第10話 脱走準備

 ハッとした表情で圭介は奏多を見る。


「奏多兄さんに何が分かるんだ」


「分かってないのは圭介、お前だよ。いつまで絶望する為に頭を使うつもりなんだ?」


 圭介の言葉に奏多は鋭く突き返す。


 奏多は一歩前に進む。


「状況は常に変わり続けている。絶望した時と、今では何もかも違う。賢いお前なら分かるはずだ。状況は絶望から変わっていることに」


「・・・・・・」


 圭介は顔を下に向けて黙り込む。


 奏多はそんなことは構わずにしゃべり続けるり。


「どう頭を使おうが、圭介の自由だ。だけど、僕は絶望するのに頭を使うよりも、絶望を打ち砕き自分が喜べる結果にする為に頭を使うことの方が有意義だと思うけどな」


 圭介にそういうと、これ以上話すことがないと言わんばかりに圭介から離れようとした時だった。


「奏多兄さん!」


 圭介が奏多を呼び止める。


「そのスクロール、前に教えてもらったものと同じ?」


 圭介の言葉を聞いた奏多はほんの一瞬だがニヤリと笑う。


「同じものだよ。圭介と宗馬ならすぐに使いこなすことが出来るはずだ」


 奏多はバックから数本のスクロールを取り出すと圭介に投げ渡す。


「他にも何か持ってきてない?地図とか」


「ここまでの道を簡易的に記録した地図とここあたり周辺の地図もある」


 さらにバックから2枚の地図を取り出すと圭介に渡す。


「・・・・・・なんでこれを最初に言わなかったの。これだけあればあんなこと言わなかったのに」


 拗ねるように圭介は言ってくる。


「自分で勝利を掴み取ろうと思わないなら、任せられないからだ。圭介なら分かるだろ。それらは現実を打開するのに大きな力を持つが、絶対ではないことに」


「確かに・・・・・・そうだね」


 奏多の言葉を理解できた圭介は、自分の不甲斐なさに悔しさを滲ませる。


「圭介、10分後に作戦会議をする。地図とスクロールについてしっかり把握しておくこと」


「分かった」


「宗馬は他の子をまとめて移動できるように準備をしてくれ」


「任せろ」


「それと詩織しおり


「わ、私?」


 突然、奏多に指名されて驚いているのは、宗馬達と同い年の詩織だった。


「詩織は宗馬のサポートをしてくれ」


「わ、私も疲れてるし何すればいいかわかんないよーー」


 どこか胡散臭を感じるような言い方で、詩織は奏多のお願いを断ろうとする。


 詩織は宗馬達と比べると、どこか達観していて冷静な子だった。


 周りの機微を察知する力があり、その力をうまく使って面倒ごとなどを宗馬達に押し付けたりと何かと楽をしようとするタイプだった。


「詩織、今の状況をしっかり考えた上で、対応しろ。もう一度言う、宗馬のサポートをしてくれ」


 奏多は極めて穏やかな口調で語りかける。


「私だって酷いことをされて疲れてるんだよ」


 詩織は2度目のお願いも断った。誘拐されたことをうまく使えば働く必要はないと判断したようだ。


 しかし、これは悪手だった。


 可愛らしい声でいかにも疲れていると言った感じを前面に出していったが、帰ってきたら奏多の反応は、全てを凍てつかせるような冷徹な視線だった。


「詩織、前から言っていたはずだ。サボる場合は、状況を見極め適切にサボれと。


 どうやら詩織にも為になることをしないといけないな」


 奏多は淡々と詩織の隣に近づくと耳打ちをする。


 耳打ちをされた詩織は、顔が一気に真っ青になった。


「ど、どうしてそれを!い、いや、お願いバラさないで、ま、マザーに殺される!」


(マザーに殺される?)


