第4話 心の変化
子供は何をして遊ぶんだ?
自分の少年期を思い出すと金持ちの家にはテレビゲームがあったが田舎育ちだから広場や山、海や川と大体外で遊んでいた。
しかし都会で育つ少年達の遊びを知らないので取り敢えずスマホのゲームをやらせてみたがカラスは大きい画面のテレビの方が好きだ。
犯罪組織で働いていると基本何時でも逃げれる様に最低限の物しか家には無いため遊び道具など何も無いのでテレビに齧り付かせておく事にした。
これで遊び相手をしなくても済む。
さて、仕事を失った今新宿に居る意味は何も無く、寧ろ犯罪の香りの少ない街に移動した方が安心できると思い「保証人不要物件」をネット検索した。
目ぼしい物件を三軒に絞り、紙に書き出していると何時の間にかカラスが字を見て喜んでいた。
「ペンを貸せ」と言うもので渡してみた。
字とも絵とも言えないミミズの這った様な線をたくさん書いて笑っているので新しく大きめの紙を与えてやると嬉しそうにたくさんのミミズやヘビを生み出した。
ゲームよりテレビよりコレに興味があるのか!
こちらも紙を取り出し赤青黒の三色ボールペンで対抗するとカラスは「そっちをくれ」と手を出す。
すかさず蛍光ペンを出し更に対抗するとペンを全部奪って紙に描き殴りはしゃぎ出した。
この家にはもうペンなど無く思わず立ち上がりカラスの目の前で手をパーに広げて「待ってろ」と言い放つと、走れば一分で着くコンビニに向かっていた。
コンビニに着くや否や色の出るペンと紙を買い漁りレジに立った。
「こちらお安くなってますがいかがでしょうか?」と店員がレジ前のワゴンに詰まった賞味期限ギリギリのシュークリームやお菓子を勧めて来たのでそれも買って家に向かいダッシュしていた。
…はぁ、はぁ…
息を切らせて走っている自分が何故こんなに必死なのかわからないが、家に置いて来たカラスが逃げない為に走っていると言い聞かせて落ち着かせている自分がいた。
家に着き扉を開けるとこちらを見る事もせず紙いっぱいに何かを書き綴るカラスがいた。
良かった!逃げていない。
テーブルの上を片付け買ってきたペン達と紙を袋ごとひっくり返し自慢するとカラスの興奮はピークになり立ち上がり両手を合わせ何度もお辞儀をし感謝を伝えてきた。
あのカラスがシュークリームやお菓子に興味を持たずペンを片っ端から持ち替え走らせる。
それを満足げに煙草を吹かしながら見ている自分が小さな国の王様になったような気分で過去に無い程の優越感に包まれていた。
煙草がフィルター近くまで燃える頃カラスがこちらにペンを向けて「お前も描いてみろ」と言っているので火を消し隣に座って簡単な一羽の“カラス“の絵を描いて見せた。
すると人間のカラスは目をまん丸にして尊敬するかの様にこちらを見て来た。
「お前もこれを描け」とペンを突き返すと頑張って模写を始めた。
首を傾げたり紙の角度を変えたりしながら一羽のカラスを仕上げた。
上手いもんだ。初めてにしてはかなり上出来だ。こいつは絵の才能があるのではないかと本当に感じた。
色んな動物の写真を見せてどんどん絵を描かせて見ると片っ端から模写を始め、気が付けば動物園を開ける程の動物が紙の上で遊んでいた。
この日は休む事もなく延々と絵を描き続けるカラスに次のお題を出し続けただけで終わった。
ベッドで目が覚めるとペンを持ったままソファーで寝ているカラスがいた。
それにしても髪が長すぎる。
切ってやろう。
確か以前自分で刈り上げていた頃に使っていたバリカンがあったはずだ。
髪用のハサミもあった様な気がする。
目覚めと共に絵を描こうとするカラスを風呂場に呼ぶと明らかに不服そうな顔をしながらやってきてバリカンのスイッチを入れる。
