第8話 よく頑張った、もう大丈夫
あれから少し経った
誰もが絶望していた。
「私、死ぬんだ。やりたいこといっぱいあったのに……」
先程まで私に抱きついていた彼女が、枯れたような声でボソリと呟く。
「……」
大丈夫だと、きっと助かると声をかけることはできなかった。
わかっているからだ。
その言葉は嘘で意味がないものだと。
(どうして、どうしてなのかな、どうして私の言葉はこんなにも弱いの……)
涙が流れる。
そして、思い出されるのは私と同い年の男の子、奏多だった。
(奏多だったら、この状況を何とか出来たかもしれないのに)
奏多はマイペースで能天気な性格もあって、普段は少し頼りなくて下の子達からも舐められまくっているが、こと緊急事態に限ってはマイペースで能天気な性格はプラスに大きく働く。
普段は頼りなさそうなのに、緊急時の時に聞く、彼の大丈夫という言葉は私たちに安らぎと安心をくれた。
(どうしてだろう、どうして彼の言葉はあんなに安心できるの・・・・・・)
分からない。
だけど、辛い時いつも彼の言葉で救われて来た。
(そういえば、前にも似たようなことが・・・・・・)
あれはみんなで外で遊んだいる時だった。
下の子供達がマザーの言いつけを破って魔物がいる危険な山に入ったことがあった。
そのことを知った私は、マザーに連絡することなく、下の子達を救うために1人森の中に入って行った。
あまりにも無謀で馬鹿な選択だった。
勝手に山に入った子供達を見つけることはできたが、見つけた頃には私も帰り方が分からなくなっていた。
そして日が暮れ、周りが暗くなっても私達は外に出ることが出来なかった。
私達は恐怖に怯えながら、魔物たちに隠れるように暗い洞窟の中に隠れようとした。
しかし、その洞窟には魔物の先客がいた。
抵抗する力なんてない私達は、恐怖に支配されて動くことが出来なくなった。
そして、先頭の子が魔物に襲われそうになった時だった。
「風刃と」
全く緊張感もない言葉と共に襲い掛かろうとしていた魔物が不可視の刃で両断される。
「うわ、威力高すぎ。シスターが作成するスクロールはどれも威力高すぎなんだよな。」
スクロールに関して、若干引きながらもいつもと変わらない緊張感がなくおっとりとした姿で、奏多は現れた。
「お、見つけた見つけた!早く帰るぞーー、じゃないとシスターと守り手さんがこの山の魔物を全滅させてハゲ山にしかねない。
さっきから爆発音が聞こえてるだろう?あれ全部シスター達がやってるからな、僕には襲われている可哀想な魔物を助けないといけない」
そうして、私達まで近づいて来た奏多は、一人一人のリズムよく頭をポンポンと軽く叩く。
「もう大丈夫だ。だから、安心して」
奏多の言葉に、緊張の糸は解け、子供達は各々に助かったことへの安堵の言葉を交わし合う。
奏多はそんな子供達を後に、私の前にやってくる。
「全く、明里は反射的に体が動く前に冷静になることを覚えたほうがいいよ?」
「・・・・・・そうだね」
奏多の立場からしたら、私まで消えたのだから大変だったことは想像に難くない。
「分かっているならいいよ。それに今回は明里がすぐに動いてくれたから、誰も死なずに済んだ。よく頑張ったね。凄いよ明里」
普段では中々に見せないまっすぐな笑みを浮かべて、奏多は私を褒めてくれた。
「ありがとう」
奏多の言葉を聞いて、言葉では言い表せない安心感と嬉しさが湧き出て自然と涙が流れてくる。
「はい、これ使って」
手渡されたハンカチを私は受け取る。
「明里ばかり頑張らせると他の子に怒られるからね、あとは全て僕に任せて。明里はゆっくり休んでおくんだよ」
そう言って奏多は、マザーのスクロールを駆使して、私たち全員を無事にマザー達の元に届けた。
(そういえば、あの時一番怒られたのは奏多のだったけ?)
