第3話 出会い
そして今にいたる。
話しかけたと同時に黒スーツを着ていた男達はハルヒサ目掛けて走り出した。驚いたのはハルヒサだ。いきなり自分目掛けて走り出したのだから、慌ててその理由もわからずに彼は踵を返して走り出した。
そうして走り続けて早一時間近くが経過した。ずっと走り続けているわけではないため、息が上がっているということはない。元々は陸上部にいただけあって体力も波の人間以上にあった。
しかしどういうわけか息が苦しかった。呼吸をしようと思い息を吸うだけで空気を重く感じ、肺に沈澱していく気配がない。疲労というわけでもない。ただ漠然と体が重い。このままだと捕まると直感し建物の隅に隠れるハルヒサはどうにかして大通りに出る方法を探して路地を見回した。
見渡す景色は最初に黒スーツの連中に出会した場所に比べればいくらか明るい場所には来れたと感じさせる色鮮やかさがあった。カラフルな色の壁が目立つ場所で、耳をすませば大通りの喧騒が聞こえてくるようだった。
だいぶ近い、とハルヒサは立ち上がり、その音が聞こえる方向へ向かって走り出した。しかし程なくして彼の背後から怒声が飛んだ。
「いたぞぉ!!」
「捕まえろ!」
舌打ちをこぼし、ハルヒサは走る。一体いつまで逃げればいいのか、そんなことを考えながら走っていると、正面の路地の角から光が漏れていることに気がついた。
しめた、と思いハルヒサは加速する。音の方向からして上を曲がれば通りに出る。通りにさえ出ればあとは人混みの中に紛れ込むことで追っ手を撒くことができる。そう考え、路地の角に向かって急ぐハルヒサは直後、その足を止めた。
わ、という叫び声の後にあ、という声がハルヒサの口から漏れ通りへと登る階段を彼は見上げた。
曲がろうとした先には茜色の髪の子供が尻餅をついていた。突然飛び出てきた自分にびっくりしたのだろう、と思いとっさにハルヒサは子供を抱え起こし、彼の着ているローブについた汚れを払った。
とても利発そうな印象を受ける子供だ。歳の頃は小学校低学年ぐらいで、身長もハルヒサの腰を超えるかぐらいしかない。着ているのは古臭いローブで、登山靴を彷彿とさせる厚底のブーツを履いていた。
赤髪の男の子はハルヒサを見上げ、不安そうに眉を寄せた。彼の不安を感じ取り、ハルヒサは彼とその後ろに続く階段を交互に見た。
このまま階段を登れば迫ってくる黒スーツの連中から逃げ仰ることはできる。けれど、その過程で目の前の子供を巻き込んでしまう。分かれ道、どっちに自分が行ったかを確認するため、黒スーツの男達は間違いなく赤髪の男の子に聞いてくる。
理由もなく襲ってくるような連中だ。子供一人を脅すことぐらいは平気でやるだろう。唐突に芽生えた正義感に気恥ずかしくなりながらハルヒサは少年に路地に戻るように言った。なんで、と返されると、なんでもだ、とはぐらかし彼に階段を登らせ、自分はまっすぐ、路地裏を走った。
我ながら、なんでこんな正義感を働かせたのだろうか、と不思議に思いながらハルヒサは人気のない路地裏を走り続ける。心なしか気分が晴れやかだった。きっとそれはいいことをしたと思っているからだろう。
しかし逃走劇もずっとは続かなかった。ある路地を曲がろうとした時、ハルヒサはその路地が行き止まりであることに気がついた。すぐに踵を返そうとしたが、彼のすぐ後ろにはもう例の五人組が迫っていた。
「ちぃ。ここまでかよ」
五人組の中から前に出たのはギザ歯の男だ。悪態を吐くハルヒサにナイフを向け、彼を睨みつけた。
「ここまでェ?てめぇ、アレか。ここで死ぬとか思ってんのかァ?んなわッきゃねーだろバーカ!」
口悪いな、と思うよりも前に、その発言の意図がわからず、ハルヒサは眉を顰めた。それを見てギザ歯の男はおいおい、と落胆したようなそぶりを見せた。
「察しろよォ。ここでお前を殺ったら殺ったで市警に色々言われんだろ、ォいい。だから事務所で色々聞いてからバラすんだろぉがぁよぉ!!」
「はぁ!?ふざけるなよ!なんで俺がそんな目にあわなきゃいけないんだよ!」
