第21話

「ちょっと電話してくる」


咲羅はそう言って少し離れたところで電話を始める。


目を離したら咲羅がどこかにいってしまいそうだから。

じっと見ていたら咲羅は視線を感じたようでこちらを向く。


どうしたんだ?


わたわたと挙動不審な咲羅が面白くてジッと見ていると、咲羅が頬を膨らませて俺に背を向けた。


照れ臭いから見るなということか。


全く……本当に愛おしくて堪らない。



咲羅の電話する姿は賑やかだ。

ピョンピョンと跳ねたり、相手には見えないのに身振り手振り。


最後に見たときやせ細っていたから、あの元気な姿が嬉しい。

あれを見れただけでも、あのとき別れた俺の選択は間違ってなかったのかもしれない。



「斗真!!」


『春沢杏奈』が『橘斗真』を呼んだ。

かなり馴れ馴れしく。


……忘れていた。

それに、よりにもよって、いま?


思わず眉間に力が入ってしまった。

『橘斗真』はこんな顔をしないと急いで顔を整える。


「どうしたの?」


この場にいる半数くらいが「『橘斗真』っていい人」と言うくらいの微笑みを浮かべる。


「あんたの奥さんの幽霊がいま私にっ!!」


『橘斗真』が穏やかでいい人であればあるほど、『春沢杏奈』の品のなさが浮き彫りになる。


芸能界は人気商売なんだろう?


そもそも何で名前で呼ぶんだ?

芸名だから半歩くらい譲れるけれど。


それに年下の女に『あんた』と呼ばれる筋合いは欠片もない。



「あら、どうしたの?」


咲羅!?

なんちゅータイミングで戻ってくるんだ!?


「そちらの方は、どなた?」


え、なにその言葉遣い。

よそ仕様?


いや、そうじゃなくて!


疚しいことは何もしていないんだけど!

でも!


……この状況を誤解してないよな!?

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