第9話 負けず嫌い

「よく頑張った、もう大丈夫」


 私達を助けに現れた奏多を見て、多くの子ども達が驚きと奏多の温度差の違いにフリーズした。


「あれ、返事が来ない?ここは盛大な喜びの声が聞こえてくるものかとて、——ああ、なるほど。あの人達は随分乱暴な扱い方をしたようだね」


 周りを見渡し、私と目が合った時、奏多はほんの一瞬、何かを抑え込むように固まったように見えた。


 奏多は、背負っているバックから一つのスクロールを取り出す。


「回復せよ」


 奏多が一言述べると共に、スクロールは一瞬で焼けて消えると共に、私達の傷や痛みが急速に癒えていく。


「シスター特産の回復魔法だ!痛みは取れた?」


「奏多お兄ちゃんーー!!」


 痛みと恐怖から解放された1人の子が、そのまま抱きついていく。


 奏多はその子を優しく受け止める。


「よく頑張ったね、あとは奏多お兄ちゃんに任せなさい!」


「怖かったよー!!怖かったよーー!!」


 泣きじゃくるその子を見て、他の子も張り詰めていた緊張の糸が切れ各々が安堵の声が飛び交う。


「まだ、終わってないよ」


 みんなが安堵する中、冷たく絶望した声で響く。それによって安堵の声は止み、皆それを発した子、圭介けいを見る。


「僕たちはここから脱出しないといけない。話からして、ここは敵の奥深くにある筈だよ。奏多お兄さん1人だけなら何とかなったかもしれないけど、みんなで脱出すれば必ず見つかる。そうすれば、今度こそ殺されるんだ!」


「圭介・・・・・・」


 圭介は私達の中でも飛び抜けて頭がいいし、様々なことをすぐに行うことができる子だ。


 だから、現状を正しく理解しているし、その分絶望も深かった。


「そこは奏多お兄ちゃんが何とか」


「出来るわけねえだろ!」


宗馬そうま・・・・・・」


 強い声で否定したのは、監視の人に最初に反抗した宗馬だった。


 宗馬は、度胸があって勇気がある子だ。常にみんなの前を進んで先導してくれる。


 今回もそうだった。だから、誰よりも徹底的に心を折られていた。


「奏多お兄ちゃん・・・・・・」


 不安な声が再び広がる。


 宗馬と圭介は、私達の一個下で私や奏多が忙しい時は、2人をリーダーシップをとってうまく纏めている。


 だからこそ、2人の絶望はみんなに大きな影響を与える。


(奏多・・・・・・)


