第3話 買い物

友達と言う関係や彼女と言う関係をだいぶ前に捨てた自分にとって仕事仲間以外の対人関係は無く、かと言って仕事仲間は所詮悪の組織なので相談相手になる様な信用度は無い。


 となると信用できる人間は自分で、頭の中にある少ない常識的発想に頼るしかないと判断した。


 洋服は何とか着せて見たもののカラスに合うサイズの靴が無い。

本当なら誰かに少年サイズの靴を買ってきて欲しいのだが先程言った通り頼める人はいないので仕方がなくビーチサンダルを履かせタクシーを呼んだ。

 

 タクシーの中でカラスは初めての車なのか妙にはしゃいだが怪しまれない様に肩をしっかり抱きしめて暴れる犬を抑える様にした。


 「お、弟。落ち着きなさい!」


 なんだ、このアイドルが初めて出たドラマの様な片言の大根役者ぶりは…

そんな耐え難い空間を二十分過ごすと小さな靴屋の前に止まり降りた。


 店内の椅子の上に座らせるとカラスは足を上下にバタバタしてサイズの合わないサンダルを見て笑っている。


 何種類か履かせてみると二十二センチがしっくりきたのでそれに合わせて靴下も買った。

店員が「息子さんですか?」「弟さんですか。若いお父さんだと思いました。」等面倒な質問にも上手に対応した、はずだ。


 カラスはえらくスニーカーを気に入ったらしく外に出るとアスファルトを強く踏み付け「痛くない」とアピールして来た。


 さあ次は洋服だ。


 子供服なんて買った事もないのでスマートフォンで「近くの子供服」とネット検索して向かった。


 ありがたい事に徒歩五分に店があったので良かったのだがカラスがすれ違う人々を恐れ腕を掴み隠れていたのが気になった。


カラスも俺と同じで人間不信なんだろう…


そう思うと切なくなり小さな手を握り“俺はわかるよ”と合図をするとカラスの強張っていた体から力が抜けたのがわかった。


 誰かと手を繋いだのは何年振りであろう…


 洋服屋で大体合いそうな物を次々と選び籠に詰め込むとフィッティングルームに隠れる様に入る。

何故かと言うと“誘拐”等と怪しまれて通報されたらどうしようと言う感情がずっと付き纏っているため店員との会話は避けたのだ。


 フィッティングで発見した事はカラスにも好き嫌いがあり「あっちが良い」「こっちが良い」を伝えてくる事だった。


 面倒だ。


結果仕上がったファッションはTシャツにジーパン、裏起毛のフードパーカー。

ニットキャップは個人的趣味により強制的に被せたがジャンパーだけはどうしても拒否したのでせめて裏起毛のアウターにした。


 会計を済ませると手を繋いで外に出る。

カラスは腹部を擦り「腹が減った」アピールをしてきたのでコンビニで買って帰ろうとしたがハンバーガーショップの前で「これが良い」と指差して来た。


 まぁ…持ち帰れば良いか。


 どれが良いか尋ねるが注文カウンターの背が高くそこにメニューがあった為後ろから抱き抱えて指を刺させて注文し持ち帰りにしてもらった。


カラスは周りをキョロキョロし店内で食事をしている人々を観察していた。

番号を呼ばれて注文したハンバーガーを取りに行くとカラスが消えていた。


 やばい、逃げたか?

 ここまでのこちらの好意が水の泡か。


疑い深い性格がそうよぎりながら辺りを見回すと綺麗に席に着きハンバーガーの到着を待っていた。


 なんとも言えない表情だ。

まるで初めての高級レストランでフルコースを待っている様な顔だった。


なるべく多数の人の目に晒される場所での食事は避けたいのだがあんなに嬉しそうに待たれてしまうと止むを得ず彼の目の前に座りテーブルの上に御馳走を並べた。


 カラスは目の前に二つ並べられたハンバーガーを交互に齧り、こちらがそうする様にたまにジュースを飲む。

ジュースを飲むと昨夜と同じく炭酸の気泡を喜びながらも首を傾げる。

それはそうだ、今日はメロンソーダにしてやった。


 あっという間に食べ終わったのでタクシーを停めるべく外に出るとカラスは背中に隠れる様にしがみついた。


 目の前をパトカーが通過していた。


カラスは何度通報されてきたのだろうか?明らかに恐怖の表情をみせ強張ってるいる。


 ぽんぽんと頭を叩き大丈夫だと宥めながらタクシーを停め乗り込んだがまだ震えていた。


 過去にどんな恐怖があったのかわからないが相当な思いをしたらしい。


 そして二人は共通して警察が嫌いだと言う事がはっきりわかり、また、カラスは逃げたとしても警察に関わらない事に確信を得た。



 家に着くとカラスはテレビに興味を持ち「点けろ」とせがむのでリモコンを渡しここを押すと点くんだと教えてやった。

何度も点けたり消したりをして遊んでいるのが楽しそうなので放置してると一瞬画面に見覚えのある光景が浮かびリモコンを取り上げ画面に集中した。


 報道陣のカメラに完全に捕らえられたアジトのバーが隅から隅まで、隠し部屋の間取りや押収されたクィックのパケや金庫まで映されていた。


 終わった。


 

 ボスの名前と国籍を初めて知った。

 自分以外ボスを含め四人全員が捕まった。

 


 アジトにはパケと金を管理する一人と、パケを渡し金を届ける“受け子”一人の最大でも二人しかいない事になっている。

と言う事は、何処からか足が付き見張られ、店内で二人が捕まりボスともう一人は外で捕まった事になる。


 あの時警察を巻けなければ自分もこの画面に映る一人になっていたであろう。



 チームのルールには捕まった時のマニュアルがある。


 先ずは仕事用スマホを捨てる。

このスマートフォンは架空名義であるためSIMカードを抜き捨ててしまえばまぁほぼ確実に足がつかない。

 そしてチームは解散で二度と関係を持たない。

誰か一人でも捕まったら赤の他人となり出所した後でも関係を疑われない様に縁を切るのだ。


 このイサギの良い情の無さが功を制す。


 そもそも仕事仲間のチームを友達とも思った事は無く、あくまでも金を稼ぐ為の利用し合う道具と見做し合っていた。


 

 職は失ってしまったがクィックのお陰で金だけはだいぶ溜まっていたのでゆっくり地味に生活をしながら困ったらまた何かをすれば良いだろう。

 

 「俺も本当の一人になっちまったな」とカラスに話しかけるが彼はリモコンのボタンを順番に押して変わる画面を興味深く覗いているだけだった…

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