 おそらくはマザーに隠れてサボっていたことを奏多が知っていたパターンなのだろうが、一体どんな隠し事をしていたことやら。


「そうなにヤバいことなの?それは知らなかったなーー、でどうするの?」


 絶対に知っていたと私でも分かるわざとらしい言い方をした後、冷徹に詰めていく姿に、少しだけ詩織が可哀想に思った。


「て、手伝います。手伝いますから、内緒でお願いします!!」


 側から見たら奏多が極悪人にしか見えない状況がそこにあった。


「なるほど、手伝うか。詩織、何か勘違いしてないか?」


「へ?」


 予想外の言葉に詩織は固まる。そんな詩織の目線に合うように、奏多はしゃがみ言い放った。


「この状況からして手伝うのは当たり前の事だよ?何、黙ってもらう代わりみたいな感じで言っているの?」


「ヒ、ヒィーー」


 誘拐された時よりも震え上がり絶望した表情をする詩織。


 詩織のサボり癖を知っているみんなは、誰一人止めることはなかった。


「わ、私だってひ、ひどいこと、さ、されたから」


 か弱い女の子を必死に演じようとする詩織だが、私達の中で奏多が最もそう言うことは効かないことを忘れている。


「酷いことね?その割にはみんなに比べて随分と衣服とか綺麗だけど、どんなことをされたんだい?」


「あ、あ、あ、あ、あ」


 奏多に痛いところを突かれた詩織は壊れたロボットみたいになってしまった。


「詩織?」


「は、はい!」


「このことの口止め料は、この状況を抜け出した後に請求するから、今は全力で宗馬をサポートしてね?」


「はい、分かりました!」


 そうして、詩織は急いで宗馬のところに向かおうとするが奏多に止められる。


「手伝いに行く前に、最後に言うことがある」


「な、なんでしょうか?」


「うまいサボり方についてのアドバイスだ。アドバイスは二つ。


 一つは、どんな時でも100でサボるな。70から80ぐらいでサボれ。


 もう一つは、みんなが楽な時ほど全力でサボれ、そしてみんなが辛い時ほど損をしろ。」


「それって結局、プラマイ0じゃん」


「それは詩織の運次第だ。辛い時が少ないほどプラスになるからな。ただ、サボり過ぎて痛い目に遭うよりかは、こっちの方がいいと僕は思うぞ」


 詩織は完全に納得した表情はしていないが、参考程度にはしてもいいと思ったのか、「一応覚えておく」と言って宗馬の手伝いに向かった。


 そうして奏多は脱出の為の指示を出し終えると私の方に向かってくる。


「全く明里はいつも無茶をするね。はいこれ」


 やれやれといった感じで、自分が着ていた上着を脱いでこちらに渡してくる。


「受け取らないはダメだよ、これから脱出するんだから」


「ありがとう」


 ボロボロの服の上から貰った上着を着る。


「暖かい・・・・・・」


「それは良かった」


 そんなことを言いながら、奏多は私の隣に座る。


「頑張れそう?無理なら先に帰っていいよ。後は僕に任せて」


「どうしてそんなことを聞くの?」


 いつもなら、助けてくれと頼ってくるはずの奏多が任せてと言ってきたことに、少し嫌な気分になって聞き返した。


「シスターの回復魔法で全快してないでしょ。シスターの魔法は強力だ。ボコボコにされたはずの宗馬達でも全快する程度には効力があるのに、明里は回復しきれなかった。


これが意味することは、明里は死にかけていた。それしかないよ」


 つまらなそうに奏多は言う。


 誤魔化すことは無理そうだ。回復魔法をしてもらって、体など表面上の傷に関しては治ったが、疲労などは完全に癒すことができず、壁に背に座る形で休憩していた。


 普段の私なら取らない行動であることは奏多はよく分かっているはずだし、私が休憩し続けていたことも把握しているはずだ。


「心配した?」


「心配してないなら、こんなことは聞かないよ」


 奏多はどこか呆れたかのようにちょっと枯れた声で肯定する。


 そんな奏多がどうしようもなく愛しく胸が暖かい気持ちになる。


「明里には振り回される側も考えて欲しいよ。なんだかんだいい結果になるとはいえ、こっちは毎回存亡の危機になってるよ」


「ふふ、それでも奏多はいつも私のそばに居てくれるよね」


「ギリギリだよ。いつ間に合わなくなるのか分かったものじゃない。それに、いつまでも居てやれるわけではないから、早く治して欲しいだよ。こっち的には」


「居なくなるの?」


 生まれた時から常に一緒に居てからこそ、奏多がそばに居ないことが想像できなかった。


「可能性は十分にあるよ。変化は止められないからね。だから、僕がいると思わないで明里には行動してほしい。


 今回みたいに無茶して居なくなるのは悲しいから」


「・・・・・・」


 奏多にしては、珍しく真剣で正直な気持ちを話していると思える口調だった。


「うん、そうだよね。少しづつになるかもだけど頑張って治していく」


「期待してるよ」


 短く私たちは言葉を交わす。


 いつまでも奏多に頼れるわけではないし、奏多がいる前提が危険なことであることも理解している。


 だから、少しずつ一人でも出来るように頑張っていかないと。


「暗い話はここまで」


 奏多は起き上がる。


「色々と言いたいことはまだあるけど、先にここから脱出するとしよう。一緒に頑張るぞ明里」


 奏多はこちらに手を伸ばしてくる。


 私はその手をしっかりと握って立ち上がる。


「うん、そうだね。ところで私まだ返事をしてないけど」


「疲れているので、後は僕に任せますが出来るなら、今頃こんなことにはなっていないよ」


「確かに」


「納得してもらっても困るんだけどな」


 そうして私達は脱出するための準備をするのであった。

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