第4話 魔法使いの戦い
——眩い光がアミュレットから放射された。同時に紅蓮の炎がアミュレットの奥底から現れ、それは少年を取り囲むようにして逆巻いた。
光が収まる頃、その場にいた全員が自分の目を疑った。現れたソレに恐怖し、後ずさった。ソレが放つ威容は絶対で、何も知らないハルヒサですら放たれる威光に下げた頭が上がらなかった。
現れたのは
体躯は六メートルほど。体格に恵まれた青鬼男ですら見上げるほどの大きさだ。発される熱は相当なもので、出現と同時に周囲の温度が高まり、メラメラと陽炎のように景色が揺れた。
「か、カーバンクル!?」
「魔法使いか!」
ギザ歯の男はもちろん、これまで感情を露わにしてこなかった青鬼男ですら驚きのあまり目を見開いた。呆気に取られるハルヒサがわかったのは目の前の金色の獣がカーバンクルと呼ばれていること、そしてそれを呼び出した赤髪の少年が魔法使いであるということだ。
魔法使いと呼ばれ、少年はニヒルに笑う。彼が笑みを浮かべるとギザ歯の男達は警戒して後ずさった。
「クカカカ。なぁ?こうやって傷がつかないと過剰防衛になっちまうだろ?」
そう言って少年は上腕が切られた手を前に突き出した。突き出された上腕に金色の獣の炎が触れるとその傷がたちどころに癒えていった。
ギザ歯の男は悔しそうに歯軋りをする。この野郎、という憎悪とどうしようもできない現実が自分達を追い詰めている、と理解したから。
「傷つけてくれて、ありがとぉなぁ」
煽りながら少年はラースクライと呼んだカーバンクルを構えさせる。ギザ歯の男達は焦ったようにして武器を構える。
「クソ、なんだッて魔法使いがァ」
「いいのかよ!俺達はアスクライド・ファミリアだぞ!魔法使いだからって」
「報復されるぞ!」
焦ったギザ歯の男達は脅し文句を口々に喚いた。アスクライド・ファミリアというのが何かはわからなかったが、なんだかドラマや映画の暴力団みたいだな、とハルヒサは感じ、目の前に立つ黒スーツの男達が所属しているのはそういうアンダーグラウンドな組織なのだと理解した。
魔法使いはその脅し文句に動じるそぶりを見せない。親に言いつけるぞ、と言ってきた子供に、その親の仕事をやめさせるぞ、と脅し返してくる社会的上位者のようにやってみろよ、とただ返した。
「このクソ野郎がァ!!」
ついにギザ歯の男が走り出した。赤髪の魔法使いに向かって走り出した。それを赤髪の魔法使いは薙ぎ払う。
「〈フィガール〉」
赤髪の少年の命令に従い、金色の獣は炎を吐く。凄まじいまでの火炎放射、生じた風圧によって向かっていた男達は吹き飛ばされ、背面に建つ家屋の壁に叩きつけられた。
ギザ歯の男も、青鬼男も、トカゲ頭の男も、小さい二人組も吹き飛ばされたままぐったりと倒れ、動くそぶりは見せない。一瞬、死んだのかとハルヒサは己の目を疑ったが、すぐにうめき声を彼らがあげたので死んでいないとわかった。
——そのことにハルヒサは安堵した。
「変な人だなぁ。自分を殺そうとしていた奴らのことを心配するだなんて」
ローブのポケットに手を入れた赤髪の魔法使いはカラカラと笑いながら、ハルヒサの前に立った。初見時の利発そうな印象はもうない。ただものすごく底意地が悪いということだけはわかる危うい少年を上目遣いで見上げると、彼は快晴のような笑顔を浮かべていた。
状況は最悪だ。犬に追っかけまわされていたと思ったら、いつの間にか目の前にライオンが現れたくらいには。しかもあろうことかそのライオンは自分に興味を抱いているときたもんだ。生きた心地がしないとはこのことだろう。