カラスは初めて目にした機械に恐怖を覚えたのか怯え拒否してきたのでもう一度テーブルに戻り紙を準備した。
先ずボサボサのカラスの似顔絵を描き、「→」を描いた隣に髪の短くなってスッキリしたカラスの似顔絵を天才的に描いてやった。
するとカラスは自ら風呂場に行き素直に髪を切られる準備をした。
初めはハサミで躊躇せずに五センチ位まで切り、その後バリカンで首や耳周りを刈り上げた。
頭皮が湿疹だらけで掻きむしったのか傷だらけの頭を見ていて辛くなったが、一番困ったのは途中くすぐったかったのか笑い出し暴れた時だった。
まぁ、力尽くで押さえつけながら切り終えた。
すぐシャワーをさせると「お湯を溜めろ」とアピールしてくるので溜めてやった。
さらに「しゅわしゅわを持って来い」とゼスチャーするので入浴剤も入れてやった。
人使いが粗い。
どんどん普通の少年になって行くカラスを見ていると癒しに近い感情を覚える。
闇の世界で生きて来た自分にとっては「新鮮なゲーム」か何かなのかも知れない。
ただ、こいつといると何かに追われている緊張感が無くなるのは理解した。
カラスの髪を切ったのには二つの理由がある。
一つは外を一緒に歩いている時になるべく普通の親子か兄弟にみられる様に。
もう一つは不動産に行き物件の内見に行く日だったからだ。
タクシーに乗りながら「父」と「兄」のどちらが違和感が無いかを考えてみる。
今年三十歳になる自分と、多分十歳位のカラス。
二十歳の時の子だとすると計算が合うが自分から父親感等出るのであろうか。
弟だと離れすぎだが見た目が若く見えるのか靴屋でも兄で通したから兄でもいけるか。
よし、不動産側の第一声で判断しよう。
そう心に決めて店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ、ご予約のお名前は?」
…「相馬です…」
久々に本名を口にした。
今関わりのある人間ですらあだ名や偽名で通して来たし現在の家もボスから紹介してもらった闇不動産の裏物件だから名前も書類も必要無かった。
「そちらはお子様でしょうか?」
「はい。」
そうか世間には父親に見られるのだ。
確かに年齢差はそのくらいだろう。
今後は父親として立ち振る舞う事に決めた。
自分の配役が決まって安心した後、直ぐに嫌な雰囲気を察した。
何やら“子供と住める物件”は見当をつけてきた部屋は該当しなかった。
所謂「ペット可」の様に「子供可」や「ファミリータイプ」的な部屋でなければ子連れは住めないらしい。
しかもそれに住むには家族である証明書も必要になると言うので「書類を揃えてから来ます」と席を直ぐに立ち外に出た。
子供と住むだけなのにこんなに面倒臭い事情があるとは世の中のシステムもくだらない。
家族である証明は理解できるが子供が居ると“ダメ”と言う判断をする大家が居ると思うと腹立たしい。
世間はそうやって優しいふりをしながらも弱者を排除するのだ。
一番タチの悪いやり口だ。
仕方がない、一人で借りてカラスを居候させるしかない。
「子供可」の部屋を一人で借りる。
そうすれば隣近所にも怪しまれないであろう。
タクシーに乗り家に帰るまで頭の中で苛立ちと作戦を繰り返していた。
部屋に入りソファーにもたれかかるとカラスは立ったままこちらに何かを訴えかけていた。
両手を合わせ頭を下げるが今までの感謝とは違う表情だった。
多分“家を借りれなかったのは自分のせいで申し訳ない”の謝罪なのかも知れない。
隣に座れと合図し座らせると頭を撫でて「気にするな、大丈夫だ」と思いを伝えた。
その日のカラスは筆が走らず終始気まずそうな表情だった。
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