第2話 探り
幸せな家庭環境で育つと小さな子供を可愛いと思える様だがそんな思いは皆無だ。
過去に彼女がいた時妊娠させた事があるがそれを聞いただけで逃げる様に別れた事実がある。
家族とか彼女とか幸せに直結しそうでしないあの感じが嫌いだ。
いや、思い出せば幼少の頃飼っていた雑種の犬だけは味方で大好きだった事をかすかに覚えている。
たまに無意識で犬や猫、鳥やネズミ等を目で追っている事があるが、この目の前でテレビを見てニヤニヤしている“カラス“にも動物的概念の様な愛らしさを感じているのかも知れない。
そう思ったのは「追い出そう」と言う気が一ミリも無かったからだ。
だがそれには先ず匂いを何とかせねばこちらの鼻が取れてしまいそうになる。
取り敢えずシャワーの扉を開けたまま自分が風呂に入る事にする。
カラスの正体がハッキリするまでは逃げられたら困るからだ。
変な気持ちだ。
少年とはいえ男にシャワーをしているのを見せている。
気付くとカラスはこちらをずっと見ていた。
逃げるタイミングを図っているのかと思った時、カラスは全裸になり風呂場に駆け込んできて浴槽に飛び込み先程の入浴の続きを始めた。
まぁ…逃げないのであれば良いかと思い男二人の入浴が始まるとカラスは真似をしてシャンプーを出し頭をあわ立て始めた。
こちらがシャワーで流し終わると頭を突き出し“俺も俺も”と言う様な素振りを見せるので頭にかけてやると目にシャンプーが入り慌てる。
リンスをした時も全く同じく目に入り苦しむ。
ボディーソープでも…
馬鹿だ。
ただ、荒めのタオルでゴシゴシ擦っていたおかげで垢で黒く隠されていた本当の肌の色が現れ、ボサボサの髪はそれなりに真っ直ぐになったし、何よりも嫌な匂いが無くなった。
そして眼球は薬物を使用したかの様に真っ赤に充血している。
バスタオルで綺麗に拭かせ、拭いたタオルや身に付けていた着衣とは呼び難い布等は全てゴミ袋に詰め込んだ。
するとカラスはさっき与えたタンクトップと短パンもゴミ袋に詰めようとしたので叱った。
「これは綺麗だから捨てない」
わかったかわかんないか、納得の行かぬ表情でいたが無理矢理着させる。
風呂から上がったら脱いだ物は捨てると勘違いされたらたまったもんじゃない。
風呂上がりの一杯を始めるとカラスは目を爛々とさせ“くれくれ”の仕草。
「これはビールだからダメ」
そう言って冷蔵庫からコーラを出し与えると炭酸に悶えながらテーブルをバンバン叩いて喜び又ひと口入れて喜ぶ。
「ウケるな、カラス」
余りにも面白くて自然と口に出していた。
その瞬間、感情の無いスマートフォンの通知音が現実に引き戻した。
「B×T」
ボスからの連絡は何かあっても足のつかない様に暗号のみで構成されている。
「B(アジト)×(来るな)T(連絡があるまで)」
やはり完全にアジトはやられたか?
そう思うもこちらには都合が良かった。
それはカラスを家に置きっぱなしで仕事に行く事の方が恐怖だと思ったからだ。
気付くとカラスはカフェインを摂取したかと思えないくらい気持ち良さそうにテーブルにうつ伏せに寝ていたのでそのまま後ろのソファーに横にすると自分の布団をかけた。
外はまだ小さな雪が舞っていた。
寝たか寝てないかの狭間を繰り返しているうちに朝になっていた。
このカラスをどうする事が一番自分にとって良いのかとずっと考えていたからだ。
先ず自分にとって危険が無い存在なのかどうかを明確にしなければいけない。
だがしかしカラスとはまだ言葉のやり取りができていない。
言葉を知らないのか?外国人か?
この日本で教育を受けれない子供なんて居ないはずだろう…
そんな事を考えているとカラスが目を覚ました。
昨夜出会った時より大人しく感じるが子供なんて寝起きはこんなもんか、それとも興奮していたのが冷めただけなのか。
小さな腕で目を擦るとこちらに気が付き両手の面を綺麗に揃えてお辞儀をした。
ん?これはどう考えても感謝を伝える仕草だろう。思わず同じくそれを返した。
次のカラスのゼスチャーで何となくだが彼の身体状態を把握した。
カラスは人差し指で自分の顔を指差し
次に耳を指差した後
顔の前で両手で「×」を作った。
成る程…耳が聞こえないのか。
字は書けるか尋ねると首を傾げ伝わっていない事を表現してきたのでペンを持って書くふりをして伝えると「×」を作った。
親はと尋ねてみたがこちらはゼスチャーの仕方もわからず諦めた。
さてどうやってコミュニケーションを取っていけば良いのだろうか。
そしてカラスはどうしたいのだろうか。
親は居るのか。
何故乞食をしているのか。
何歳で何て名前なのか。
謎は深まる一方で考えてみても何もわからない。
ただ、家族と言う強制契約関係なんて所詮そんな物で子を捨てる親がいれば親を殺す子もたくさんいる。
だから愛とか情とかが嫌いなんだ。
こんな少年をこんなになるまで放って置く世間もそうだが人類は愛などで結ばれていないとはっきり証明している。
汚い大人が弱い物を作り競わせそこから生まれた財産を搾取する。
だから真面目に一生懸命なんて馬鹿らしく思い“搾取”する側の人間であろうと決めたのだ。
目の前で腹をすかし聞こえないながらに何かを一生懸命伝えようとする絶望に溢れた少年を見ていると哀れみと怒りが頭の中を駆け巡る。
やはり一瞬の快楽以外の幸福などこの世界には無いと理解した。
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