「ひょっとして俺がこの人らを殺したとか思ってた?そんなことしないって。だってほら。この人らが言ってたでしょ?こんなところで殺しをやったらすぐに市警がくるぞって。あながち間違いじゃないよね。ていうか、派手に俺もカーバンクルで魔法をぶちかましたもんだからさ、きっとあの火柱を見てもう市警がこの辺に急行してんじゃないかな?」
まるで火砕流のようにとめどなく少年はベラベラと思ったことを言い立てる。圧倒され、言葉を失っていたハルヒサは、ああそうだね、としか言い返せなかった。
「ふぅん。お兄さんはどこか行くとことかあるの?ない?ないなら、俺んち来なよ。今時珍しい、正義感あふれるお兄さんを招待できるなんて光栄だなぁ」
「正義感?」
「そう!正義感。お兄さん、俺を巻き込まないために通りへの道じゃなくて、路地をそのまままっすぐ走っていったでしょ?いや、あれには胸が打たれたね。感動ものだよ。ああいう善行ができる人間は少ないんじゃないかな。自分の命が脅かされていたら、誰だって他人のことなんて顧みないよね。それなのにお兄さんは俺のことを助け起こすばかりか、本来の道から外れて、路地を走っていったでしょ。もう感涙ものだよ。ああ、実際に感涙に咽び泣くわけではないよ?比喩的な表現としてさ」
溢れ出す言葉はまるでマシンガンのようだった。とにかく止まらないし、止まる気配がない。とにかくうんうん、と頷き続けながらハルヒサは立ち上がり、少年のことを見下ろした。
自分よりもはるかに小さい赤髪の少年。しかしその実態はハルヒサをはるかに凌駕する絶大な力の持ち主で、その一端を垣間見てしまっては彼をただの少年として扱うことはできない、と悟った。
少年に手を引かれ、ハルヒサは路地を歩いていく。迷路のような場所だが、少年は道順をわかっているのか、散々ハルヒサが迷った道を彼はすぐに突破し、二人はとある通りに躍り出た。
「——このあたり、再開発を繰り返してるからさ。下層ほどに入り組んでるんだよね。俺みたく頻繁に出入りしてる人間じゃないとこうはいかないよ?」
自分のこめかみのあたりを指差しながら、少年は自慢げにニカっと口角を上げて笑いかけた。ソレに対して愛想笑いを浮かべていると、少年がずいっとハルヒサに顔を近づけ、そういえばさー、と唐突に切り出した。
「まだ俺、お兄さんの名前を聞いてなかったよね。名前、なんていうの?」
「名前?俺の、名前?」
当惑しながら、しかしハルヒサはだんだんと落ち着きを取り戻し、いつもの調子で答えた。
「俺の名前は
ニカっと笑い返すハルヒサを赤髪の少年はぽかんと目を丸くして見つめていた。なんなら唐突に名乗りをあげたハルヒサを見て、クスクスと笑っている通行人も何人かいた。さすがに羞恥心を覚えたのか、ハルヒサは咳払いをして、改めて自己紹介をする。
「瀬名 春庇だ。瀬名が苗字で、春庇が名前な。ちなみに異世界人っていうのはマジだ」
「ふぅん珍しい名前の付け方っていうか、名前の並びなんだ。ていうか、異世界人ってお兄さん。そういう冗談は歳をとってからするものじゃないよ?羞恥心で井戸に顔を沈めたくなるよ、普通」
あはは、と少年に笑われ、そうだよねー、とハルヒサは愛想笑いを浮かべる。勢いあまって異世界人だ、と言ってしまったが改めて考えてみれば黙っておくべきだったかもしれない。露骨に素性を明かすというのはこの世界のことを何もわかっていない自分にとってリスクでしかないのだ。
「あ、でも無一文ってのは本当だぞ?あと、その」
「んー?」
「実は、ここがどこかもわかってない。気がついたらここにいたから」
「んーー??」
わけがわからない、と魔法使いは首を傾げた。
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