第29話

「……咲羅、どういうことだ?」


俺の言葉に咲羅とその場にいる全員がキョトンとしたあと、咲羅以外が全員咲羅を見る。


「あ……」


“忘れてた”と聞こえてくる咲羅の声に全員一斉にあきれ顔。


俺以外。

俺、そんな余裕ない。


“まさか”がひたすら頭を巡る。


「ごめん。妙に馴染んでいたから言ったつもりでいたわ」


それって……。


「説明するからちょっと来て。お母さん、浅葱をよろしく」


咲羅に腕を引っ張られて立ち上がりながら、俺の目はお袋さんに抱かれた幼児に釘付けだった。


咲羅を見て、幼児のさくらんぼのような唇が動く。


「まー」


……へえ。


「ここは『ばー』じゃないのか」

「……うちの家族も大概だけど誠も大概だと思うわ」


そうか?


「そこを気にする?」


俺を引っ張りながら咲羅は笑う。

でも、俺を見ない。


俺をサンルームに押し込んで後ろ手で扉を閉める。

やっぱり俺を見ない。


さっきから、ずっと。


思い返せば、あの子どもが部屋にきた瞬間から咲羅は俺を見ていない。

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