「俺らの取引をてめぇが見ちまったからだろうがァよォ。っと、こんなとこでくっちゃべってるわけにゃァいかねェんだ。さっさとふん縛ってアニキんところにつれてかねェとォなぁ」
おい、と後ろに控えていた青い肌の男とトカゲ頭の男に指示を出し、ギザ歯の男はハルヒサを取り囲んだ。逃げ場はない。間をすり抜けようとしても大柄の青鬼男が入り口を塞いでいて、すぐに行き止まりになってしまう。
「万事休すってか?」
「——諦めないでよ。男でしょ?」
不意に声がした。声は路地の入り口から聞こえた。ぁあ、とメンチを切りながらギザ歯の男は振り返る。振り返ってすぐに青鬼男が邪魔になっていることに気がついたのか、ナイフを左右に軽く振って、男に退くように命令した。
青鬼男が退いてようやく声の主をハルヒサも見れるようになった。そしてその姿にハルヒサは驚いた。
立っていたのは先ほど助け起こした赤髪の男の子だった。ローブのポケットに両手をしまい、不適な笑みを浮かべる少年にハルヒサが言葉をかけるよりも早く、ギザ歯の男は声を荒げて少年を恫喝した。
「ァあ?なんだ、このくそガキャァ?見せもんじゃァねぇぞ!」
「見せ物だろ、1ビタ程度の価値もない」
「んだとこらぁ!?」
ギザ歯の男を少年は挑発し、触発された男は前に躍り出てナイフを少年に向けた。やめろ、と前に踏み出そうとするハルヒサだったが、間に割って入ってきたトカゲ頭の男に「黙ってろ」と彼の鳩尾に肘鉄を打たれうずくまってしまった。
「僕ちゃんいいでしゅかァ?そういう無駄な正義ヅラはねぇーもっと大きくなってからいいまちょーねェー」
露骨な赤ちゃん言葉でギザ歯の男は少年を煽る。負けじと少年もまたギザ歯の男を嘲笑った。
「たかだか40歳かそこらの反社崩れが大人を気取るなよ。体の大きいガキみてーなもんだろ、お前らは」
「つ、ぁああ?」
「もっと言ってやろうか?お前らはママの子宮、ああ子宮ってのは一般的に赤ん坊が出てくるところね、念の為。その子宮に知性と品格を置き忘れた未成熟児、ああ未成熟児ってのは」
「しぃいいいいいいねぇえええええ!!!!!」
激昂しギザ歯の男はナイフを少年に向かって突き立てた。素早い一撃だ。しかし少年はそれを軽々と避け、男の頬目掛けて回し蹴りを喰らわした。
「ぐひぇ」
わずかに後ずさるギザ歯の男を少年は嘲る。ガキの一撃も避けられないのかよ、と。
「粋がってんじゃねェぞ、クソガキ。刻んでやぞ、おい!」
刹那、男の持っていたナイフが青い光を纏い、それは長い刃となった。同時にギザ歯の男の外見も変化し、男のこめかみから紫色のツノが一対生えた。眼球から白目が失せ、鈍い黄色い光を放つ黒瞳と化した。
「ああ、デーマンだったのか。どーりで化け物じみた顔だと思った」
変化に対して少年は至って冷静だ。それが癪に触ったのか、ギザ歯の男は刃を少年目掛けて振り下ろした。
極めて直線的な攻撃、少年はひらりとそれを躱す。避けた刃は地面に当たり、直後、それは大きく跳ねた。少年が瞠目し、目を見張ると男は刃を横方向へ向かって振るった。
刃が少年に直撃し、そのローブの切られた。ずるりと、袖口が剥がれ落ち、少年の二の腕には刃で切られた傷がついていた。
「きひひひひ。このままゆっくりじわじわと刻んでやんぜェ、クソガキぃ」
下卑た笑みを浮かべるギザ歯の男。対して赤髪の少年はなんともないかのように向き直り、口元に笑みを浮かべた。
「なに笑ってんだァ?」
「いや、なんでも。この傷なら正当防衛になるかなって思ってさ」
「ぁあ?何言ってんだよ。防衛だぁ?」
「ああ、防衛だ」
答えながら少年はローブの無事である方の袖口に手を入れた。取り出されたのは赤い宝石のアミュレット。金色の鎖が通っている煌びやかな逸品だ。
「何だァ、マジギアかぁ?」
「いやぁー?もっといいもんだよ」
少年は金の鎖を持ったまま、赤い宝石をかざす。そして一言、唱えた。
「ラースクライ」
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