第7話 決断

 コンビニでビールと煙草を買い帰っている間もずっとその事を考えていた。

その時背後から白いベンツが通り過ぎマンションの見える辺りで停車した。


 暴力旦那だ。


どうすればいい?

別れる様に言うか?

いや急にそんな事を言ったところで何にもならないし逆に怪しまれるだけだ。


そんな事を思いながら徐々に車に近づいている。


 ん?


その時違和感を感じた。


 このベンツ…


「港区 は 00-21」


間違い無い。


カラスと出逢ったあの日に新宿にパケを取りに来た白のベンツだ。



 驚いているのを察しられない様に何食わぬ顔で通り過ぎたのだが、このまま家に帰るとあの時揉めた隣人だと言う事がバレてしまう。


スマホを取り出し「近くの交番」を検索して電話をかけた。


「昼に不審車両のナンバーをメモでもらったものですが例の白いベンツが来てます」と伝えたところ直ぐ来てくれると言う事だった。


 不意に連絡してしまったがこの先の事を考えて居なかった為、軽いパニック状態になった。


家に戻って良いものなのか?

自然と歩幅は小さくなり時間稼ぎをしながら歩く。


これ程警察の到着を待ち侘びる日が来るとは思いもよらなかったが今は“神”より“サツ頼み”である。


 敢えてマンションの横階段から上がり踊り場でベンツを確認すると左座席の暗がりからこちらの様子を見ているあいつがいる。


そして道の遠くからパトカーが音を鳴らさず赤灯を回しながら近づいて来るのが見えた。


 一番ベストはこうだ。


職質される、車の中を調べられる、クイックが出てくる、捕まる、ニュースになり身内も離婚を認める。


 警察が車に近付いて来た時逃げる様な行動があれば車内にクイックや薬物等を所持している可能性が高い。


しかしベンツは停まったままで職質を受け始めた。


 まずい。


多分旦那は家を捜索する様に言うかも知れない。

そうなると隣近所にも警察が来る可能性がある。

奥さんとリョウがこちらに居る事でややこしくなる可能性もあるし、カラスの事をどう言えば良いのかもわからない。


 だが、このタイミングを逃してはいけないと考えた。



 職質に気を取られこちらを見てない間にさっと扉を開け家に入って奥さんに状況を説明した。


とっさに考えた作戦はこうだ。


今直ぐ奥さんは警察に電話して“今職質を受けている男が旦那で家庭内暴力、虐待をずっと受けていて逃げている”事を伝える。


その間にこちらはスマホを持って行き旦那の前で警察に暴力動画を見せる。


 そうすればDVの事実と隣人を殴った証拠をダブルで見せる事ができる。


そうなれば警察もタダでは済ませないだろう。


そして自分もタダでは済まなそうだ…



 世の中には犠牲が伴う事が多いがその犠牲は最小限にする事が好ましい。


多分その“最小”は自分である事がわかっていた。


 計算した答えはいつも思う様にならないのが世の中だ。


 作られた物語の様に完璧にはいかない。



 奥さんが警察に電話をかけるところまでは上手くいったのだがその後自分が殴られた証拠を持ち職質中の旦那の元へ行く予定が変わってしまった。


息子のリョウが暴力親父に向かって飛び出して行ってしまったのだ。


それを見て奥さんも息子を追う様に出て行くと警察が嫌いなカラスと二人、居ても立っても居られない状況のまま情けない事に窓の隙間から様子を見ていた。


 リョウは男らしかった。


母親を守る為の気迫は寧ろ一人前の男の背中だった。


 父親と警察の前に立つと自分と母親の虐待を受けた傷を見せ訴えた。


警察は旦那と二人の間に入った。

これは揉め事と判断した時に危険回避の為に行う常套手段であり、ちゃんと“危険”と感じた証拠だ。


確かに誰が何を言うよりも幼い子供があの気迫で訴えるのは何よりも強く効果的だ。


何を言っているのかわからないが会話のやり取りが続く中パトカーがもう一台来た。

 

 何か助けにならないかと思い扉に手をかけた時、逆の手をカラスが心配そうな顔で掴んだ。

その“一人にしないで”という表情はこの現状だけで無く、これから先迄の事にも思え足が動かなかった。



 結局、旦那と二人は別々のパトカーに乗せられ連れて行かれた。


 これで良かったのか?

何の力にもなれなかった自分に腹が立つが先ほど握った手を離さないカラスと目が合うと仕方がない事だと納得させた。



 カラスは沈んだ空気を取り払う様に笑ってみせる。


リョウと二人で描き溜めた絵を目の前に広げて一枚の絵を見つけると手渡してきた。


そこには奥さんとリョウの間にハート、その隣に自分とカラスが並びその間にもハートが描かれていた。


誰かに大事にされている事を感じた事が無かったのではないかと思うくらい涙が出てきて自分の過去を恨んだ。


カラスの頭を強引に引き寄せ抱きしめて泣いた。


 必ずカラスを守ってあげたい。

そして花咲親子も守ってあげたい。


 それ以外考えられなくなった時「自首」と言う言葉が思い浮かび自分の汚れを浄化してカラスと一緒に生きて行きたいと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る