奏多は私達を救うために、孤児院で待っていなさいと言い付けを破った上に、危険で触ることすら許されないスクロールを勝手に持ち出していた。
(怒られるのが怖くて、動けなかった子に「安心するといい、今見つかって一番怒られるのは僕だ!」と自信満々に言ったな)
「君たちと違い、僕は二つも言い付けを破って来ている。もっと言うなら、君たちが破ったやつよりも数倍ヤバいやつを。
当然、この二つがバレると、僕は君たち以上に震え上がり痛い目に遭う。それは何としても回避しなければならない。
よって、シスターに見つかる前に素早く帰るぞ!早く隠蔽工作しないと僕がシスターに殺される」
この中の誰よりも危機的な状況であり、何とか回避しようと必死に踠く奏多の姿を見て、みんなで笑って、急いで帰った。
(あと一歩のところで見つかったのは奏多らしかったな)
あと少しだったのに!!と壮絶な表情と声を出して連れて行かれる瞬間は、こんな時でも鮮明に思い出せるほど印象的な光景だった。
(奏多は・・・・・・無事だよね)
マイペースで能天気な奏多が、絶体絶命のピンチに陥っている姿が想像できなかった。
(奏多ならこんな時でも笑っているのかな)
奏多が居てほしい。
ここに奏多がいて、奏多が大丈夫、助けは来ると言うだけで私も他の子も安心できたはずだ。
(奏多、奏多に会いたいよ)
「う、、、」
切り傷だらけで真っ赤の両腕を見る。
「気がついてくれるかな・・・・・・」
私は無抵抗で連れて行かれたわけではなかった。
誘拐されている道中、隠し持っていたナイフで自分の腕を軽く切って、流れ落ちる血に魔力を込めて、私達を追ってこれるように痕跡を残した。
魔力とか魔法については、つい最近になって学び始めたので詳しくない。
ただ、マザーによれば何かしらのものに魔力を込めれば、魔力はしばらくそこに滞留するらしい。
流れ出た血に全力で魔力を込めて、私達を追ってこれるように痕跡を残した。
ただ、それがどの程度効果があるものなのか、果たして見つけられるものなのか、ここまで追ってこられるものなのか、全てが分からなかった。
血を失いすぎると命に関わることも理解していたため、そう多くの痕跡を残さなかったこともあり、全く自信がなかった。
(目が・・・・・・頭が・・・・・・)
少しずつだが明里の意識は確実に薄れていた。
それは当然のことだった。何故なら。明里の体力はとっくの昔に限界を迎えていた。
拉致する際に受けた傷、痕跡を残すために少なくない量の血を流した。
さらに、衛生面が最悪の劣悪な環境に傷の治療もなく押し込められため、激痛が常に明里を襲っていた。
大人でも泣き叫び狂ってもおかしくない状況に明里は置かれていたのだ。
だが、明里は強かった。
自分が折れたら、終わりだと明里は正しく理解していた。そして、強靭な精神を持って痛みを捻じ伏せ表に出さなかった。
その上で、傷の痛みで苦しんでいる子に自分の衣服を切り裂いて応急処置をし、心が折れそうな気持ちを何とか支えようと声をかけ続けた。
誰よりも傷が酷く凄惨な状態であったにも関わらず。
当然だが、明里の状態でこのような事をするのは、命を削る行為だ。
衣服を切り裂いたせいで、体温の維持はより困難になり、多く動いたことで傷は広がる。
体調の悪化は加速し、明里の命の灯火は消える寸前だった。
(冷たい・・・・・・腕の感覚が・・・・・・)
少しずつ力がなくなっていく感覚に、明里は自分がもうそろそろ死ぬことを理解する。
(ああ、私、死ぬんだ)
明里は大きな動揺なく死を受け入れた。
足掻く力すらなかったこともあるが、元々死が近い環境にいた事も明里に死の心構えをさせていた。
「おい、儀式が早まるかもしれない。今後のことも含めて伝達することがある。子供達には聞かれたら不味い情報もある。一旦、こちらにこい」
「全く、これから生贄になるのだからいちいち隠す必要なんてあるのかよ」
「うちのボスは慎重ですからね、仕方ありませんよ」
2人は私たちの監視をやめてドアを開けてここから退出する。
(マザー達が何かやっているんだ。みんなは助かるかもしれない)
予定が修正されるということは誤算があったということ。
つまり、助かる可能性が僅かにだが確実にあるということ。
(よ、かった・・・・・・)
私は助からないけど、マザー達なら確実に救い出してくれるはず。
(奏多・・・・・・あとはお願いね)
そうして明里は死を受け入れようとした時だった。
「な!お前!何ものグァ」
先程の監視の悲鳴の声が聞こえて来た。
「全く、隠密だって自分で言ってたのに渡してくるスクロールの殆どが大きな音が鳴るものなのはどういう事だよ。シスターも子供の事になるとネジが飛ぶの、どうにかしてもらわないと」
あの時と同じように、場違いなほど呑気な声がドア越しから聞こえてくる。
その声を聞こえた瞬間、死を受け入れようとしていた身体は、猛烈な拒否反応を示すと共に真っ暗になろうとしていた視界は、色彩を取り戻し、反射的にドアの方を見つめた。
そして、ドアが開けられた。
そこから現れたのは、ぽっちゃりな体で遊びに来たと思わせる軽い感じの奏多だった。
そして奏多は、あの時と同じように私たちにいった。
「よく頑張った、もう大丈夫」
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