 私では止められなかった絶望の波が奏多を襲う。


「・・・・・・なるほど。僕だけでは頼りないということだね。まあ、妥当な評価だ。僕もそう思う」


「奏多お兄ちゃん」


 奏多はいつもの感じで弱気なことを言う。


 それによってみんなもより不安そうな表情をする。


「だが、問題はない」


「「「!!」」」


 奏多は失敗など1ミリも考えていない確信を持った声だった。


「どうしてそんな事を言えるんだよ!」


「簡単な話さ。僕1人で解決しようなんて考えていない。シスターに守り手、そしてみんなの力を存分に頼らせてもらい、解決する」


 清々しいほど、真っ直ぐで気持ちの良い声で奏多は言い放った。


「何みんなポカンとしてるんだよ。僕1人で解決できる思う?宗馬が言った通り無理だよ無理」


「えーー」


 この重苦しい雰囲気を全く気にしないほど、軽いノリで出来ないよと言う奏多に、多くの子がいつもの奏多だと思いどこか呆れた表情をする。


「そう言うわけで宗馬と圭介、バカみたいな事言ってないで、僕たちの華麗なる脱出劇のために助けてくれーー」


 こんな時でも奏多はいつものノリで2人に助けを求める。


「「嫌だ」」


 しかしながら、返答はいつも通りというわけにはいかなかった。


「奏多は居なかったから分からないかも知れないけどな、ここの奴らは恐ろしく強かった。俺じゃ、何も出来ない」


「僕もです。僕たちが頑張った所で大人に敵うはずがないんだ」


 2人は一度抗い叩き潰されたからこそ、他の誰よりも絶望に囚われていた。


「なるほど、2人ともよく頑張ったらしいね」


「「え?」」


 怒られると思っていた2人は、奏多の予想外の言葉に驚く。


「2人のことだ、脱出しようと抵抗して、念入りにボコされたと言ったところかな」


 的確に何があったか言い当てた奏多は、2人に近づいていく。


「みんなの為に行動したのだろう?その行動には相当な勇気が必要だったはずだ。


 それだけじゃない。


 結果的に失敗して見せしめにされたようだが、そのお陰で他の子が痛め付けられずに済んだ。


 意識していなかったとしても、これは大きな功績だ。他の子が暴力を振るわれていたら僕は間に合わなかったかもしれない。」


 そうして、彼らの目の前に来た奏多は2人の頭に手を乗せて言った。


「だから、もう一度言おう。よく頑張った」


「「・・・・・・」」


 2人は気恥ずかしいそう表情をする。そして、ちょっとしたら奏多は2人から手を離した。


「さてさて、頑張ったことに対してはしっかりと報いることが僕は大切だと考えている。


 だからこそ宗馬と圭介、2人にとって、とても為になる金言をしてあげよう」


 奏多は宗馬の前に立つ。


「宗馬、諦めるな」


 発せられた声は、私ですら一度も聞いたことがないほど、重く真剣な言葉だった。


「いいか、今味わっている絶望をどうするのか。それが真の英雄を決める」


「真の英雄・・・・・・」


 真の英雄、それは宗馬が憧れているものだ。


 ファザーのように多くの人を守れる英雄に成りたいと宗馬はよく言っている。


「ああ、前に僕が言ったことを覚えているか?」


「真の英雄は力ではなく意志で決まる。覚えてるよ」


 奏多がたまに言っている言葉だった。


 これを奏多は事細かく説明しようとしたことはない。特に宗馬には今では意味がないと言っていた。


「宗馬の思う英雄は、ここで諦めるのか?」


「諦めない!」


 宗馬は力強く否定した。


「なぜ、諦めない?」


「そ、それは・・・・・・分からない」


 宗馬は悔しそうに答える。


「それが、宗馬が理想とする英雄と今の自分の差だ。次の言葉と一緒によく覚えておくこと。英雄が諦めないのは負けず嫌いだから」


「負けず嫌い?」


「そうだ。どんなことがあってもそれを認められない。負けを認められない。絶対に勝つ。打ち勝つ以外に道はない!!


 そんな負けず嫌いが他人から見たら英雄と呼ばれる者になる。」


 じゃんけんを始め、普段から負けまくっている奏多からは想像も出来ないほど力が込められていた。


 まるで絶対に負けを認めたくないものがあるかのように。


「負けず嫌い・・・・・・」


 宗馬は足りていなかったピースを見つけハマった感触を確かめるように言った。


「いつも負けている奏多も負けず嫌いなのか?」


 何かを確かめるように宗馬は奏多に問う。


「余計な一言があるような気がしてならないですけどーーまあ、負けず嫌いであるよ」


「そうなんだ・・・・・・」


 宗馬は顔を下に向けて考え込む。


「意外かもしれないけど、僕は勝つ時を見極めるタイプだから、普段負けているのはあれだよ。負けてもいいやつみたいな感じだよ。勝つ時は勝つタイプなんだよ。もちろん大切な時は勝っているからね!それは・・・・・・」


「・・・・・・」


 あまり信用していないと思ったのか、奏多は色々と言っているが、宗馬は何か深く考えているのか全て無視された。


 そして、何かを決めたのか宗馬は圭介の方を見る。


「圭介、俺は諦めないことにするよ」


「宗馬・・・・・・」


「決断はしたようだね。なら次は圭介、君へのアドバイスだ」


 いつの間にか空気になっていた奏多がするっと後ろから現れる。


「僕は変わりませんよ。何ができると言うのですか?僕たち子供に・・・・・・」


 圭介は全てを諦めたように吐き捨てる。


「圭介が頭がいいのは知っているし、状況を把握した上で話していることも理解している。だから率直に言おう」


 奏多は先程とは違い、冷たい目をして圭介を見る。そして言い放った。


「頭の良さをいつまで絶望をする為に使うつもりなんだ?」


「!!」 

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