見えないから。様子を伺いながら近づいていく。
先頭の一人が、こちらに振り向いた。あっ女の子だ。うわかわいーーーとか思ってたら、全員こっちを見ている。筋肉の群れから現れた変な服の俺はさぞ場違いな感じなんだろうな。やべぇこれ以上黙ってると変なかんじになる。
「すいませんこんにちわー……」
とりあえず話しかけてはみたが、だめだ。眉を顰めて固まっている。変なやつに話しかけられて、困惑しているという感じだ。
でも、もう火蓋は切られた。引くに引けないのだ俺も。
「あのー、ちょっと聞きたいことがあるんですけどぉ……」
「……………………………………はい」
女の子が返事をしてくれる。かなり迷っているような間があったが、どうにか会話はできそうに思う。やっとだ、やっとこのなんにも分からない状況に終止符が打たれる。俺は頭に浮かぶ山程の疑問の中で、どうにか優先順位をつけ、今一番気になる質問を口にした。
「皆さんここには何をしに来られたんでしょうか」
…………俺の声は、暗い土の壁に吸い込まれていった。答えは返ってこない。時が止まったかのように、彼女らはただこちらに目を向けるだけだった。
言葉が通じていない可能性が頭をよぎる頃に、ようやく女の子がぽつりと言った。
「……援軍に……」
今度はこちらが黙る番だった。……援軍か。なるほど。では、何かと戦いに来たというわけだ。うん。でも、元々そうだろうなとは思ってたな。
これを聞いたからといって、俺は何をすればいいんだろう。俺の放った渾身の質
「きみー、魔術学院の人?」
びっくりしたぁ。女の子の後ろから覗いた顔が喋りかけてきた。一瞬、そうだと言ったらどうなるかという思考がちらついたものの、足元の見えないこの状況で嘘を吐く勇気などあるはずはなく、反射的に答えた。
「いやっ、違います」
ていうかこの子も女の子だ。薄い緑の髪の子供。こんな子まで援軍に来てるのか。
「ふーんてかさぁ、きみ逃げてきたの?」
「逃げっ……てきてはないです」
逃げてきた?逆走してるからってことかな。というか、筋肉に肩車される俺の姿は向こうからは見えなかったのだろうか。まあでもちょっと逃げたくなってきては
「すなおに言え」
はぁっ、はぁっ、何で、何でこの人も、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、
「ねぇこの子マーキングされてるんだけど」
「ほんとだ」
ふぅっふぅっ、何だよ今の、心臓潰されるみたいな、感覚。何なんだよ、何なんだよ、ああっっっ。
「とりあえずお前付いてこい」
助けを求めるように振り返った小林の後ろには、もう筋肉たちの姿は無かった。
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